#15 体を鍛えなきゃアネキにはなれないぞ

「だ、ダメだよ。嫁入り前の娘さん二人がこんなおっさんの俺と……」


 もちろん我慢する意思はある。ましてやダットの前で間違いなど絶対に起こさない自信はある。

 だがそれでも朝になれば起つだろうし、寝ぼけて触れてしまうみたいなハプニングも未然に防ぎたい。

 ラッキースケベってはならないのだ……って、そんな不安そうな顔をしないのっ。


「……わかった。俺の部屋のベッドから敷布団を持ってきて同じ部屋で寝るよ。だけど同じベッドでは寝ない」


 わかりやすいほどの安堵の表情。

 仕方ない。あんなことがあった夜だから――もう明け方が近いけど――俺がそばにいることで安心できるのであれば、そうしよう。


 俺の部屋から敷布団と掛け布団とを持ってくる。

 白スライムとの戦いで在庫がなくなったシーツの代わりには、昼間に服を買いに行ったときに着ていたシーツのキレイめなのを出してきて広げて使った。

 明日が何もない日であればシーツだって新しいのを作ったのだが、今は精神値を節約しておくべきだろう。


「ノリヲさん、まだ寝ないの?」


 皆の寝る準備ができてからも俺が壁に寄りかかっていたのが気になったようだ。


「いや、すぐに寝るけど……ちょっとメモっておきたいことがあって……大丈夫だよ。二人が寝たあとに部屋を出ていったりしないから、安心しておやすみ」


「わかった……ノリヲさん、ダット、おやすみなさい」


「チョウヒねえちゃん、ノリヲあんちゃん、おやすみなさい」


「チョウヒさん、ダット、おやすみなさい」


 ベッドの上でこちらを見ていた二人の頭が布団の中に沈んだのを確認し、俺は地球人ガイドを取り出した。

 地球人ガイドって、後半に白紙のページがけっこう多いんだよね。だから、そこに俺も何かを書き残そうと思って……例えばこちらゲンチに来てから見た魔法具とその仕様とか。

 あと、勇者証の説明についても書き留めておく……ただ、この部分には書いたあと海苔を試しに貼る……うまくいっているのかは明日、チョウヒさんに見てもらうか……さて、そろそろ限界だ。

 睡魔にインク瓶を倒される前に、おやすみなさい。




 翌日は朝から慌ただしかった。

 まず旅に必要な装備を買い出しに出かける……前に、個別パーティを俺主催に切り替える。

 表向きは、旅に同行してくれる仲間を探しに行くのが俺の分担で、旅装備や食料の買い出しがチョウヒさんとダット、という手分けをするから。でも裏では、何かあった場合の『勇者の祈り』発動時にチョウヒさんやダットも一緒に転送されるようにするためだ。なので、ニッさんもあえてパーティに入れてみた。

 コウのことを考えると二手に分かれるのは不安だったが、チョウヒさんが依頼から逃げたと言われないためには本日の日没までに冒険者ギルドへ再出発の報告に行かなければならない。断腸の思いでの別行動なのだ。


 とはいえ、仲間探しにアテがあるわけではない。

 チョウヒさんは白魔術師、俺も「魔力酔い」を海苔で封印したから白魔術師。ダットはドライバー……となると、一人くらい前衛職が欲しい。

 前衛職といえば筋肉だよねってことで、俺は真チョウヒ様ファンクラブの、現在は副会長であるデッさんのもとを尋ねてみた。


 デッさんの家は、ゴクシ家のお屋敷があるエリアからはそこそこ離れた職人街。

 オウコク王国の王都サクヤの作りとしては、中央に王城があり、そこから都市の端へ行くにつれ、住んでいる者の身分が下がっていく傾向にあり、職人街はどちらかというと外寄りの場所。

 ちなみに一番外側はスラムかというとそんなことはなく、兵舎だという。最初にダットに連れてかれた辺りで、外壁のすぐ手前にあった窓のほとんどない建物がそれだ。いざというときには第二の壁としての機能を果たすとか。


