#10 招集

『地球人ギルド(公式):通知』


 俺も地球人ギルドからの通知へ意識を集中した。


『三ヶ月以内にゲンチへ召喚された地球人の方は、地球人ギルドへ至急お集まりください』


 女の人の凛々しい声……魔王についての通知じゃないのか?


「ごめん、ノリヲさん、ダット、私、冒険者ギルドに顔を出さないと」


「俺も地球人ギルドから呼び出しだ。こちらは魔王についてじゃないけど」


「そうか。皆、バラバラ行動なのね……じゃあ、ダットもうちのパーティに入ってもらわないと」


「いいのかっ?」


「いいも何も、ダットは私の妹でしょ?」


「いやっほーっ!」


『地球人ギルド(公式):通知』

『(個別):』

『ノリヲ 肉体:41/41 精神:49/49』

『チョウヒ 肉体:40/40 精神:39/50』

『ダット 肉体:48/48 精神:47/47』


 ダットさんは器用と敏捷が高く、トータルの肉体値は俺やチョウヒさんより高い……あれ、チョウヒさんに精神値で負けてる俺って、一人だけオッサンの上に、能力的にも二人に劣っているのか……地味に凹むなぁ。


「おいで、ダット。あなたにもメイド服を着せてあげる」


「お、オレ、女の格好するのか?」


「何言ってるの。女の子なのに……それにダットは可愛いから、きっと似合うわよ」


「……オヤジに……女の格好したら変な奴に狙われるからやめとけって……」


 ああ、それで一人称も「オレ」なのか。


「大丈夫。この外出用メイド服はほら」


 チョウヒさんはスカートとその下のパニエをめくる……のが早過ぎて、視線をそらし損ねてしまった。

 だがパニエの下にはナイフ付きの鞘が何本も装備されている黒のショートパンツ。

 確かにパニエを下ろすと、ショートパンツもナイフも隠れ、見えるのはただガーターベルトと厚手のストッキングのみ。


「どんな格好してても下衆ゲスは狙ってくるし……それにダットはもう一人じゃないから。何かあったら私やノリヲさんが守るからね」


「あ、うん。守るから……ダットさんのことも、チョウヒさんのことも」


 視線をそらし損ねた失点を取り戻すために力をこめてそう答えたら、二人していっぱいいっぱいの、涙をこらえた笑顔で微笑み返してくれた。

 本当の姉妹ではないのに同じ表情で……ああ、尊いな。

 やっぱり……魔王の影とかよりもずっとずっと、この子たちを守る方が大事だな。うん。




「じゃあ、送ってくれてありがとうね! 何かあったら個別通知よろしくね!」


「いってらっしゃい!」


 冒険者ギルドでチョウヒさんを下ろしたあと、ダットは俺を地球人ギルドまで送ってくれる……さん付けで呼んでたのを呼び捨てに切り替えるのって心の奥がムズ痒くなるのだが、ダット本人の希望なのでこれは仕方ない。

 それにしても……。


『地球人ギルド(公式):通知』

『(個別):通知』

『ノリヲ 肉体:41/41 精神:46/49』

『チョウヒ 肉体:40/40 精神:38/50』

『ダット 肉体:48/48 精神:46/47』


 個別パーティの通知……二回目以降の再生は精神を1点消費するんだけど、つい一回と再生があとを引く。


『でも、フリじゃなくて本当にそうなっても、私は構わないですよ』


 出発前、ダットがお風呂に入っている間、婚約について尋ねてみたときのチョウヒさんの返答。

 ダットがお抱え運転手になったように、俺もほとぼりが覚めたら婚約者じゃなくてただの護衛とかそういうのでいいよって言ったとき、このセリフをあえて、俺に個別通知してきたチョウヒさん、可愛い過ぎないか?

