#17 ベッドの上でこそ海苔は煌めく

「アンタには、私の旦那が世話になったようだね」


 旦那?


「えっと……グラさんの奥様ですか?」


 一瞬の間を置いて、女性は大声で笑い出した。

 顔を覆っていた扇子をたたみ、顔がしっかりと見える……相当の美人だが、この王都サクヤでよく見かけるアジア系ではなく、どちらかというと欧米っぽい印象。髪色も明るい茶色だし。


「アンタ面白いよ。本気で言っているのならその馬鹿っぷりが、そうでないならそのしたたかさが」


 残念ながら前者です……うわ、近づいてきた。

 ドレスに入ったスリットの切れ込みがエグすぎて腰骨まで丸見えな感じが……穿いてない感を匂わせる。

 上半身は上半身で童貞を殺すセーターっぽく胸元とサイドと背中が大きく空いたデザイン。光沢のあるシルクっぽい材質は体のラインをその突起までしっかりと露わにする。

 まぁ自慢したくなるようなプロポーションですが、こちらはうかうか興奮もしてられない。

 というのも、俺は明らかに拉致られている。


 さっきグラさんに続いて扉を抜けた途端、頭から何か袋のようなものを被せられ、急に体が痺れたのだ。

 視界を閉ざされても自分の魔力身分証は見えるため、状態異常「麻痺」なのだとすぐにわかった。

 「麻痺」が肉体系状態異常だったおかげで、白魔術階位4の<属性回復>という常時耐性ですぐに回復はしたものの、そのときにはもう勇者証とふんどし以外は身ぐるみ剥がされ、両の手首足首にはめられた枷でベッドに縛り付けられた状況だった。

 頭に袋を被せられていたおかげで首の勇者証までは外されなかったのが不幸中の幸いか。


 今まで万能に感じていた海苔の弱点も明らかになった。

 まず視界が塞がれて相手の位置が把握できないと海苔の認識もできないってこと。

 あと基本的なことだが海苔の内容は剥がしてみるまでわからない……とにかく剥がせばいいってわけじゃない。

 そしてこれは治安本局でジコハ一味の海苔を剥がしたときからわかっていることだが、複数同時には剥がせない。あのときは衛兵さんたちが盾になってくれたから剥がしまくれたけど、囲まれている状況では使い所が難しい。


「私の夫はジャックニコルさ」


 女性は不敵な笑みを浮かべてそう言った。

 そういやジャックニコルはオウコク王国内では屈指の犯罪組織のボスって言ってたけど……その奥さんって言う割にはこの女性、かなり若い。せいぜい二十代の前半じゃなかろうか。


「その名前は聞いたことがあります。ただし牢を出た翌日に、ですが」


 俺をここへ連れてきたのがグラさんである以上、ヘタな言い逃れはできない。それに俺が最初の返事をしたとき、視界の端に海苔が浮かんだんだよね。

 ということは、この部屋に俺の会話内容をどうにか判断できる類の天啓を持った人物が残っているということ。


「ふーん。知ってて近づいたわけじゃないと言いはるんだね? ただね、アイツは歪んだ性格しちゃあいるが、口は固いし小賢しい。何もされないのにあんなことになるわけないんだよ」


 何もされないのに……。


「姐御、やっぱりコイツ何かしたようですぜ!」


 心臓をつかまれたかと思った。

 想定はしていたのに、いざ指摘されると……その声も女性。さっき海苔がチラついた方向からだ。


「まだるっこしいのは嫌いだから単刀直入に言うよ。あんたはどっちだい? タイリクカンダンドウとジュウサンカイと」


 一瞬、何を言われているのか分からなかった。


「タイリクダンなんとかとジュンサンカイ?」


 姐御と呼ばれた方は、さっき声がした方を一瞥してからもう一度俺を見る。


「するとなんだい。善意の第三者ってやつか? あの馬鹿は運悪く巻き込まれただけかい?」


 そうです、と答えたい所だが、この手の裏社会の方々は何らかの落とし前を要求してくるという印象がある……なので謝ってはいけない気もしている。


「アイツは不器用な男さ。ただあれでも表向きはポストモ団のボスってことでハエを追い払う程度の働きはしてくれてたんだ」


 ポストモ団……それがこの組織の名前か? そしてやはりオトシマエを要求されるのか?

