#3 驚きのスライム活用術
「ノリヲさんっ!」
起き上がろうと伸ばした右手に温かいものが触れる。
その温かいものはぎゅっと俺の手のひらを、指を包み込む。
目を開くと、淡い照明を遮るように、チョウヒさんの静かに震えるシルエット。
俺の右手を胸のあたりに抱き込み、首から肩、腕、腰のくびれまで美しいラインがまるで後光をまとった女神のようにすら感じ……え、なんでまた裸なの?
慌てて飛び起きると……痛っ。
膝とか腕とか腹とかあちこち強く打ち付けたみたいだ……ああ……俺たちは巨大白スライムの残骸のまん真ん中に居るのか。
だからか。この巨大白スライムの残骸は、クッションになってくれたものの俺たちの着ていたものは……。
暗闇にぼんやりと浮かび上がる全裸の美少女。
チョウヒさんの鼓動が少し早くなっているのを、手の甲ごしに感じる。
ヤバいヤバいヤバいヤバい。感じている場合じゃない。というか感じちゃダメだ。
俺はさりげなく体育座りへと座り方を変える。
未成年女子に興奮してしまっているなどと、絶対に悟られるわけにはいかない……のに……チョウヒさんは泣き笑いのまま、俺とは別の興奮に包まれているのか、俺の右手をつかんだまま嬉しそうに上下に揺さぶり始める。
そのたびにチョウヒさんの豊かな感触が俺の手に何度も触れて、ますます……俺は目をつぶった。
見てませんよー。犯罪者ではありませんよー。
「ノリヲさん! 見て!」
イヤイヤ、見れません。これ以上おっさんの汚い視線でこの子を汚すわけには。
「早く! それ、取って!」
それ?
目を開け、チョウヒさんが俺の右手をどこかへ突き出して……ああ、さっきの巨大白スライムの……スライム玉の中に!
白く光る結晶みたいなものが仄かな輝きを放っていた。
「あ、うん」
言われた通りに手を取ると、それはわずかに光を増す。
「飲んで! 早く! 急いで!」
「これを?」
それを持った俺の手をチョウヒさんはつかんで俺の口の方へと運ぼうとする。
一瞬は抵抗した。でも、肘が彼女の胸に当たって……思わず手を引いてしまった、その勢いでそれは俺の口の中に。
何か硬いものが口の中に入る、そういうのを想像していた。
しかし違った。
しゅわしゅわっとしたものが口の中を、喉を、通り抜けた気がした。
それだけ。
急に胸が熱くなって、体の中央、鎖骨のすぐ下あたりがほわりと白く光った。
皮膚の内側に発光する何かを埋め込んだのかってくらいに。
「ノリヲさん、おそろい。私と同じ白魔術師になったね!」
チョウヒさんは嬉しそうに自分の胸の……俺と同じ胸の中央をぐっと突き出した。
「チョウヒさん」
俺は目を閉じながら叫んだ。
「聞きたいことはたくさんあるけれど、まずは何か着よう」
その後、何時間かかけて俺たちはその地下道に逃げ出していた白スライムをあらかた片付けた。
他にも小さいのがけっこう逃げ出していたのだが、軽く叩いて固まったところを転がすという手を使ったら、思ったよりもサクサク元の部屋へと戻すことができた。
「ふぅ。今度こそ扉をきっちり閉めたし、もう大丈夫のはず」
この地下道のもう少し先にシーツを大量にしまってある部屋があるらしく、そこに取りに行った帰りに一人でくるくる回ったりしているうちにこの金属扉のノブにひっかけたのでは……とそこまでは白状してくれた。
なぜくるくる回ったのかまでは教えてくれなかったが、さすがに「し、知らない」と頬を赤らめたチョウヒさんに浮かんだ
そのシーツ部屋から補充したシーツを再び身にまとった俺とチョウヒさんは今、ギリシア神話の登場人物みたいな格好をしている。
「あとはこの巨大白スライムの死骸だけだね。どこかに捨てるとこあるの?」
「死んじゃったのはしばらく放置しておけば溶けてなくなるから……でもまあ、もったいなかったなぁ。これだけあれば何週間分になることか」
「何週間分?」
「そう」
「何の?」
「何のって……さっき、ノリヲさんも食べたじゃない?」
「食べた?」
俺が食べたのなんて……白パンとコーンスープだけ……白パン? 白?
まさか。
「え? えぇぇ? えっ?」
「そう。白パン。ゴクシ流メイド術、百八奥義が一つ、スライム活殺〆めを使えば溶ける前にオーブンに放り込めるんだけど、死んじゃったのは無理なの」
「そもそもあんな大きいのを焼けるオーブンなんてあるの? それとも魔法?」
口では会話を続けているが、思考はスライムとパンとの間で堂々巡るラビリンス。
「魔法は……私は白魔術しかできないから。赤魔術使える人なら焼けるかもだけど……そもそもあのレアだけは食べる目的じゃなかったから」
「レアだから大きいの?」
と、そこまで口にしてあるものを思い出す。
「そう言えば、あの本棚の部屋にあった地球人ガイドって、魔法のこととかも詳しく書いてある?」
「……もしかして、あの読めない文字の本? ……あっ、大事なこと伝えるの忘れてた……です」
急にかしこまるチョウヒさん。
「いいよ、タメ口で。俺もそっちの方が気楽だし」
若い女の子にタメ口きかれるのは姪っ子で慣れてるし……
……俺、本当にもう帰れないのかな?
