ヒーローの私的な記念日はいつもこうなる その1
私は今、新上野総合芸術ホテルのラウンジでアップルティーを飲みながら造ちゃんを待っている。待ち合わせより、一時間も早く来ちゃった。
文化と芸術の街、上野。大いなる異変で動物園も美術館も全部なくなっちゃったけど、昔のままの上野を取り戻そうとした人達もいる。
その内の一人が八徳グループのオーナーで、その人が主導して作らせたのが新上野総合芸術ホテル。寄席にミュージカルにコンサートホールに色々な美術館に……アートって聞いて思いつく大半の施設と設備が揃ってる何泊しても飽きないだろう素敵なホテル。
『一つの施設に全ての芸術を!』をコンセプトにしたこのホテルは、今の上野の一番の名所。世界中から、この街でしか見れない特別なアートを目当てに観光客がやってくる。
もちろん、やっかいなお客も来るんだけど……ドリさんは地球に帰ってるし、半端な災厄存在や犯罪者も帰ってきた悪夢に怯えて引きこもってるはず。
だから、今日は大丈夫な日、悪いことなんて起きるはずがない……
「スミ……?」
私の祈りは、すぐに現実になった。造ちゃんの声がしたからだ。
私が顔を上げた先には、造ちゃんがいた。
来るの早いね。なんて、笑って言おうとしたけど、言えなかった。造ちゃんが、格好良かったからだ。
ううん、もちろん造ちゃんは普段からかっこいい。星凪くんとかみたいに甘いマスクって感じもなくて、可愛いって感じも、ほとんどの人からしたらないんだけど、顔も体も精悍な造ちゃんは、例えるなら大きな木みたいに寄りかかりたくなる人。
B級アクション映画によく出る俳優みたいって言う人もいたけど、私からしたらA級だ。
けど、見過ごせない欠点もあって、ちょっと大雑把。特に……ファッション。
普段、池袋の病院でいろんな雑務をしてる造ちゃんが服を選ぶ基準は、私服も仕事服も『頑丈』『汚れに強い』『安い』の3つだけ、似合うかどうかは二の次って感じで、実用特化が行き過ぎてる。
でも、今日の造ちゃんはきっちり決まってた。造ちゃんのスーツ姿なんて見るの、成人式の時以来。
大柄で、薄い服とか着てると、筋肉が目立つくらいにたくましい造ちゃんは、身体に合うサイズの服があんまりなくてちょっとオシャレが難しいんだけど、今着てるスーツはしっかりと造ちゃんを包んで引き立ててる。
成人式の時と違うし、もしかして、新しく仕立てたの? 私の為に? なんて、考えちゃう。
「えっと、芽生野すみれさんで……」
……考えすぎてたみたいで、言葉を返せなかった。ちょっと戸惑い気味の造ちゃんが、改めて私に聞いてきた。
「そうだよ、造ちゃん。造ちゃんのスーツなんて見るの久しぶりだから、ちょっと戸惑っちゃった」
「……浮いてたりするか?」
「まっさかぁ」
私の言葉に、造ちゃんはホッとしたような顔になった。
「それを言ったら、私の方が不安だよ。私だってこんな格好、馴れてないし」
造ちゃんがスーツを着てくるんだから、私だってちょっとは頑張った。
大人っぽい、というか年に見合う程度にはシックな紺のワンピース。輝ちゃんに選んでもらったそれは、背中にファスナーが付いててちょっと着にくい。
けど、ホテルの雰囲気には合っていて、浮いてるなんて事もない。輝ちゃんには感謝しっぱなしだ。
「けど、ひどいよ造ちゃん。ちょっといつもと違う服来てるだけで、私かどうか分からないなんて」
「……悪い。なんというか、綺麗でさ、普段のスミは、こう可愛い系だろ?」
「私はいつも綺麗ですー」
ちょっとほっぺを膨らませた私だけど、心臓は飛び跳ねそう。
普段、可愛い? いっつもそんな風に思ってくれてたんだ……造ちゃん割と口下手でお世辞とか苦手な人だから、これは本心。
ひょっとしたら、脈はあるのかな。期待はしてなかったけど、ちゃんとデートのつもりなのかな。
「それで、スミ」
前の席に座った造ちゃんはとりあえずってカフェオレを注文した後、ちょっと困った顔になった。
「これからどうする? 例のコンサート、まだ一時間先だろ?」
「うん……」
私も、たぶん造ちゃんも一時間相手が来るのを待つつもりだったみたいで、来た時間に鉢合わせた時の予定なんて考えてない。
コンサートに限らずこの手のイベントは事前に席に付くのがマナーだけど、幾らなんでも一時間前は早すぎる。ひょっとしたら、リハーサルだってやってるかもしれない、空いてないかも知れない。
だからって晩御飯には早すぎるし、そもそもレストランは予約してるし。
うーん、どうしよう。どこか見るにしても、一時間じゃ……
