#14 僕と契約して勇者になってよ

「え? ナニモノって……ち、地球人です」


 そう答えながらもうっすらと、求められている答えは違うんじゃないかとは思っていた。


「そのようですね。一応、地球人ギルドから情報をいただいてはいます。一日半前にチョウヒ・ゴクシにより召喚されたばかりの地球人であると」


 それを俺に伝えるということは、聞きたいのはそんなレベルのことじゃないということだよね。

 外部から遮断された空間と言われたとき、最初に頭に浮かんだのは「拷問」という単語だった……もしも拷問されたとしたら、俺は何を白状させられるのだろうか。

 まだ耳に残っている怪しい女神ナトゥーラの「魔王の影を追え」という言葉を思い出す……いやいや、あれはきっと夢だ……俺には関係ない。


「はい。ご認識の通りです」


 トラネキサムさんの雰囲気が変わる。

 ……まさか、相手の考えが読める系の天啓をお持ち、とか?


「……そういえば、ノリヲ殿が在牢時、向かいの牢に人相の悪い男が入っていたのを覚えておいでですか?」


 人相が悪い……あのジャック・ニコルソン似の……脱獄を図ったんだっけ。


「はい」


「奴はオウコク王国内では屈指の犯罪組織のボスでしてね、ただいつも自身の手は汚さないんです」


 犯罪組織のボス?


「あのときは言いがかりに近い軽い罪状で強引に牢へ入れたようで……賭けだったようです。奴の入牢中に奴の拠点を調べ、他の犯罪の証拠を探し出せるかどうか……見つからなければもう二度とこの手口は使えない。奴はそれをわかったうえでわざと捕まったようでした。もちろん拠点では何も見つけられず……ところが、奴は何を思ったのか脱獄を図りました。その場で逮捕です。しかも、過去の犯罪歴まで全て話し始め……奴の本名ジャックニコルまで明かしたのです……オウコクギルドの記録ではもう二十年以上前に死亡したことになっていました。犯罪歴を隠すために死を偽装していたのです」


 そういやそんな武勇伝を語っていたような。


「ノリヲ殿に不必要な暴力を与えた男は奴の部下でした。当然、ジャックニコルの一味として重い処罰が与えられます」


 思い出しただけで体が強張る。今まで誰かにあんなに蹴られたことはなかったから。


「それ以外にも、以前より威嚇行為を繰り返すと苦情があった不良の若者集団を更生させ、身分を利用して多くの若い女性に強引な性犯罪を繰り返していた放蕩貴族を逮捕させ、そしてたった今、勇者を騙り悪辣な行為を繰り返していた冒険者集団までもを逮捕に漕ぎ着けさせた……全てがわずか一日半の間に、です」


 そうか……何もかも夢中で気づかなかったが、まだ一日半しか経っていないのか。


「だから尋ねたのです。あなたは何者なのでしょうかと。地球には正義の味方という存在があるようですが、ノリヲ殿はまさにそれだとしか……」


「そ、そんないいもんじゃないです」


 俺はただ、自分が切り捨てられるのが怖くて必死に足掻いていただけだから。


「卑下なさることはないでしょう。ノリヲ殿は天啓【秘密共感】を使いこなしていらっしゃる。相手が秘密を隠せなくなる類の解釈でしょうかね」


 なるほど。個人情報は一元管理されているのか。

 魔力身分証はいわば個体識別のIDのようなもので……異世界は意外と管理社会なんだな。

 いやほんと初日のアレが犯罪歴として残されないで本当に良かった。

 そしてそれはチョウヒさんのおかげ。

 頭が上がらない……チョウヒさんに相応のパートナーが見つかるまで、俺はしっかり彼女を守ってゆかなくては……そのために、俺は足掻くのをやめちゃいけない。


 トラネキサムさんは、その額に海苔のりしろとが浮かんでいる。

 海苔には青が透けて見え、のりしろは俺が会話するたび浮かぶ。

 後者……おそらく、俺の会話に対して魔法か天啓を使っているのだろう……ということは、それは俺の思考を読み取る系じゃなく、俺の言葉をきっかけにする効果……例えば嘘発見器みたいなものと考えるべきか。


