最強には解らないこと

 

 地球最高かどうかはわからないけど、とりあえずは最強のヒーローチームである私達円卓同盟の本拠地は、太平洋の奥深くにある。

 どこかって言うのは私にも説明が難しい。定期的に位置を変えるし、深海の場所なんて深海としか言えない。

 場所の特定と深海の圧力に耐える二つの苦労の先で待っているのは、エルガンド星の移民船の一つを改造した改造した海底要塞、ハウスオブラウンズ……ハウスって言う割には、住んでるの一人しかいないんだけどね。

 本番の日までもうショッピングも仕事の予定もないので、私はデートの日に事件が起こる予兆があるか、ハウスオブラウンズで調べる事にした。

 正規メンバーである私は秘密の転移装置を持ってるんだけど、能力をなまらせたら行けないから、今日は直接行く事にする。

 人目の付かない場所でナムサンに変身した私は空を飛びながら蓮華拳を結んで、真言を唱える。


「オン・クロダノウ・ウン・ジャク!」


 烏蒭沙摩明王の功徳を借りるこの真言を唱えると、あらゆる環境に対する耐性を私は得る。

 元々は不浄を払う功徳なんだけど、私が唱えたら対環境のフィールドを全身が覆って……宇宙空間、異次元空間、高温低温、どんな環境でも私はへっちゃらになる。もちろん、深海だって大丈夫。

 音の壁を超えて、大気圏も突破した私は、地球じゃ出せないスピードで地球をぐるりと回って、座標を示すレーダーで場所を大まかに特定して、急降下。

 ジェットコースターが好きな人なら大喜びなスリルを味わいながら大気圏に突入した私は、海に着水して奥深くに潜っていく。昔は色々な魚を見て楽しんだけど、もう馴れたから脇目も振らない。

 そうしてハウスオブラウンズに辿り着いた私は、面倒くさい自動認証を受けた後で中に入る。

 ……今日は誰もいない。いつもは紡さんがいるんだけど、今日は面会日なのかな。

 どうか、少しの間だけでもあの人が一人ぼっちじゃありませんように、なんて仏様に祈った私は、自分の部屋で海くささを落とす為のシャワーを浴びた後、予備の服に着替えてそのままウォッチルームに行った。

 ウォッチルームでは円卓の上に立体の地球が浮いてて、今地球で起きている色々な事件の情報がリアルタイムで浮き上がっては、消えていく。

 後は、怪獣の出現や災害の発生予兆……地球上、ありとあらゆる事件の情報を得る事が出来る。多分、世界で一番正確に。

 だからここで得た情報をあの人が各国政府に提供して、色々な大災害に備えさせて、私達とエルガンド星人の実績にしてるんだ。ちょっと思うところはあるけれど、必要な事なのは解るから私は何も言えない。

 とりあえず日本近海での怪獣出現予兆を調べたら、ナシ。地球外からトラブルが降ってくる可能性も見える形では低い。気休めに近いけど、とりあえず安心かも知れないって思えたので不安は薄れた。