造ちゃんとお茶を飲みながら話すのも悪くないけど、楽しくなりすぎたらコンサートに行きたくなくなっちゃうかも。
なにか、いい時間つぶし……なんて考えてると、ラウンジの入口に、輝ちゃんを見つけた。
作戦会議&ショッピングの日と違って、カジュアルだけどしっかりスーツ。
履いているのは走りやすいスニーカー、マナー違反って叱られた事もあるみたいだけど、ハイヒールやバンプスで瓦礫の上は走れないから、輝ちゃんはいつもスニーカー。
スーツだって特注の防弾繊維、抗争に巻き込まれてもちょっとは安心出来る実用ファッション。
つまり、今の輝ちゃんはかっこいい取材モードなのだ。でも、時計はあのキャラ物だ……そんなに気に入ってるのかな。
何してるんだろう? でも、仕事なら声掛けるのもなぁ。って悩んでいたら、輝ちゃんと眼が合っちゃった。
輝ちゃんは仕事モードから友達モードの笑顔に一瞬で代わると、私達が座っている席に近づいてきて、開いてる席に座っちゃった。
「すみれ、デートは楽しんでる?」
「輝ちゃん……!!」
近いと思った相手は一気にデリカシーを消す輝ちゃんは、造ちゃんに構わないですっごいこと言った。
そりゃ、私はデートのつもりだけど、つもりだけど……!! 造ちゃんに違いますよなんて言われたら、最低の誕生日になっちゃうよ。
「楽しむも何も、今日は会ったばっかりだよ」
デートには触れずに応えた造ちゃん、ちょっと不愉快そう。
二人っきりの時間を邪魔された事に怒ってる――なら嬉しいけど、雰囲気悪くなるのはイヤ。
ああもう、輝ちゃん……輝ちゃんたらぁ……!!
「そう? おじゃま虫しちゃったかしら?」
ごめんねって感じのウインクをする輝ちゃん……なんだか、造ちゃんと仲良さそう。
ちょっと違和感、もちろん同級生なんだから顔見知りなのは当然なんだけど、クラス違ったし、パンドラ学園にいた時は顔見知りの他人って感じだったはず。
そういえば、趣味も覚えてたし……私の知らない所で、仲良くしてたのかな。輝ちゃん、私の気持ちを知ってるのに。
「輝ちゃん、造ちゃんと知り合いなの? クラス違ったよね?」
ちょっと嫌な気分になりながら、私は輝ちゃんに聞いてみた。
「……ちょっと、仕事でね」
「大黒はよくウチの先生の病院に来るんだよ」
「あんたね、私がせっかくコンプライアンスを守ろうとしたのにね……!!」
「造ちゃんの所の?」
「ああ、ヴィラーギン先生の病院には、色々な患者が来るからな」
造ちゃんが務めてる病院は、ネオ東京の中でも特別に治安が悪い池袋にあって、ヴィラーギン先生はどんな患者でも受け入れて治したり直したりする凄い人、おまけに、お金がない人には治療費を取らない事もあるヒーローみたいな事をしているお医者さんだ。
だから、色々と訳ありな患者さんも来るし、普通の病院にはいけない事情のある患者……私みたいな未公認ヒーローや、災厄存在。密入星の宇宙人や妖怪なんかも診てる。
訳ありな人が集まる場所には、当然情報も集まる訳で……輝ちゃんが取材に行くのも当然かも。
「すみれ、一つ誤解しないで欲しいんだけど……」
「大丈夫、わかってるから」
ちょっとバツが悪そうな輝ちゃんに、私はニッコリ笑った。
輝ちゃんはデリカシーあんまりないし、時と場合によっては相手も傷つけるし、問題があるところ、なくはないけど。
それでも、どこにも行く宛がなくなって、ヴィラーギン先生を頼る人をいじめるような記事を書く人じゃない。
……そんな記事を書いた人間が、通う、なんて出来ない病院だしね。あの人、強いし。
「輝ちゃんが不安に思うような誤解なんて、私がするわけないじゃない」
「すみれぇ……」
わざとらしく眼を潤ませる輝ちゃんに、造ちゃんは呆れた感じだ。
「それで大黒、本当に何の用事なんだ?」
輝ちゃんの眼は一瞬で元に戻った。凄い。
「あ、いや、マジで様子気になっただけなのよ。お邪魔虫なら即退散するけど」
「どうする、すみれ」
「え?」
「開演まで時間あるし、少し三人でお茶でもするか?」
悪気のなさそうな臧ちゃんに、えーって、口に出しかけちゃった。
もしかして、そうなんじゃないかなとは思ってたけど……造ちゃん、これをデートだって思ってないみたい。言ってたとおり、たまたまボーナスが入ったからごちそうするよって気分なんだろうなぁ。
あ、もしかして誕生日だから友達一人でも多い方が、って思ってるのかな? でもデートって思ってるなら……言葉は選ぶだろうけど邪魔しないで、ぐらいは言うよね。