 自分の鼓動が早くなっていくのが静寂の中でハッキリと聞こえる。


「兎が飢えた野良犬の前を歩いて喰われたならば、それは兎が悪い。アンタがアイツ以上の強さを見せれば、兎はアイツの方だ」


 強さ? 俺が圧倒的に不利なこんな状況で?


「強さ……こんな縛り付けられた状態で、ですか?」


「ベッドの上に居るんだ。薄々わかってんだろ?」


 姐御は俺が縛り付けられているベッドへと近づいてきた。

 この距離でもわかる甘い香り……何かの効果があるものなのだろうか……肉体系の状態異常なら抵抗できるはずだが。


「ふぅん。魅了された奴の目じゃないね……いいねぇ。諦めない男の目ってのはソソるんだ。元中貴族の娘を落としたんだ。地球のねや技ってのはさぞかし凄いんだろうねぇ」


 言葉の向こう側にある噂が瞬時に頭の中に展開される。俺が恐れていたことだったから。

 召喚されたばかりの男、それもおっさんに自分の裸体を晒したチョウヒさん。そして俺を救うために出会ったばかりの俺を婚約者だと言い張ったチョウヒさん……彼女自身は清いままだというのに。


「彼女とは、あなたが考えているようなことは何もない。彼女は清いままだ」


 一瞬の間があり、姐御は微笑む。

 ベッドに無造作に腰掛けると距離を詰めてきた。めくれたスリットの隙間から露出した柔らかさと温もりとが俺の太ももを優しく圧迫する。

 そのまま俺の左脚の上にまたがると、もたれかかって……いや、両手でその豊満な二つの膨らみで俺の股間を挟むように摺り始めた……ヤバい。前に抜いたのはいつだ? とっさに思い出せないくらいは立っている、じゃない経っている。


「不能ってわけじゃないんだね。我慢で乗り越えているってのかい?」


「そうだ」


 説得力がないのは百も承知だが、そう答えるしかない。俺はチョウヒさんの婚約者なのだから。

 すると姐御は不意に立ち上がり、ベッドサイドの俺が見える位置に砂時計を置いた。


「この砂時計はうちの娼館で使われる十五分時計だ。今まで私に十五分耐えられた男は居ない」


「じゃあ、それに耐えたら、俺は解放してもらえるんですか?」


 姐御は吹き出す。


「言うねぇ。今まで一番堪えたのがアイツでね。それでも砂は半分以上残ってたんだよ」


 マジか……ああ、そうか。そういうエロい天啓を持っているってことか?

 姐御は砂時計をひっくり返すと、再び俺の上にまたがってきた。

 大きく空いた胸元をぎゅっと握って引っ張ると、左右サイドの空いた部分からたわわなモノが先端を覗かせる。その立派さゆえに、ドレスの生地は窮屈そうに中央に集められたまま。

 こんなときこそ海苔の出番だろと姐御の、さっきまで服の中にあった部分に海苔を貼ってみたが、逆にエロく見えてしまうことに気づき、慌てて剥がす。


「んっ」


 ……気づかれた……わけじゃなさそうだが、姐御の俺を見つめる眼差しがなんだか変わった気がする。

 姐御の指が、ピアノを奏でるかのように俺の両脚の上を踊る。

 そのリズムは次第にテンポを上げ、俺がムズムズし始めると転調してじらす、その繰り返しで次第に股間へと近づいてくる……いやいや、されるがままじゃダメだ。

 海苔の使い方を思い出せ。これは視覚的に塞ぐモノじゃない……姐御の「エロさ」に海苔を貼る……おお、これだ!