 ここか……名刺をもらっておいて本当に良かった。

 扉に付いているノッカーを鳴らすと、中から笑顔のデッさんが顔を出す。

 タンクトップにスウェットパンツ。むき出しの肩や二の腕には汗がにじんでいる。


「はい! 壁塗りのご用命でしょうかっ……ノ、ノリヲ会長! わざわざおいでくださって! ささっ! 中へ!」


 言われるままに入ると、デッさんは歓迎のマッスルダンスを踊り始めたので、それは早々に切り上げてもらい、事情をかいつまんで説明した。


「ということで信頼できる仲間……それも前衛ができる人を探しているんだが、誰か居ないだろうか」


 途端にデッさんは遠い目をした。


「三年前までだったら、最高に仕上がっている俺の自慢の姉貴をご紹介できたのですが……」


 亡くなられたのだろうか。悪いことを聞いてしまった。


「いや、無理を言うつもりはないよ。すまなかったね」


「いえいえそんなっ……あの……もしかしてノリヲ会長なら……俺の姉貴の目を覚まさせることができるかも……なんて、こんなお願い、図々しいですよね?」


 目を覚ます? それって死んでるわけではないってこと?

 もしかして魔法で眠っていて王子様のキスでとかいうおとぎ話的なやつ? いやキスは困るけど。


「君のお姉さんは……言いにくかったら言わないでくれて構わないのだけど、ご病気か何かなのかい?」」


「それが……理由を話してくれないんです。いつものように冒険にでかけて……帰ってくるなり部屋に閉じこもって……それで三年になります」


 元冒険者か。このマッチョなデッさんが「仕上がっている」というのだから、経験的にも実力的にも他のアテを探す時間的にも、とてもありがたそうな気配だが。


「君のお姉さんと話をすることはできるかい?」


「は、はいっ! 大丈夫ですっ!」


 デッさんについて廊下を進むと、奥から息を吐く音がリズムよく聞こえはじめた。


「筋トレは欠かさずにやっているようなのですが……」


 デッさんが一枚の扉の前で立ち止まると、中から聞こえていた音が止む。

 扉の横には、トレーに乗ったブロッコリーっぽいものと、白くて細長い……肉か魚の切り身ってとこか。


「姉貴……俺がお世話になっているノリヲさんだ。話がしたいって……」


 扉の中から何か返答が帰ってきたようだが、声が小さすぎてよく聞こえない。

 しかしデッさんの表情はわずかに明るくなり、俺に頭を下げると、仕事に行くからと出かけていってしまった。

 床に食べ物が置いてある近くで土足で立っているのも気が引けて、俺は扉を背にして寄りかかるようにしゃがみ、片耳を扉へと近づけた。


「あの……初めまして。ノリヲと言います」


「モーパッ」


 小さな声。モーパッというのが名前なのかな?


「モーパッさんですね。あの、以前は冒険者をなさっていたとお聞きしたのですが」


 モーパッさんは無言だが、扉越しに海苔が見える……え? 扉の向こう側なのに?


「そうだ」


 返答があったが、扉越しの海苔は見えたまま。

 だが、悪党以外に対しては強引に海苔を剥がすようなことはしたくない。


「どうして冒険者を辞めたのか、差し支えなければお話していただいてもよろしいでしょうか?」


「……弟は……そこにいるか?」


「いえ、デッさんなら、さきほど仕事にと家を出ていかれましたが」


「そうか」


 急に扉が開き、俺は背中から部屋の中へと転がった。

 そんな俺を見下ろしているのは、圧倒的筋肉。

 慌てて立ち上がり、頭を下げて非礼を詫びると、小さな声で「急に開けてすまない」と……頬が赤い。

 俺の太ももの倍はある上腕が、モーパッさんの小顔をより小さく見せる。

 引きこもっていたというのが嘘なんじゃないかと思えるほど完璧なボディにタンクトップにスパッツ。デッさんの姉ということがにわかに信じられないほどのすっぴん美人。


「十年前の魔王襲来時、父と母は帰らぬ人となった。自分と弟は祖父に引き取られこのサクヤへと移ってきた。祖父は塗装業を営んでいたが、自分は不器用でそれを継げぬと悟った。だから冒険者となった」