ちょっとがっかりしたけど、がっかりするくらい深い関係じゃないのも、確かだしなぁ。輝ちゃんは勝負って言ってたけど、私としては階段の一段目ぐらいな気持ちだし。
……よーし、こうなったら、お話しよう。私だって二人きりにしてなんて、言えないもん。
「そうだね、輝ちゃんがよければ……」
「え、いいよ、気を使わなくて」
今度は慌てた感じで顔の前で手を振る輝ちゃん、コロコロと顔が変わって面白いな。
「私は、出歯亀のつもりないし、仕事のついでに見つけたから、ちょっと話しかけただけ」
「そのお仕事って、急ぎ?」
「いや、そういうんじゃないけどさー……」
ちょっとだけプレッシャーを乗せたつもりの私に、輝ちゃんは諦めた様に溜息を付いた。
「それで、どれだけ待つの?」
「早めに入るとしても三十分ちょいだな」
造ちゃんがちらりと腕時計を見て応えたのを見て、私はちょっと嬉しい気持ちになった。ちゃんと、持っててくれたんだ。
二十歳の日のプレゼントに送った、造ちゃんには二本目のムーンウォッチ。
最初、造ちゃんはこんな高いの受け取れないって断ったけど、抽選で当たったからあげるって嘘を付いてまで受け取って貰った、口には出来なかった私の気持ち。円卓同盟から支給される活動資金をプライベートでの買い物に使ったの、あの時が最初で、今の所は最後。
造ちゃんの普段遣いには合わない時計だから、いつもは付けてないの解るけど、一度も付けたの見た事なかったから……売ったなんて思ったことはないけど、少し不安に思った事はある。
……ちゃんとした時には、ちゃんと付けてくれるんだ。嬉しい。
これっぽっちで元気がなるの、私って本当にまだまだ子供だな……なんて思いながらも、気分はいい。
「それならあんまり長くないし、輝ちゃんも時間つぶしになるんじゃない?」
「……いいの? すみれ」
「いいの」
ちょっと申し訳無さそうな輝ちゃんだけど、私の気持ちは治ったし、楽しくお話ができそう。
私はアップルティーのお代わりを頼んだ。
それから、私の新作についての感想とか、このラウンジのコーヒーの感想とか、とりとめのないこと話してたんだけど、いつの間にか輝ちゃんの仕事に話が移った。
「私の取材って言うのはね、実は二人に関係ないわけ――じゃ、ないかもね」
注文したカフェラテを呑みながら、輝ちゃんは言った。
造ちゃんと私に関係あること?……まさか、若いカップルのトレンドを調べるとか?
多分、私は顔に疑問を浮かべたんだと思う、輝ちゃんは人差し指をピンと上に向けた。
「私、上の階のレストランの新メニュー試食会に呼ばれてて……もしかして、鉢合せるかもね」
いたずらっぽく笑う輝ちゃん――確かに、輝ちゃんは食べ物関連に強い記者さんなので、その手のイベントに呼ばれていてもおかしくないか。
「新メニューって、どこのお店?」
「まだオフレコだからさー、私の記事を楽しみにしててよ」
「うん、わかったよ」
そう言われたらこれ以上は聞けない、友達同士だって、仕事上のあれこれを破っていい理由にはならない。
輝ちゃんのことだから、きっと美味しそうな食レポ書くんだろうな……
「じゃあこの話題お終いね。じゃあ私からの質問……って、もう行った方がいいんじゃない?」
私は掛け時計を見ると――開演の十分前。ラウンジからの移動時間を考えると、ちょっと遅いくらいだ。
「そうだな、スミ、行こうぜ」
造ちゃんはそう言って先に立って――輝ちゃんにスネを蹴られた。ローキックだから、足跡はついてない。
「何すんだ大黒!」
「野郎が先に立ったんなら連れの女に手を差し出すくらいしろ!」
「なんだそ……」
ちょっと怒った造ちゃんだったけど、私の顔を見てバツが悪そうな顔をした。私、手を出して欲しそうな眼をしてたのかな。
……私は、こういう日には今どきの自立心を期待されるより、エスコートをしてもらいたいのは、確か。
でも、造ちゃんにそんな気遣いはちょっとどころじゃなくて期待できないから――私は勇気を出して、こっちから手を差し出した。
「……ほらよ」
造ちゃんは私の手を優しく掴んで、引き上げてくれた。勢いに任せて寄りかかる勇気までは、私にはない。
けど、手を握られただけで気分が高まるなんて、私、おこちゃまだな……
「言葉が荒い、優しさが足りない。20点」
「なんだよそれ……」
「造ちゃん、いいから行こ!」
口喧嘩で遅れたら、つまんない。私は造ちゃんが差し出した手を引っ張って、ラウンジを出ていった。
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