#13 壁の向こう側

「ようやく追い詰めたぞ……皆さんッ! こいつはッ! このチョウヒ・ゴクシはッ! 魔王が出現したこの時期に、せっかく与えられた依頼から逃亡した、とんでもない女なんですッ!」


 治安本局前広場に、ジコハのドヤった声が響く。

 俺とチョウヒさんは、ニッさんの背中から降り、治安本局の入り口へと近づいてゆく。

 入り口横にはトト支部長。その横には若草色の制服の……ヒアルロン副大臣!


「早くそいつらを捕まえてくださいよッ!」


 ジコハも恐竜車を降りて、駆け寄ってくる。

 ジコハの仲間も、俺たちを取り囲んでいた衛兵たちも。


 トト支部長が右手をすっと差し出す。

 俺たちはそのすぐ目の前まで歩き、トト支部長の手にチョウヒさんの手を握らせ、チョウヒさんを包んでいたシーツを剥がした。

 チョウヒさんの、痛々しい擦り傷だらけの汚れた姿に、周囲はどよめく。

 その直後、トト支部長は治安本局の壁に手を触れる……窓もなく城壁のようにそびえるスクリーンのような壁に。


「フフフ、これはマッサージだと言っただろ、うぐ……け、蹴ったね? 勇者へ攻撃を加えたら記録されるって知っているだろう? ただね、報告するかどうかは私が決められる。わかるだろう? 悪いようにしないから……ほら、これも脱いでごら、痛ッ! このクソアマッ! 優しくしてやりゃつけ上がりやがってッ! パーティーメンバーの体調管理はリーダーの仕事なんだッ! 俺が診てやるから早く脱げよオラッ!」


 チョウヒさんのガーターベルトとストッキングはこのとき破損したのか。


「おいッ! なんでこいつこんなに暴れるんだ? ちゃんと薬盛ったんだろッ? 痛ッ! また蹴りやがった! おいッ! お前ら手伝えッ! お前らにもヤラせてやるからよぉ!」


 ここでチョウヒさんは魔法を使った。自分の敏捷に<属性生成>で6ダイス分の加護を。

 敏捷は物理戦闘の回避率にも影響する。襲いかかるジコハとその手下の手をかいくぐり、チョウヒさんは逃げ出した。


 映像はそこで途切れた。

 もちろん、ジコハとその手下がそんなものを黙って観ているわけはない。

 襲いかかって来ようとしたが、俺はやつらの海苔を剥がした。特にジコハからはものすごい量の海苔を剥がしてやった。そのほとんどに橙色が透けて見えていた。

 衛兵に取り押さえられたジコハは、今回の一件だけではなく、過去に行った数々の悪事まで全て白状した。


「勇者を騙るばかりか、我がオウコク王国の勇者という存在を穢した貴様の罪は重い。覚悟せよジコハ。楽には死ねんぞ」


 ヒアルロン副大臣がジコハに厳しく言い放つ。


 俺は再びチョウヒさんをシーツでくるむ。

 チョウヒさんはトト支部長から手を放し、俺へとしがみつく……震えているのはチョウヒさんだけじゃない。俺も今になって膝が笑いそう。


「ノリヲさん、地球人ガイドには書かれていないのに、よく、個人から公式ギルドへも通知が送れることがわかりましたね」


「ああ、俺、地球ではIT系やってたんで、個別と公式とシステムが似ているなら、似た機能もあるかなって……賭けてみたんです。でも本当に……いくら地球人ギルドが二十四時間受け付けているとはいえ、この通知がトト支部長まで届かなければ、届いたとしてもここにトト支部長がいらしてくださらなければ……とてもじゃないけれど、チョウヒさんを助けることはできませんでした。本当にありがとうございました」


 俺とチョウヒさんが深々と頭を下げると、ダットもニッさんから降りてきて、俺の隣で頭を下げた。


「頭を上げてください、ノリヲさん。こんな素敵な野外スクリーンの存在を教えていただけて、感謝したいのはこちらです。それに……あなたはきっと、うちの地球人ガイド制作部の面々と話が合うと思いますよ。今はこんな状況ですが、落ち着いたら是非、顔を出してあげてください」