 俺と同い年とか俺より年上の同僚たちが未成年のアイドルと疑似恋愛がどうのとか言っているのを聞いて、俺は引いてた側だったはずなのに、いや、冗談抜きで撃ち抜かれるよ、これ。


 それに、そもそものきっかけはチョウヒさんのフォローじゃなく完全に俺だったのもショックだった。

 俺が魔石を飲んだ後の「魔力酔い」、魔法を使おうとして発動した状態異常は『魅了』で、全く記憶にないのだが俺は熱心にチョウヒさんを口説いたらしい。

 俺が連行されたあと地球人ギルドのシアターで、そのときの様子をチョウヒさんの承諾の返事まで含めてまるっと公開したのが、婚約者の証拠として採用されたと聞かされたときの俺の顔の温度ったら。


 恥ずかしくて死にたい。


 キモくて申し訳ないと謝ったら、「支えると真剣に言ってくれたこと、本気で嬉しかったです」と。チョウヒさん天使じゃないの?

 しばらくはフリでもいいからよろしくお願いしますと頭を下げたら、あのセリフですよ。もう一回聞いちゃう。


『でも、フリじゃなくて本当にそうなっても、私は構わないですよ』


 ……破壊力あるなぁ。


「ノリヲあんちゃん、着いたぜ!」


 ダットの明るい声で我に返る。


「ありがとうね。じゃあまた終わったら連絡するから」


「おう!」


 手を振るダットとニッさんを夕陽が照らして、やけに叙情的な気分になる。

 ほぼ一日ぶりの地球人ギルド。しかも一昨日の今頃なんて絶賛サビ残中だった……人生なんて本当、どこでどうなるかわからないもんだな。


「やあ、ノリヲさん」


 見知らぬ人に突然、声をかけられてしまった。

 異世界にはおよそ不釣り合いな濃いグレーのスーツ姿の童顔の……日本人っぽい男。


「あ、はい」


 俺が戸惑っていると、男は苦笑いを浮かべる。


「すみません。僕、あのときシアターの観客席に居たんです……申し遅れましたが僕の名前はザブトン。一応、ここ地球人ギルドの職員です」


 うわー。チョウヒさんのアレと俺の逮捕の目撃者か……申し訳ない。恥ずかしい。死にたい。


「ノリヲさん、あんな若くて可愛い召喚者でそのうえ婚約までなんて、七大国一の果報者って評判ですよ……で、変に妬んだりする人も出るかもしれません。それに……僕についてきてください」


 それに、の後を濁されたのが気になるが、超いい人っぽいサブトンさんについて地球人ギルドへ再び足を踏み入れる。

 そしてなぜか個室へと通された。


 まずは簡単な事情説明。

 ザブトンさんは地球名、腰野コシノヤワラ。俺と一歳しか変わらない二十七歳にはとても見えない。普段は地球人ガイド制作部で働いている。

 召喚されてもう二年になるので、呼び出し対象外なのだが、魔王出現に際し地球人ギルドが忙しくなることを見越して呼び出されたという。

 三ヶ月以内の被召喚者が集められていることについては、王国側から一切の説明もなく、過去の魔王出現時にもそんな記録はなかったらしい。


 それから、コウ・ドバッグが釈放されたことも告げられた。

 ドバッグ家からの要望により裁判は最短で行われ、罰金刑およびコウ自身から貴族身分の剥奪で決着となり、ドバッグ家からも除籍された……だから俺が地球人ギルドの前でぼんやり立っていたのを見て心配になったのだと……。


 いやそれよりもコウが野放し?

 ザブトンさんに断わりを入れ、うちの個別パーティへ通知を送る。

 さっき練習で送りあった手順を思い出す。個別で送る場合は送りたい相手の名前へ意識を集中する。個別パーティ全体へ通知する場合は『(個別)』のところへ集中。精神を1点消費すると、例のメニューが出てきて、『送信』を選択。


「重要な通知です。コウ・ドバッグが罰金と貴族身分剥奪の刑を受けたとのことです。コウはドバッグ家から除籍されたそうですが、釈放もされています。ダットはなるべくチョウヒさんと一緒に居るようにしてください。こちらも用事が済み次第そちらへ向かいます」