 後はどうしようかな、少しトレーニングでもしようかな……なんて、思ってると、ハウスに外から急接近する反応が。

 もしかして、この場所に気付いた災厄存在ヴィラン!?  どうしよう、私ここの機器ほとんど操作できないから一人で戦うしか出来ない……

 物凄く不安になった私だったけど、反応の所をよく見たら『誰』の反応かはっきり出てた。


「……ドリさん」


 ドリームマン。地球最強のヒーロー、私達の精神的支柱。

 入口で認証を受けてる青い影は、見間違えようもなく、彼だった。

 少し前に地球外探査に出かけてたけど、今日が帰る日だったんだ……行く日はみんなに伝えるんだけど、帰る日は本人にも解らないから、おかえりなさいも普段は言えない。

 ――せっかくだし、帰った所に出会ったんだし、少し話でもしてみよう。

 私はドリさんを出迎える為に、外からの出入り口に向かった。



 とりあえず少し話す事にはなったので、私はハウスの食堂で待つことにした。

 外に面した食堂の壁は、外の風景をスクリーンで映してて、深海の風景を眺めながらご飯を食べる事が出来るヒーロー憩いの場所。

 配膳用のロボットが全部やってくれる場所なので、私達ヒーローは注文だけすればいい。そうしたらプロ顔負けの料理がすぐに出てくる。

 私は変身している時は食べないけど、ドリさんが食べることは分かりきってたから、とりあえずヒーロー定食を頼んだ。

 ヒーロー定食は『あるもので出来るものを作る』がルールの食堂にある、たった一つの定食で、要するに日替わりの定食、ここで暮らしてる紡さんは、いっつもコレ食べてる。だから毎日メニューは代わるし、栄養バランスも完璧。

 今日のメニューは、チーズバーガー! 具はハウスで合成した肉と育ててる野菜――レタス玉ねぎトマトの王道。パンは焼き立てだけど材料は保存してたやつ。

 ファーストフード店で出るようなのじゃなくて、パンズもパテも分厚い、本格的なバーガーショップで出るようなチーズバーガー……ううっ、好きだけどカロリーが、戻った時のカロリーが怖い。栄養バランスが完璧なのは、毎日食べた時の総合的な話だった。

 どうせなら、周り海なんだし採れたての魚食べたかったな、深海魚ならあんこう鍋とか、探査艇を漁に出してたなら、採れたてのお刺身とか……

 でも、注文しちゃったものは仕方ない、確認しなかった私が悪いんだ。

 こうなったら――コーラも! ナムサンになってる時は、虫歯だって怖くないもん!

 瓶入りのコーラと出来たてのチーズバーガーを持って座ると、食堂の扉が開いた。


「や、待ったかい」

「いえ、いま注文したばかりです」

「そう」


 私と同じにシャワーを浴びたドリさんは、いつもの青いコスチュームから私服に着替えて、緑のセーターの上に、ツイードジャケットを羽織って、着古したデニム、ドリさんいわくジーンズを履いてる……なんというか、パンツの言い方からしておじさんくさい。

 顔はどう見てもアジア系の二十代で、ノワールとか恋愛モノに出てそうなちょっと甘めな美形なんだけど、これが素顔じゃないって知ってるせいか一欠片もときめかない。

 ドリさんは自分に身体をいじれる能力があるみたいで、ある程度自由に外見を変えられる。

 なんでも、細胞に供給するエネルギーを調整する事で、顔の輪郭や指紋なんかを微妙に変えられるんだって。

 いま眼にしているドリさんの顔も、素顔じゃない。本当の顔は別にある。

 私がすみれとして小説家をやってるのと同じ様に、ドリさんも何かがあるんだろう。

 ……ただ、ヒーローとしてだけの人生を耐えられる人がいるなんて、少し、怖いし。


「じゃあ僕も注文するよ……今日の定食はハンバーガーか。好きだけど気分じゃないや。寿司出来る?」


 え!? 今日、お寿司なんて出来るの!? 確認しておけばよかった!

 お寿司……あるならそっち食べたかったな。


「え、酢飯用意してないの。じゃあいいや、漁は……出たんだね、なら刺身に出来るやつ舟盛りにして、後は温かいご飯ちょうだい」


 ……少しした後、ドリさんは豪勢な舟盛りとあったかいご飯、ワサビと醤油のお皿を乗せたお盆を私の前に持ってきた。私の手の中には温かいチーズバーガー。

 悔しくなんて、ないもん。悔しがる理由なんてないもん。


「それじゃあ、いただきます」

「……いただきます」


 私はチーズバーガーをソースが溢れるくらいに、思いっきり潰して、齧り付く。

 熱い位の肉汁とチーズ、ソースが絡んで野菜の歯ごたえが楽しくて、包むパンの柔らかさもおいしい。飲み込んだ後、追いかけるコーラのシュワシュワは、チーズバーガーと組み合わせた時特有の最高の組み合わせ。