「はい。是非ともお願いします」


 頭を上げた俺たちの前に、深緑色の制服の人が立っていた。

 背が高い男性。髪は七三分けで、目は細く、柔和な笑顔をみせているが、営業スマイルっぽくも感じる。

 制服のデザインは若草色のとほぼ同じようだが、副大臣とはまた異なる役職なのだろうか。


「初めまして。僕は宮廷魔術師のトラネキサム。状況をもう少し詳しく教えていただきたいのですが、お時間少しだけよろしいでしょうか?」


 正直今はチョウヒさんもダットさんも寝かせてあげたいのだが、チョウヒさんの無実がかかっているのなら、あの悪党どもに引導を渡せるのであれば、喜んで応じましょうとも。


 俺たちは宮廷魔術師トラネキサムさんに続いて治安本局の中へ……何人かの衛兵が手を振ってくれる。

 最初にここへ連れてこられたときの、あの小豆色の制服から感じた不安やら圧迫感やらを思い出すと、現在守られる側に回れた自分は異世界での市民権を得たのかなとも思えてくる。


 トラネキサムさんは二階へと上がってゆく。牢は地下だから、ここから先は初めてだ。

 階段を登りきると、飾り気のない通路に出た。

 左右どちらを見てもドアくらいの大きさの盾を持った衛兵が二人ずつ。通路の七割がたが塞がれている感じ。

 しかし、トラネキサムさんの顔を見るや衛兵たちは盾の向きを通路に対して並行に変え、壁際へと寄った。盾で見えなかったが、盾を持たない衛兵も二人ずつ、盾の衛兵の後ろに控えていたようだ。


 ようやく見えた通路の向こうは、右側通路は左方向へ、左側通路は右方向へとカーブしている。大きく環状ににつながった通路の一部なのかな。


「チョウヒ・ゴクシ様はあちらへ」


 トラネキサムさんが左側通路を示すと、盾の衛兵の脇からまた別の衛兵が二人現れる……二人とも女性だ。しかも、カラーと袖と裾とに金色の二重線が入っている。


「ノリヲ殿はこちらへ」


 トラネキサムさんは右側通路へ、盾の衛兵たちの間を抜けてゆく。

 ダットはチョウヒさんと一緒に向こう側へ招かれる。

 離れ離れになるのは不安だが、ここは従うべきだろう。

 素直にトラネキサムさんについて行くと、盾を持っていない衛兵二人がついて来る。


 カーブした通路をちょっと歩いた先で、トラネキサムさんが不意に内側の壁へと手をかざす……と、壁の一部が一旦引っ込み、それからスライドした。

 トラネキサムさんがその中へと入るので俺と衛兵二人も続く。


 入った先はかなり狭い部屋……職場ビルのエレベーターとさほど変わらなくらい。

 そんなところに四人。しかも間近で見て分かったことだが、衛兵は制服の下に鎧のようなものを着込んでいるっぽい。肘と膝も微妙に盛り上がっているし。


「この設備は、地球の方のアイディアを元に作られたのですよ」


 トラネキサムさんが部屋の内側の壁に触れると、今入ってきた入り口がスライドして閉まる。

 密室になるのと同時、背中にぞくりと悪寒。

 思わず肩をすくめた俺の目の前で、再び壁がスライドして入り口が現れる。

 その向こうに見える通路はまっすぐ伸び、その先がT字路になっているところまで見通せる……さっきのカーブした通路とは明らかに違う場所。


「電気ではなく魔力で動くものですが、敬意を表し『エレベーター』と呼ばせていただいております」


 浮遊感は感じなかったが、あの悪寒みたいなのが魔法で移動した感覚なのだろうか。

 魔力ということは、チョウヒさんとこのトイレにあったウォシュレットみたいに、触れたらメニューが現れて選択すると作動する感じかな。

 トラネキサムさんが壁に触れたとき、どんなメニューが出ていたのかは不明……ということは、メニューは魔力身分証と同じく本人にしか見えないものなのかもしれない。

 操作方法が他人に見えないというのはセキュリティ的にも優れているな。

 横で見て暗証番号を覚える的なことはできないし……少なくとも俺一人ではチョウヒさんたちの所へ戻れない場所だという覚悟はしておくべきだろう。


 T字路を右に曲がって少し歩き、盾の衛兵が守る突き当りの大きな両開きの扉を抜けると、通路の右側が大きなガラス張りになっている……向こう側は図書館?