 ダンベルを動かしながらだと小声じゃなくなるのか。


「自分は、亡き両親に代わり弟を守る存在であろうと心に誓い鍛え続けてきたが、三年前に青魔石を飲んでから……弟に顔向けできぬほどの不甲斐ない自分となってしまった」


 青魔石ということは風属性か……いや、もしかして。


「モーパッさん、貴女の現在の所持属性を尋ねてもよいですか?」


「もともとは赤魔術階位5、青魔術階位1だった。そこで恐らく純度2はある青魔石を飲んだから、青魔術階位2となっているはずなのだが……確認できなくなってしまった上に、魔法を使おうとすると筋肉が強張るようになってしまったのだ」


 症状からしたら魔力酔いに似ているのだが、既に持っている属性の魔石を飲んでも魔力酔いは起きないはず……となると、青魔石ではなかったとか?

 何にせよ、魔力酔いかどうかを確認するにはいったんパーティを組まないとわからないか。


「すみません。いったんパーティを組んだ状態で魔法を使っていただいてもよろしいでしょうか?」


「見てくれるのか?」


 モーパッさんからパーティー申請が届く。

 パーティー内通知を使わなければ、別パーティを組んでも問題ないだろう。


『地球人ギルド(公式):通知』

『オウコク宮廷ギルド(公式):』

『(個別):通知』

『ノリヲ 肉体:41/41 精神:49/49』

『チョウヒ 肉体:40/40 精神:50/50』

『ダット 肉体:48/48 精神:47/47』

『ニッ 肉体:125/125 精神:46/46』


『モーパッ 肉体:63/63 精神:42/42』


 なるほど。別パーティは空行が入るのか……って、肉体能力値高っ!


「では使ってみる……<属性生成>加護1筋力頑丈ナシナシバルクアップ1……ぐっ」


『モーパッ 肉体:63/63 精神:42/42:麻痺』


 やはり魔力酔いだ……しかし、モーパッさんは麻痺状態でゆっくりだがスクワットを始める。


「くっ……この程度の負荷で」


 いやいやいや。状態異常の麻痺って体動かせないって聞いてますよ?






● 主な登場人物


・俺(羽賀志ハガシ 典王ノリヲ

 ほぼ一日ぶりの食事を取ろうとしていたところを異世界に全裸召喚された社畜。二十八歳。

 チョウヒさんとダットを守るために勇者証を借り受け、宮廷ギルドに加入することになった。頑張るぞ。


・チョウヒ・ゴクシ

 かつて中貴族だったゴクシ家のご令嬢……だった黒髪ロングの美少女。十八歳。俺を召喚した白魔術師。

 本日の日没までに冒険者ギルドへ再出発の報告をしにいかなければならない。


・ダット

 ゴルゴサウルスを操る御者。銀髪ショートボブに灰色の瞳。背が低いオレっ娘。十三歳。ゴクシ家のお抱え運転手。

 俺が海苔を剥がしたせいで対立させてしまった貴族が貴族階級を失った。報復から俺が守らねば。


・ニッ

 ゴルゴサウルス。体長は十メートルくらいありそう。ヘッドライトの効果がある眉毛型の魔法具を装備している。

 ニッさんの「揺れ」ののりしろを探して海苔を貼ったら全く揺れなくなった。


・コウ

 ドバッグ家の三男坊だった性犯罪者。ダットの弱みにつけ込み卑猥な行為を繰り返していたソバカス小太り男。

 海苔を剥がしたところ、その犯罪的欲求が暴発し逮捕。現在はドバッグ家を放逐され、貴族ではない。


・デッ

 真チョウヒ様ファンクラブ副会長。今では心を入れ替えて、チョウヒさんの幸せのために生きると誓ってくれた。

 すばらしい筋肉を持ち、祖父から譲り受けた塗装業を営んでいる。


・モーパッ

 デッさんの姉。その上腕は俺の太ももの倍はあるのに小顔で美人。筋肉を動かしていないときは小声。

 何らかの魔力酔いにかかっているようだが……。

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