 とてもおいしい、おいしいんだけど。目の前で色々なお刺身をワサビ醤油に付けて、ご飯と一緒に食べるのを見ると、なんか、なぁ。今日の気分はそっちだったのに……

 ……カロリーは摂取したけど、心のカロリーは減っちゃったなぁ。


「しかし、君が出迎えてくれた時は驚いたよ」

「そうですか?」


 ドリさんは濃い目の煎茶、私もレモンティーを飲みながら、私達は食後の雑談を始めた。

 ドリームマンを驚かせるなんて、これはすごいことをしたのかも知れない――そんな気持ちはすぐに叩き落された。


「ナムサンが呼ばれもしないのにハウスに来るなんて珍しいじゃないか」


 なに、その……普段は好き勝手にしか動いてないみたいな言い方。

 私、頑張ってるのに、頑張ってるのに……この人、スーパーヒーローなんだけど結構デリカシーないんだよね。


「僕のいない間に、日本で何か面倒でも起きたの?」

「いえ、そう言う訳では……」

「それとも、お金?」

「な……!?」


 これにはさすがにカチンと来る。円卓同盟は席を置いてるヒーローに給料は払ってないけど、必要に応じて洗ったお金を渡してる。

 生活苦対策や、活動資金の提供って意味合いのお金で、私も一度だけお世話になった事はあるんだけど……


「私の活動に、今のところお金は必要ありません!」

「ふーん、ならいいんだけどさ……問題って、ヒーローに関わらなくても起きるだろ……生活苦って意味じゃないぜ」

「えっ……?」


 ちょっとドッキリした。ふんわりして人の心なんて分からない所があるドリさんだけど、時々妙に鋭い事がある。


「プライベートで何かあったなら、聞くよ。僕も帰ってきたばっかりで暇だし」


 ドリさんに悩み相談……あんまり期待できないけど、一応は最高のヒーローだしなぁ。

 何か、参考になる答えがもらえるかも知れない。ちょっとだけ期待して、私は相談してみる事にした。


「……ドリさん、好きな人っています?」

「そういう話かい」


 私は、無言で頷いた。


「君の好きな人がヒーローかどうかで、答えはちょっと変わる」

「私、好きな人がいるって言っただけなんですけど」

「どう告白するか、付き合えばいいかの相談だろ。まさか、僕の事がそういう意味で好きってわけでも無いだろうし」


 ドリさんを男性として意識したことは最初の内はちょっとあったけど、今はまったくない。


「……それは、まぁそうなんですけど」

「答えを先に言っちゃうとだ、相手がヒーローなら君の心の思うままに、だ」

「ヒーローでなければ?」

「色々と大変だよ?」


 ちょっと困った顔で、ドリさんは解り切った事を言ってきた。

 そんな事を聞きたいんじゃない……私、本当の私みたいに眼が目つき悪くなってるかも。


「でも、それでも好きだから、僕に相談したんだろ?」


 ドリさんは、私の心の懊悩を見事に言い当てた。


「……はい」

「ま、僕も、君の気持ちが分からないとは言わないよ」

「ドリさんも、恋をするんですか?」

「人間を愛してなければ、僕はヒーローなんてやってない。正義や道理なんかに興味ないし」


 とんでもない爆弾発言に、私は眼を丸くした。

 世界最高のヒーローが、正義に興味がない? 輝ちゃんが聞いたら開いた口が塞がらないかも。


「きょ、興味ないんですか……? 正義」

「ない、正義か悪か、なんて言ったら僕は存在そのものが悪だよ。たった一人で世界を壊せちゃうし、世界を僕って存在に少なからず依存させちゃってるし、正義なんて物を僕が本気で考えてるなら、なんで僕は自殺してないのさ」

「なんでって……」

「まぁ、これは言わぬが花ってやつさ」


 ドリさんは軽くウインクをして、お茶をすすった。


「で、君が知りたいのは、大変なのは解ってる、でも諦めたくない。どうすればいいのか、だろ?」

「はい」

「そうだなぁ、一番簡単なのは君がヒーローをやめて、一緒になっちゃうことなんだけど」

「一緒になる目処、立ってないんですよ」


 ドリさんは呆れた様子で溜息を付いた。


「ダメじゃん」

「ダメって……」

「君が片思いのまんまなら、特に問題はないじゃない。君の正体がバレてもせいぜい友達レベルだろ、やばいことにはなると思うけど、最悪の事態になるかは分からない……僕は、君の正体が世間に暴露された時、最悪の事態になる位の関係なのかなとは、思った」