「使いこなせているどうかはわかりませんが、理屈ではなく直感的にとらえてはいます。地球人ガイドに、天啓に対して疑問が湧いてしまうと一時的に使えなくなることもあると書いてあったので、現在の状態からあまりつきつめないようにしています」


 本音で答えた。

 【秘■共感】の海苔が密だったのも今初めて知ったが、向こうに伝えたままの理由で深く考えないようにしている。


「ふむ……どうやら私の秘密……この天啓についても、何らかの共感を得ていらっしゃるようですね。おみそれいたしました」


 自分の考えが読まれているかもしれない中での問答ってのは凄まじい緊張だ。

 だが救いは、トラネキサムさんがチョウヒさんやダットを守る側の人だということ。俺は抗うことなく、素直に居ればいい。


「ということでノリヲ殿、是非とも勇者契約をしていただきたい」


 抗うことなく……え? 勇者?


「お、俺がですかっ? 失礼。私がですか?」


「地球人ガイドを読み込んでいらっしゃるならご存知でしょうか。ここゲンチにおける勇者とは国定資格なのです」


「ま、待ってください。私は……その……戦闘とか怖いし、弱いし、勇者なんて無理ですよっ!」


「ノリヲ殿、勇者に相応しい条件とはなんだと思われます?」


 条件?


「……国を守れる英雄、でしょうか」


「そういう場合もございます。ただ一番重要な条件とは、国にとっての財産であるということです」


「財産……王族とか大臣とか、高貴な方々でしょうか」


「いえ、誤解を恐れずに言わせていただきますと、大臣のような役職については替えがききます。財産とは、失われては国の損失になるような人々のことを指します。立場上、それを明かすわけにはいかないのですが……例えば、とある分野において非常に豊富な経験と知識を持った研究者がいたとします。その研究が危険なモンスターの多い地域に赴かないと出来ないような場合、その研究者は勇者として検討されるべきだと私個人は考えます。勇者証には、死亡時に安全な場所まで遺体を転送する魔法が設定されているからです。不慮の事故で永遠に失わてはいけない人こそが、勇者として相応しいのです」


 不慮の事故死への保険、という表現はけっこう腑に落ちる……けれど、それって。


「まず、私が……おこがましくも国の財産などという分不相応な価値を与えられるほどの人間であるかどうかは置いておいて……私を、危険な場所へ派遣したい、ということでしょうか」


「……ご存知なかったのであれば、すみません。危険な場所への調査依頼を受けたのは、チョウヒ・ゴクシ殿ですよ。今回、冒険者ギルドより招集がかかったのは、鑑定系の天啓を持つ方々です。ただ、彼女はその依頼を単身でこなすのは困難だと思われたのでしょう。特定のパーティに属していないが故に、参加者をその場で募り、それに応募したのがジコハだったというわけです」


 ……チョウヒさんは、どうして俺に声をかけなかったのだろうか。

 役不足を見抜いてた? それとも信頼されていなかった? いや、そういう子じゃない……遠慮? もしかして召喚した地球人の面倒を見るというルールのせい?

 とにかく俺は、チョウヒさんに庇われて、守られて……そんな情けない俺だったからこそ、結果的にチョウヒさんは傷ついた。

 俺がもっとちゃんとしていたら……頼りがいがあれば……とは思いはするが、俺なんかに勇者などという大役が。


「……」


「ノリヲ殿。あなたは悪を嫌う立派な心と、そんな悪がひた隠そうとする秘密を暴ける天啓とをお持ちだ。そのような人材が、内政においても外交においても国にとってどれだけ有益であるかをご想像いただきたい。さらには、そのような人材を悪党がどうしたいと思うかも」


 犯罪組織のボス、ジャックニコルに脱獄失敗に追い込んだ俺が、牢屋でどんな目に遭ったかを思い出す。


「一つ、確認させてください。勇者が死亡したとき、安全な場所まで転移されるのは勇者の遺体のみなのでしょうか」


 ゲームならパーティ全員だけど。


「いえ、勇者が主催した個別パーティ参加者から勇者を含めて六名まで一緒に転移されます。七名以上のパーティを組んでいる場合は、組んだ順に勇者以外の五名となる仕様です」