決して満足していた毎日ではなかったが、突然もう戻れないって言われ……てはないのか、まだ。
「はい。では……召喚後に伝えなきゃいけない定型文ってのがあってね、えーとね、これだけはそのまま言わなきゃなの……」
チョウヒさんが背筋を伸ばして、小さく咳払いする。
「この世界は……あなたの元いた世界とは違います。地球ではありません。異世界です。でもご安心を。あなたが同意してくだされば、あなたの安全と食事とを、召喚した魔術師が責任をもって保護します。ご同意いただけますか?」
胸をなでおろしているところ見ると、間違えずに言えたっぽいな。
「同意の前に、いろいろ質問してもいいか? 例えば、さっきから俺の視界の端に出ているこの『ノリヲ』って文字とか」
「あっ、それは魔力身分証だよ。魔石を飲んで魔力を得たから、見えるようになったんだね」
「魔力?」
確か地球人ガイドに書いてあったな……チョウヒさんが今してくれた魔力に関する説明は、地球人ガイドの内容とだいたい一致している。
チョウヒさんは地球人ガイドに書かれている言葉……俺には日本語に見えるあの文字を読めないって言っていたし、いろいろ聞き出しておいて、あとで地球人ガイドと整合取ってみるか。
最初の本棚の部屋へと戻りながら、チョウヒさんの話を聞く。
それからトイレへと行き、地球人ガイドを……あまり長時間ってのも何だからちょっとだけ読み進める。
魔石を飲んで魔力を得ると見ることができる魔力身分証というものは、自分の能力を数値として見ることができるようだ。
『ノリヲ』
これが「登録名」って奴か。
地球人ガイドの通り意識を集中してみると……おおっ!
プルダウンメニューみたいに情報がズラーッと表示された。
『ノリヲ 肉体:38/41 精神:49/49』
『器用:9(-----)』
『筋力:10』
『敏捷:10』
『頑丈:12』
『知力:11』
『魅力:11』
『知覚:12』
『幸運:13』
『天啓:【秘■共感】』
『刻印:■』
おおっ。
これが俺の能力値か……能力値平均が3~18らしいから……ほぼ平均値で、運がちょっとだけ良くて不器用ってとこか。
なんだこの(-----)ってのは……もうちょっと読んだら出てくるかな?
よりによって一番低い能力値に付いているのも気になる。
呪詛?
マイナスついてる奴は呪詛?
呪詛は「-」一つで1ダイス分の能力値減って……どんだけ呪詛ついてんだよ?
それになんでついてるんだ?
天啓とか刻印とかに
魔力身分証、能力値、経験値、加護、呪詛、天啓、刻印と刑罰……なるほどなるほど。
と、そこまで読み進めたところでノックの音が聞こえた。
しまった。
トイレ時間が長すぎて怪しまれたか?
「ノリヲさん?」
「は、入ってます」
「あ、良かった……魔法具の使い方、わかります?」
「魔法具?」
「魔法具は、スイッチに触れるとメニューが現れるんです。そのメニューに意識を集中すると、精神を消費して魔法具に設定されている魔法効果が発動します。右側のが水を流す魔法で、左側のは……その……お尻を洗浄する魔法です」
「や、やってみます」
お尻を洗浄……って、ウォシュレットだよな?
本を読んでただけで実際には排泄していないのだが、ここはアリバイのために使っておくか。
傍らの壁にボタンが二つ。
右側のボタンには斜線が三本、左側のボタンには噴水みたいなアイコン……ドキドキしながら左のボタンに触れた。
『洗浄しますか?』
『精神を1消費』『いいえ』
視界にメニューとやらが浮かぶ。
第一印象はファンタジーってよりもSF。圧倒的近未来感。
魔法具の使用には精神を消費するって地球人ガイドにも書いてあったな……『精神を1消費』に意識を集中した。
● 主な登場人物
・俺(
ほぼ一日ぶりの食事を取ろうとしていたところを異世界に全裸召喚されたっぽい。二十八歳。
実はウォシュレット、地球に居た頃も使ったことなかったんだよな。もう本当にドッキドキ。
・チョウヒ・ゴクシ
かつて中貴族だったゴクシ家のご令嬢……だった黒髪ロングの美少女。十八歳。俺を召喚したらしいが。
育ちがいいんだろうなって感じの素直ないい子。あと、育つとこ育ってる。目のやり場に困るくらいに。
・白スライム
スライム肉というかスライム炭水化物と言うべきか……どこの世界でも人間は何でも食うんだな。
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