「うっ……」


 そんな関係を造ちゃんと築けていたら……築けたら……選ばなきゃ、いけなくはなるんだろうな。


「そういう関係なら、だ。秘密の逢瀬をする場所とか教えてあげてもいいし、なんだったら君たちの非常用の身分を作る手伝いをしてもいいんだけどさぁ……」

「ううっ……」


 心にナイフが、ドリさんの言葉の投げナイフが刺さる……ヘタレヘタレって言ってない声が聞こえるぅ。


「まったく……そもそも、どうしてその人なんだい?」

「どうしてって、言われましても」

「こう言っちゃぁなんだけどさ、好きになる前にまず好きになってもいい相手か、選ばなきゃいけないんじゃないの。君や僕みたいな立場の存在はさ」

「それは……」

「人生の一番深い秘密を共有できるか、秘密を墓まで持っていけるか、ヒーローの恋愛は相手がまずそれを守れるかどうかが前提じゃない?」

「――そうかもしれませんけど、違います」


 ドリさんの言葉を断ち切る様に私は言った。ドリさんの言葉は正しい――けど、それは正しいだけ。

 なんで、なんて分からない。ナムサンって立場からして正しい好きか、なんて言われたら正しいとは言えない。けれど。


「誰かを好きになるのに、動機や理由が必要ですか?いつの間にかそう想っていて、それを抑えきれなくなる……そんな好きは、間違ってるんですか?」


 抑えきれていたなら、関係を断っている。抑えきれないから、誘われたら喜ぶし期待もする。

 こちらからは何も出来ないけど、向こうから来てくれたら心が跳ね上がる。それは、結局私が好きを抑えきれていないからだ。

 私の好きは、そんな好き、何も出来ない待ちの好き、臆病かも知れない――けど、それでも、好きは好き。好きを全部抑えるのは無理なんだ。


「――――」


 私の言葉に、ドリさんは少しだけ押し黙った。普段こんな風に押す事はないので驚いているのかも知れない。


「……さぁ。僕には解らない」


 溢れるように出てきたのは、ドリさんの本音だろうと思う。

 解っているから解らないのか、本当に人の気持ちが解らないのかは、私には解らないけど。


「ただ――君にするには釈迦に説法だろうけど、結局は『善をなすのに急ぎなさい』だと思うね。愛は育むものだけど、恋は戦争、電撃戦さ……これも、正論でしかないけどね」


 そう言ったドリさんは湯呑のお茶を全部飲み干して、私の眼を真っ直ぐに見る。


「まぁ、取らぬ狸の皮算用を気にしても仕方ないよ。まずは告白するか、告白できる位まで、仲良くなるべきじゃないかな」

「はい……」


 なんか、恥ずかしい気分――でも、やるべきことは解った。

 私は造ちゃんが好きで、未来を悩める関係になりたい。

 ――仲良くなるんだね。

 そうだ、そうなんだ。造ちゃんと、もっと仲良くなるんだ。

 友達以上恋人未満じゃなくて、恋人寸前、出来たら同然くらいまで。

 ――後の事は、その後だ。


「私、がんばります」

「……がんばりな。ここまで聞いたんだ、手助けできる事は、するよ」


 少しだけ優しい口調のリップサービスを聞いた私は、なんだか元気が出てきた。

 案ずるより産むが安し、私の恋はそういう段階なのだ。


「はい! ありがとうございました!」


 お腹の底から返事をした私は、そのテンションのまま食堂を出ていった。

 帰りはテレポートしようと思ったけど、心の熱を覚ましたいから、海から帰る。

 決意を新たにした私は、もう一度宇宙に出てから家に帰って――体重計に反映されたカロリーを見て、深海みたいな顔になった。


 昨日の今日で、アレだけ食べたら……うん……やっちゃった……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る