早すぎた遭遇
最悪だった昨日の気分をどうにかする為、今日は気晴らしに出かける。
シャツにデニムにダウンを羽織ったテキトースタイル、気晴らしの一人での余所行きで格好なんて気にしない。今日は一人で日帰り、はしご酒のぶらり旅。
そんな訳で私は、モノレールで秋葉原に向かう。まつろわざる者の呪怨で日本人が定住できなくなって以降、合法違法を問わない移民と人間外の巣窟になった今の秋葉原の渾名は、電気街じゃなくて伝奇街。石を投げたら人間以外にぶつかって、不思議な力でやり返されるネオ東京の三大危険地帯の一つ。日本人が住めないから警察の力も及び切ってなくて、住んでる人たちは司法や自分たちのコミュニティやヒーローに頼る人達が多い。
とは言っても、新しく住むとか店を出すとかじゃなければ、秋葉原はお金を落とすよそ者(日本人)には楽しい街。
色々な移民たちの個性的なグルメが楽しめる美食街でもあるし、未知の技術で立てられた不思議なビルもある。
秋葉原名物のユグドラシルタワーとか、裏では本物のヴァルキュリア達が関わってるし、秋葉原はネオ東京で最も謎多く、そして謎が生まれる神秘の街。
けど、今の私にはそんなの関係ない、事件が起きない限りは今日の私は一般市民、空から見下ろすのではなく、人の視点でのんびり眺めるのだ。
私はまず、駅から少し歩いたところにある珍品通りに向かった。
中央通りが大いなる異変でスッキリし過ぎた後に生まれた珍品通りは、昔の浅草にあった仲見世通りに多国籍風味とスラムの香りを足した混沌の商店街。
バラック、屋台……色々な形のお店があって、見ているだけで面白く、勉強になる。物語を摂取するのと同じくらい、生きた人間を摂取するのが創作力を維持する私のコツ。
色々な呼び声を無視しながら、私は並んだお店を見て歩く。平日でも人が多くて、観光客も多く来てる
右を見れば魔女っ子が優しいおまじないの掛かったアクセサリーを売っていて、左を見れば粘液知性体が精一杯のボディランゲージで綿あめを宣伝、また右を向けば、三つ目の人が異世界の詩集を売っている。全部、少なくとも命には関わらない、安心出来る代物。この並びに出るものは全部出る前に、この街に落ちる金に群がる有力者達の審査があるから。
本当に危険で非合法な――私の活動に関わってくる様な密造銃とか、魔導書なんかはここにはない。
その手の物は、今の私みたいな普通のよそ者が入れない、秋葉原の深い闇の奥で取引されるから。
ウインドウショッピングを楽しんだ後、いい感じにお腹も減ってきたから、まずは軽く一杯飲んで食べよう、
なんて、思っていた時、予想もしない相手に呼び止められる羽目になった。
「スミ?」
私の事をスミって呼ぶのは――呼んでいいのはただ一人。
反射的に振り返った私は、すごく会うのを楽しみにしていたけど、今日会うことは全く考えてなかった人を目の当たりにした。
「造ちゃん!?」
私の先には、造ちゃんがいた。
180㎝超えでちょっと高めの身長だけど、細すぎず太すぎずに締まった体格の造ちゃんは
どっちかと言うと強面……私の中では精悍って印象と相まって、始めて見た人は怖いって印象を受けるかも知れない人。
けれど、笑うととっても可愛いし、無遠慮なところはあるけど優しいし、頼りがいがある人。
そして、私の大好きな、週末の誕生日に合う約束をしてる人――どうしよう。
私はちょっと慌ててしまう、だって誕生日の前に合う心構えなんてしてない。
う週末にはデートするって考えると、どうしてもいつもと違う意識をしちゃう……
今日はテキトーな感じで、誰かに見られる事なんて全く考えてない。造ちゃんのカッコも丈夫と安さを兼ね備えた量販品だから、バランスとしたら釣り合ってる恰好なんだけど。
それでも、友達以上にもっとなりたいなって思ってる男の人と、町中でばったりって時に見られたい服ではなかったりで……造ちゃんが気にしなくても私が気にする訳で。
「ど、どうしたの、造ちゃん」
笑いかけた筈の顔は、ちょっとぎこちなくなっちゃった。いけない。これは会いたくない相手に会った時の顔だ。
そんな顔を向けられた相手は、心臓に毛が生えているのでもなければちょっと不味いなって思っちゃう。
「あー、スミ、なんか用事あったか」
当然に造ちゃんも申し訳無さそうな顔をした。そんな事はない! 戸惑いはしても会うのが嫌って訳じゃない!……なんて言ったら、無理すんなよって造ちゃんはこの場から去るのは目に見えてる。というかそもそも私はそんなストレートには言えない。
どうしようどうしようどうしょう、このまま別れたら雰囲気悪いし……そうだ!