 不思議なことに、あどけない幼子がじゃれついているような、そんな気持ちになる。うん。大丈夫、収まってきた。


「……本当に?」


 姐御は一度、ベッドから出る。砂時計はそのまま。このまま終わるのかと思いきやエロいドレスをさっと脱いだ。

 美しい背中……大丈夫。エロさは感じない。綺麗な芸術作品を見ているような。


「気づいていると思うけど、そのベッドの上では魔法も魔法具も使えないよ。精神の回復量が二倍になる代わりに、精神を消費することができない、そういうベッドなんだ。だから、天啓を使うにしても一度ベッドから出ないといけない……今度こそ本気で行くよ」


 なるほど。やはり海苔の力は天啓とは違うんだな……なんて分析する間もなく、姐御は再びベッドの上に戻ると、俺のふんどしを剥ぎ取った。

 そして、両手で包みこむように触れてきて……熱い……姐御の手のひらの熱を感じた直後、俺の股間も熱を持つ……え?

 今までにないサイズへとそそり立つ……まさか。ベッドの外へ一度出たのは、エロい天啓を使うためだったのか?


 それなら俺も本気出すしかない。

 俺は自分の「勃起」と「射精」とに海苔を貼る……おお、効果てきめん。

 姐御の「エロさ」の海苔も剥がしたが、全然大丈夫。

 俺は落ち着いた表情でずっと、俺の体の上で繰り広げられる卑猥な光景を遠い世界の物語のように眺めていた。




「あの、もう時間は経っているでしょう。手足の枷を外してもらえませんか?」


 恐らく砂時計二回分くらいの時間を耐えた俺は、悲壮な表情で俺の上にまたがっている姐御に声をかけた。

 もちろん、入っていないし立ってもいない。

 姐御は首を力なく左右へ振り、肩を落としたままベッドから降りる。


 すぐにベッドの両側に何人かの女性が近づいてきて、俺の手枷と足枷とを外す。

 彼女らは露出が少ない服装の上に、革の胸当てや手甲などの防具を着け、帯剣もしている。

 縛られた状態からは全くの死角だったが、屈強そうな男たちが出ていったあともずっと部屋に居たんだろうな。

 ともあれ俺は乗り切った。

 傍らのふんどしを再び装着していると、ガタイのいい筋骨隆々のモヒカン女性が俺の装備一式を持ってきてくれる。

 それらを装備し直している俺の横に、エロいドレスを改めて着た姐御がストンと座った。


「私の負けだよ……なぁ、一つ教えてくれ。私はそんなに魅力がないか?」


 少し唇を尖らせた姐御の横顔は不覚にも可愛かった。






● 主な登場人物


・俺(羽賀志ハガシ 典王ノリヲ

 ほぼ一日ぶりの食事を取ろうとしていたところを異世界に全裸召喚された社畜。二十八歳。

 チョウヒさんとダットを守るために勇者となったはずなのに、なぜか全裸で勝負をするハメに……なんとか勝ててホッとした。


・チョウヒ・ゴクシ

 かつて中貴族だったゴクシ家のご令嬢……だった黒髪ロングの美少女。十八歳。俺を召喚した白魔術師。

 本日の日没までに冒険者ギルドへ再出発の報告をしにいかなければならない。


・ダット

 ゴルゴサウルスを操る御者。銀髪ショートボブに灰色の瞳。背が低いオレっ娘。十三歳。ゴクシ家のお抱え運転手。

 俺が海苔を剥がしたせいで対立させてしまった貴族が貴族階級を失った。報復から俺が守らねば。


・ニッ

 ゴルゴサウルス。体長は十メートルくらいありそう。ヘッドライトの効果がある眉毛型の魔法具を装備している。

 ニッさんの「揺れ」ののりしろを探して海苔を貼ったら全く揺れなくなった。


・グラ

 元冒険者の衛兵コンビ。ラッカとグラの受けの方。

 ラッカさんが俺の心配ばかりしていることに嫉妬して、犯罪組織に協力したようだ……それでいいのか衛兵。


・ジャックニコル

 オウコク王国内では屈指の犯罪組織ポストモ団の表ボス。

 海苔を剥がしたおかげで逮捕できた……せいで、俺は拉致されることに。


・姐御

 バカみたいにエロいドレスを着た若くて美しい女性。実はポストモ団の裏のボス。ジャックニコルの妻。

 エロい天啓を持っているようで、ベッドの上での我慢勝負を仕掛けてきたが、なんとか勝利できた。

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