 「重要な通知」と最初に入れるのは、安易に「わかりました」等の返事で一枠しかないパーティ通知を上書きしないようにするためのルール。

 だからダットからの返信はないが、送信失敗はしていないのでちゃんと二人に届いているはず。


「あ、すみません、僕も通知で呼ばれました。では、係の者が呼びに来ますので、それまで地球人ガイドでも読んでお待ちください」


 ザブトンさんは慌ただしく部屋を出ていった。

 念のために持ってきておいた地球人ガイドを読み始める。まずはまだ読んでいない項目を……その中に「(15)魔王」という項目を見つけた。

 過去三回分の魔王出現時の情報と、そこの現場で魔王由来の状態異常を目の当たりにした人たちの生々しくも痛ましい記録。


 原初の女神ナトゥーラの言葉「魔王の影を追え」が頭をちらつく。

 魔王と「魔王の影」とは違うものだとは思うが、全く関係がないとも思えない。

 こんな強大な魔王とやらに、俺みたいなのが挑めるものだろうか。実際、過去の魔王討伐でも地球人が参加した記録はないと書かれていたし……なぜ俺なんだ?


 しかも今は、魔王とは別に釈放されたコウという懸念材料もある。

 貴族階級を剥奪された貴族……エリート社員がクビになったよりも酷いだろうな。だとしたら破れかぶれになって、いわゆる「無敵の人」化しているかもしれない。

 それにしても呼び出しはまだ来ないのか? こうしている間にもチョウヒさんやダットにコウの魔の手が伸びないとも限らないのに。


 地球人ガイドに一通り目を通した俺は、思い切って部屋の外に出てみた。

 ここは地球人ギルドの四階。通路の天井には、チョウヒさんの家の廊下同様、光る石がはめ込まれている。

 通路に見える幾つかの扉はどれも閉まっているが、日本語プレートがついていて「小会議室405」とか「中会議室401」とか書いてあり、わかりやすい。

 通路の突き当りにはどちらも窓で、今はもう完全に日が暮れていることがわかる……そして、なぜか廊下に響いているすすり泣き……近づき、扉についたプレートを見ると「女子トイレ」。


 見なかったことにしよう、ときびすを返した途端、トイレのドアが勢いよく開いた。






● 主な登場人物


・俺(羽賀志ハガシ 典王ノリヲ

 ほぼ一日ぶりの食事を取ろうとしていたところを異世界に全裸召喚された社畜。二十八歳。

 魔王が出現したし、コウが釈放されたらしいし、不安でいっぱい。


・チョウヒ・ゴクシ

 かつて中貴族だったゴクシ家のご令嬢……だった黒髪ロングの美少女。十八歳。俺を召喚した。

 大画面に自分の裸体を晒した俺をあろうことかかばってくれたらしい。しかも婚約者とか……本当に申し訳ない。


・ダット

 ゴルゴサウルスを操る御者。銀髪ショートボブに灰色の瞳。背が低いオレっ娘。十三歳。ゴクシ家のお抱え運転手。

 俺が海苔を剥がしたせいで対立させてしまった貴族が貴族階級を失った。報復から俺が守らねば。


・ニッ

 ゴルゴサウルス。体長は十メートルくらいありそう。ヘッドライトの効果がある眉毛型の魔法具を装備している。

 ニッさんの「揺れ」ののりしろを探して海苔を貼ったら全く揺れなくなった。


・コウ

 ドバッグ家の三男坊だった性犯罪者。ダットの弱みにつけ込み卑猥な行為を繰り返していたソバカス小太り男。

 海苔を剥がしたところ、その犯罪的欲求が暴発し逮捕。現在はドバッグ家を放逐され、貴族ではない。


・サブトン

 二十七歳だが童顔の地球人(腰野コシノヤワラ)。二年前に召喚され、地球人ギルドで働いている。

 コウの釈放情報などを教えてくれた良い人。


・女子トイレですすり泣く人

 ……きっと、生きている人だよね?


・ナトゥーラ

 最高のプロポーションの全裸に、卑猥な感じに六枚の海苔を貼り付けた、原初の女神。

 海苔は現在、犯罪者みたいに両目を隠すのに一枚、チョーカーみたいに細長く首に一枚、両乳首部分にそれぞれ一枚ずつ、へそ部分に一枚、股間に一枚。

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