「うん、ちょっとお昼ご飯どこで食べようかなって考えてて」
ナイス私! これなら不自然じゃないし、一人ランチを邪魔されたからぎこちないって感じになる。
当然、これだけだと雰囲気が良くないから――
「よかったら造ちゃんもどう? せっかく会ったんだし、予定が無ければ、二人でなんか食べようよ」
グッド私! この流れは自然――自然! 造ちゃんが受けてもよし断られてもよし、断れてても続きは誕生日に楽しみにねって言える!
「あ、もうそんな時間か……」
腕時計をチラって見た造ちゃんは、笑って頷いた。
「いいぜ、どっかで食おう」
「うん!」
そうして、私は予期せぬ出会いをして、想定外のランチを取る羽目になった。
「じゃあ、どこで食べよっか……」
混沌の街は美食の街と同意義語、ネオ東京の秋葉原にはなんでもある。
珍品通りに限ったって、物凄い量の多国籍料理が味わえる。お祭りの屋台って聞いて思い浮かぶ料理で無いものは無いし、地球の東西南北地球外異界の珍品名品がたっぷりと。
珍品通りで見渡した範囲に、美味しい食べ物が映らないなんてことは無いんだから。
……と入っても、造ちゃんと一緒に立ち食いって言うのは、ちょっとね。ひたすら食べ歩くならともかく、話もしたいし。
「座って落ち着ければどこでも良くね?」
「……ここじゃ、それが一苦労でしょ」
日本人が住めない秋葉原には、普通のファミレスとかチェーン店が一切ない。完全にオートメーション化された機械運営のレストランとかはあるけど、私は人の温度が感じられる店がいい。
けど、秋葉原で落ち着ける店って言うのはどこかのコミュニティに属している店が多くて……そういうお店は、あんまり関わりたくない力が働いている事が多い。造ちゃんは気にしないかもしれないけど、私は犯罪者資本のお店でご飯食べるのは嫌だ。
かと言って、そうじゃないお店の殆どは活気がありすぎる、雑多で混雑して――一人で入るなら嫌いじゃないんだけど、造ちゃんと二人でってなるとなぁ、輝ちゃんとだったら気にしないのに。
私が少し困ってると、造ちゃんがニマって笑った。
「スミ、中華好きか」
「好きだけど……」
美味しくて落ち着ける所、幇の息が掛かってるところ多いからなぁ…
「じゃあ、町中華とか、どうだ?」
「それ、落ち着ける所?」
「落ち着ける落ち着ける、真っ当な客なんてほっとんど来てねえからな!……あ、どのヤクザも絡んでねえ店だから、安心しろ」
私の不安を見て取ったのか、造ちゃんは後半を付け加えた。
一体、どんな店なんだろう――期待と不安が入り交じらせながら、私は造ちゃんの後に続いた。
「付いたぜ」
「……何ここ」
「町中華」
秋葉原でも比較的人気の薄い方について行った先に、そのお店はあった。
……第一印象は、潰れかけっていうか潰れてるって感じのお店。ネオ東京以外には偶にある、昭和から奇跡的に生き残ってる老舗……というか、地域密着型の中華屋さん。掛かった看板には『煉飯』ってある……ねりめし……レンハンって読むのかな。昔のドラマとかでしか見れないタイプのお店だ。
どんな奇跡が起きたら、昔の東京を跡形も亡くした大いなる異変を乗り越えられるんだろう。
「安心しろよ、ちゃんとした店だから」
ちょっと戸惑い気味の私にそう言った私は、当たり前のように自動ドアじゃないドアをガラリと開けて中に入った。私も、おずおずと後に続いて――勝手に閉まらないドアを、慌てて締めた。
「……いらっしゃい」
カウンター席の奥にある調理場から、女の人の声がした。割烹着を着た若くて美人な女の人が、調理場にあるパイプ椅子に座って、タバコ吸いながらスマホ弄ってる……何これ。
別に私は嫌煙家じゃないけど、流石に客に見える所でタバコ吸う料理人の神経は疑う。客来たのにスマホやってるし
カウンター席にもテーブル席にも、他にお客もいないし、なにこの店。造ちゃんは気にせず、テーブル席に座っちゃうし。
何が、ちゃんとした店……ちょっと顔をしかめた私は、メニューを見る。こっちはフツーで、変わった物はなにもない。
「俺、レバニラ炒めとライスにするけど、スミは?」
「……先に頼んでいいよ、少し考えたいから」
「ま、気持ちは解る……俺も最初はそうだったからな」
「どういう意味?」
「直ぐに解る――ニャンさん! 俺、レバニラライスね!」
「……あいよ」
注文を受けた女の人はがそう言うと――調理器具が勝手に動き出した。