 中に居る人たちの制服の色は全員が薄紫色……中には、さっきのチョウヒさんたちを案内した人のように、カラーと袖と裾とに金色の二重線が入っている人も居る。もちろん、その人たちの制服の色も小豆色ではなく薄紫色だ。

 この二重線、女性だと付くというわけではないようだ。おそらく三十人くらいいる中で男女比は半々、二重線は男女に関係なく全体の八割ほど。


「ようこそ、魔法省へ」


 魔法省……響きはかなりのファンタジーだが、ほとんどの人が本を開きながら何かをメモっているだけだし、本棚の高いところの本を取る人が脚立を使っていたりと、第一印象の図書館感は消えない。


「こちらへ」


 通路のガラス張りエリアが終わり、また殺風景へと戻る。

 そんな目印も何もない場所で、トラネキサムさんは突然立ち止まって壁に触れる。

 『エレベーター』のとき同様、壁に入り口が現れた。


 中は八畳いやもう少し広いか。部屋の中央には木製の立派な大テーブルと、同じ模様が彫り込まれた椅子が四脚あった。

 トラネキサムさんはその椅子の一つに座り、俺に対面の椅子へ座るようにうながす。

 言われた通り座ると、部屋の入り口が閉まる。衛兵二人は部屋の外で待機したまま。


「さて。時間をかけてこんな場所までご足労願ったのは、この部屋が特別だからです。この部屋の中で発せられた音も光も、外部へ漏れることはありません。そのうえで早速本題に入りましょう」


 トラネキサムさんが、細い目を見開き、じっと俺を見つめる。


「教えてください。ノリヲ殿、あなたは一体、何者なのでしょうか」






● 主な登場人物


・俺(羽賀志ハガシ 典王ノリヲ

 ほぼ一日ぶりの食事を取ろうとしていたところを異世界に全裸召喚された社畜。二十八歳。

 ジコハはなんとかぶち込めたようだが、チョウヒさんのことも、ダットのことも、ちゃんと守っていきたい。


・チョウヒ・ゴクシ

 かつて中貴族だったゴクシ家のご令嬢……だった黒髪ロングの美少女。十八歳。俺を召喚した。

 冒険者ギルドで受けた依頼の果てに偽勇者ジコハに傷つけられたが、なんとかその脅威は取り除けたのかな?


・ダット

 ゴルゴサウルスを操る御者。銀髪ショートボブに灰色の瞳。背が低いオレっ娘。十三歳。ゴクシ家のお抱え運転手。

 俺が海苔を剥がしたせいで対立させてしまった貴族が貴族階級を失った。報復から俺が守らねば。


・ニッ

 ゴルゴサウルス。体長は十メートルくらいありそう。ヘッドライトの効果がある眉毛型の魔法具を装備している。

 ニッさんの「揺れ」ののりしろを探して海苔を貼ったら全く揺れなくなった。


・コウ

 ドバッグ家の三男坊だった性犯罪者。ダットの弱みにつけ込み卑猥な行為を繰り返していたソバカス小太り男。

 海苔を剥がしたところ、その犯罪的欲求が暴発し逮捕。現在はドバッグ家を放逐され、貴族ではない。


・ジコハ

 冒険者ギルドからの緊急任務でチョウヒさんが組んだパーティーのリーダー。

 資格もないのに勇者を騙ってクソ性犯罪三昧だった。重死罪が適用されるようで一安心。


・トト支部長

 地球人ギルドのオウコク支部長で、触れた相手の記憶を映写する【記憶映写】という天啓を持つ。

 ジェントルなダンディなうえに仕事熱心。深夜だというのにわざわざ色々と協力してくださった。頭が上がらない。


・ヒアルロン

 治安省の副大臣。ゲンチの偉い人っぽいが、フレンドリーな感じ。

 健康が気になる体型をされているが、正義の人なので長生きしてほしい。


・トラネキサム

 宮廷魔術師。背が高く、髪は七三分けで、目が細い男性。

 俺が何者か、なんて尋ねてきたが……この人は何を知りたいのだろう。

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