 ……それなら、いざとなれば俺が絶命すれば、一緒に居る他の人たちを守ることもできる。


「わかりました。未熟者ですが、そのありがたいお申し出、謹んでお受けさせていただきます」


 チョウヒさんが泣きながら逃げてきた理由を語ったとき、全身の血液が沸騰するかと感じた怒りを……ジコハ一味に対してと、そして不甲斐ない自分自身に対しての怒りを、決して忘れない。

 俺は、もっと、守れる人間になりたい。

 利己的な自分の居場所をではなく、大切な人たちの居場所を。


「では、細かい説明をさせてください」




 チョウヒさんたちと合流できて、ようやく帰宅することができたのはそれから一時間後のことだった。


 肩まで湯船に浸かりながら、ここ一日半の間に我が身におきた様々なことを頭の中で整理……しようとすると、湯船の中に溺れそうになる。

 だめだ。風呂で考え事は危険だ。

 明日も早いし今はさっさと出よう……風呂場の前室でふと鏡を見て気付く……ひげ剃りがない。

 夕方の買い物でパジャマを買う買わないでもめてたせいで忘れていた。

 しかもこのパジャマの趣味ったら……ゲンチでも星型というのは「☆」の形してるんだな。


 風呂場を出たところで、その「☆」柄がにゅいっと歪む。

 パジャマの裾をチョウヒさんが引っ張ったのだ。


「ゆ、湯冷めしちゃうよチョウヒさん、大丈夫?」


「……あの……ノリヲさんのベッド、私が汚しちゃったから……」


「気にしないで。チョウヒさんが悪いわけじゃないし」


「だから……こっち来て。私の使っているベッドは三人でも寝れるから」






● 主な登場人物


・俺(羽賀志ハガシ 典王ノリヲ

 ほぼ一日ぶりの食事を取ろうとしていたところを異世界に全裸召喚された社畜。二十八歳。

 ジコハはなんとかぶち込めたようだが、チョウヒさんのことも、ダットのことも、ちゃんと守っていきたい。


・チョウヒ・ゴクシ

 かつて中貴族だったゴクシ家のご令嬢……だった黒髪ロングの美少女。十八歳。俺を召喚した。

 冒険者ギルドで受けた依頼の果てに偽勇者ジコハに傷つけられたが、なんとかその脅威は取り除けたのかな?


・ダット

 ゴルゴサウルスを操る御者。銀髪ショートボブに灰色の瞳。背が低いオレっ娘。十三歳。ゴクシ家のお抱え運転手。

 俺が海苔を剥がしたせいで対立させてしまった貴族が貴族階級を失った。報復から俺が守らねば。


・ニッ

 ゴルゴサウルス。体長は十メートルくらいありそう。ヘッドライトの効果がある眉毛型の魔法具を装備している。

 ニッさんの「揺れ」ののりしろを探して海苔を貼ったら全く揺れなくなった。


・コウ

 ドバッグ家の三男坊だった性犯罪者。ダットの弱みにつけ込み卑猥な行為を繰り返していたソバカス小太り男。

 海苔を剥がしたところ、その犯罪的欲求が暴発し逮捕。現在はドバッグ家を放逐され、貴族ではない。


・ジコハ

 冒険者ギルドからの緊急任務でチョウヒさんが組んだパーティーのリーダー。

 資格もないのに勇者を騙ってクソ性犯罪三昧だった。重死罪が適用されるようで一安心。


・トラネキサム

 宮廷魔術師。背が高く、髪は七三分けで、目が細い男性。勇者に勧誘してくださった。

 恐らくだけど、発言の真偽を見抜くことができる気がする。


・ジャックニコル

 オウコク王国内では屈指の犯罪組織のボス。海苔を剥がしたおかげで正式に逮捕できたようだ。

 しかしジャック・ニコルソン似で名前がジャックニコルって……。

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