えっ、て私が思うと同時に、冷蔵庫が開いて材料が中を浮いて、鍋に油が飛んでいって包丁が浮き上がってまな板を叩く。
……何これ、面白い。魔法?……店の雰囲気から見ると道術くさいけど、もしかして、店そのものに付喪神が憑いてるのかな。
「驚いたか?」
「うん……このお店、なに?」
「この店の店主のニャンさんは本物の仙人らしくてな、土地の権利を買った上で店を他所から持ってきたんだと」
仙人…‥ってことは、道術か。なるほど納得、店はまるごと持ってきたから古いんだ。
店を持ってきた手段に付いては考えない――解明しないでいい不条理は、不条理のまま受け入れるのが、ネオ東京で楽しく生きるコツなんだから。
「しかも会員制でな……紹介されたか会員じゃないと、この店は普通の廃屋にしか見えねえんだと。ま、役所がなんにも仕事しねえ秋葉原じゃなきゃ出せねえ店だよ」
「なるほど……」
けど、それなら心配はいらなそう。そうだよ、造ちゃんは考えてない用に見えても考えてるし、私を不愉快にする様な所に連れてくる筈無いんだから。
悩みが1つ解消された私は、造ちゃんに負けじと注文をすることにした。
「すいません、酢豚とと中華丼の大盛りをください!」
店主さんが気をつかってくれたのか、私と造ちゃんの注文は同じタイミングで届いた。
少しだけど注文時間に差はあったのに、すごいテクニックだと思う。
それで、二人でいただきますをして、大皿料理をシェアしながら私達は話し始める。
「それにしても、平日のアキバで会うなんて……偶然って凄いね。造ちゃん、今日、お休み取ったの?」
造ちゃんのお仕事は、池袋にある病院の……用務員さん、でいいのかな。
事務に掃除に、買い出しに、ちょっと荒っぽいトラブルの対応まで、普通の病院ではまずさせないだろうお仕事まで、造ちゃんは一人でこなしてる。
だから、週に一度のお休み以外、いつも昼間は忙しく働いてる筈なんだけど……
「まぁな、ちっとばっかり嫌なことがあってな……気晴らしがしたくなったんだ。」
「……そっか」
私と同じだね、なんて言えない。
じゃあスミには何があった?って踏み込む事になっちゃうし、ぼかしている事には踏み込まないのは最低限のマナーなんだから。
「それで、スミの方は何してるんだ?」
「今は手が開いてるから、ネタ探しがてらに飲み歩きでもしようと思って」
私は気晴らしの事を伏せて、飲み歩きに付いて教えた。
ちょっとだけ恥ずかしいけど、造ちゃんは私が結構飲む事も知ってるし、隠すことはやめて正直に言った。造ちゃんは少し呆れた感じだった。
「昼間っからアキバでか……スミ、昔っからそうだけど、結構無頼派な所あるよな」
「昼間から飲み歩くくらい小説家なら普通だよ。血を吐くまで飲むわけでもないのに、無頼扱いは大げさだって」
「小説家の世界はすげぇなぁ……」
造ちゃんの中の私には、古い作家みたいな危ない所があったりするのだろうか。昼間からの飲み歩き……開いてる時間を使える人なら、珍しくもないと思うけどな。
「じゃあ、メシの後は飲み歩きか?」
「うん、何軒か適当に回ろうかなって」
「俺も付き合おうか?」
心配、してくれてるのかなぁ。それはちょっとうれしいかも。
実際、秋葉原の治安はお世辞にも良いとは言えないから、気持ちは解るんだけど……私、いざとなったら戦えちゃうし、今日は気晴らしの一人酒の気分だし、それに。
「長く付き合ってくれるのは、週末まで取っておくよ」
造ちゃんと長い時間を過ごす本番は、私にとって週末のデートなのだ。
バースデーケーキは誕生日に沢山食べるから美味しいのであって、日を空けずに何度も食べるものじゃない。甘い時間を過ごすとしたら、今日じゃない。
「そっか……解った」
造ちゃんは頷いてくれた。
その後は、取り留めのない雑談をしながら楽しくご飯を食べた。
ごちそうさまを済ませてお店を出た後、私と造ちゃんは分かれる。少しだけ名残は惜しいけど。
「それじゃ、週末に」
近づく本番を思えば、なんてことはない。
「うん、週末に!」
今日、造ちゃんと出会えたのは、きっといい前兆だ。
なら、これからは前祝い――私は、気分を良くしながら、次のお店を探し始めた。
家に帰る頃にはへべれけになっていたけど、嫌な気分は大分張れた。
……体重計には、乗らなかった。
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