いけ好かない同業者


 輝ちゃんと買い物を済ませた私は、一回帰ってからナムサンとしての仕事を始めた。

 そう、ネオ東京にパトロールは欠かせない。偶にパトカーやヘリに追いかけられる事もあるけど、私が見回る事で阻止できる悪事だってあるんだから。

 まずは環状線を一回り、幾つかの裏路地を見て回った後――私は姿を消して池袋に降り立った。

 池袋、大昔にはカラーギャングが跋扈した街で――ネオ東京になった後は、もっと危険な連中が蔓延るようになったネオ東京のスラム街。湾岸一帯と秋葉原の二つと合わせて、ネオ東京の三大危険地帯の内の一つ。

 昼間でも悪党のたまり場に近づけば命に関わる絡まれ方をする場所なんだから、当然、今みたいな夜はすごく危ない……けど、この場所に住む人もいるし、普通に働く人だっている。

 そんな人達を見守って助けるのも、私達ヒーローの使命なんだから。

 私は池袋を回る時の定期ルートを、姿を消したままの低速飛行で巡回していると、早速、銃声を耳にした、それも複数。

 災厄存在の大暴れが日常のネオ東京では、銃撃戦も日常茶飯事。合衆国憲法修正第2条のモドキすらない日本だけど、闇では悪党や自衛手段を求める都民の間で沢山の銃が流れてる。

 その大半は私にとっては何の問題もない豆鉄砲だけど、大抵の人類は亜種も含めて銃で死ぬ。私は手遅れの事態が生まれる前に、銃声の元へ急行した。更に聞こえる銃声と悲鳴に歯を食いしばりながら。

 幾つか通りを飛んで曲がった後、路地裏で私を待っていたのは想定した惨劇とは違った惨状だった。


「ひ、ひぃ……」

「いたい、いたいよぉ……ママぁ……」

「助けて……助けて……」


 真っ先に目に付いたのは、倒れて呻く男の子たち。身長からして高校生から中学生、一人に付き最低一本は四肢のどれかを折られてる。

 命に別状は無いみたいだけど、軽い怪我じゃない。けど、同情はしません。

 男の子達が倒れてる近くに散らばった拳銃と、腰を抜かして尻餅を付いている女の人の破かれた服を見たら……何が起きかけたのかは一目瞭然。

 そして、誰が阻止したのかは――ちょうど、地面に降りた私の前で繰り広げられている立ち回りが答えだ。

 まだ地面に倒れていない残り数人の男の子――というか、チンピラ達の手には銃はなくて、代わりに鉄パイプやブラックジャケットを振り回してる。

 それを、ひらひらと躱しながら、チンピラを一人ずつ叩きのめしているのは、見覚えのある覆面姿。


 まるで――夜を形にしたような、黒い影。

 攻撃を躱すたびに翻る、黒い襟の長いロングコートの下には同じ黒のコスチューム。

 コスチュームはタイツじゃなくて、アーマースーツ。エクゾほど厚くないけど、拳銃弾くらいなら素で防ぐ。

 顔は、当然分からない。顔全体を覆ってる黒い仮面は、眼に空いてるバイザーぐらいしか穴って呼べる場所もなくて、でもバイザーがあるから眼の色だって分からない。

 いつ見ても中二病って感じの格好なんだけど、コスプレしてる気取りくんじゃないのは、背負ったショットガンと。腰のホルスターに納めたまま二丁の拳銃。そして、何回も見てきた戦いっぷりで解ってる。

 彼の名は夜天。ネオ東京で活動する、私と同じ非認可ヒーロー。

 そして、人を害する妖物専門に狩る超常の狩人ハンターの集団、始末人の一人。言い換えるなら、人間以外を専門にした殺し屋。


 だから、殺しを嫌うヒーローたちとは折り合いが悪くて、魔的なオカルト背景オリジンを持つヒーローとは特別に仲よくない。神仏の力を借りてる私とも、あんまり仲がいいわけじゃない。

 だけど、人外専門の退治屋でもなくて、人間の悪党を叩きのめす自警活動にも熱心だから……私と色々な事件で出くわす腐れ縁。

 敵ではないけど味方とは呼べない。現場ごとに異なる目標を共有するステークホルダー……ようするに利害共有者って感じの関係。

 私は、戦う夜天を見ながら、これからどうするか少し考える。

 夜天は可能な限りは人命を奪わない。転がってる連中は人間だから、夜天がスタンスを変えていなければ命は保証されている。

 独自のルートで付き合ってる警察官の知り合いが夜天にはいるみたいだから、倒れてる連中と、被害者のアフターケアは問題ない。

 もちろん――だからといって、放置を決め込むつもりはない。婦女暴行魔を叩きのめしたことをどうこう言うつもりはないけど、簡単にいなせる相手を折るのはやりすぎだ。

 とはいえ、違法な自警行為をやっているのは私も同じ、お前が言うなと言われたら終わっちゃう話ではある。それでも、納得行かない物事に見て見ぬ振りをするなら、ヒーローなんてやってない。

 だから、私は姿を見せて夜天に注意しようと思ったんだけど……倒れている一人が、少し離れた所にある銃に飛びついた。

 銃口の先には、女の人! 夜天は最後の一人を投げ落としてる――間に合わない!


「そいつは、おれ――」


 最後まで言い終わる前に、私がそいつの顔を蹴り飛ばして気絶させた。首を折ってはいない。その手の加減は嫌でもなれる戦いをしているから。

 これで一安心――けれど、流石に誰かがいるって事には気づかれたみたい。夜天がホルスターから銃を抜いた。


「五秒以内に姿を見せなければ、撃つ」


 助けられた事に気が付いているのか、気付いていたとしても撃つよね、夜天は……

 揉めたくはないし、私は隠形を解いた。夜天は当然の様に銃を下げない。


「高みの見物か、ナムサン」

「手助けがいる風には見えませんでしたが」

「だから見て見ぬ振りをしていたのか?」


 ぐ……痛い所を……でも、状況も見えなかったし……いや、これは言い訳だ。

 私の知る限り、夜天が自分で語った倫理に反する暴力を振るう事は考えられない、やろうとした事の程度はともかく、悪党退治をしているに決まっている。

 そして、被害者がいるのに何もしなかったのは、間違いなく私の落ち度だ。


「だが、お前が姿を隠していたおかげで、そいつを先に殺されずに済んだ。礼を言っておく」


 そいつ? 被害者に対する言葉じゃない、それに……殺す!?

 思わずぎょっとした私だけど、夜天がそういうなら、女の人は被害者じゃ無いってことになる。どんな相手だって殺させるつもりはないけど、すこし、成り行きは見るべきかもしれない

 夜天は私に背を向けると、腰を抜かしている女の人を見て銃を向けた。


「――せっかく御仏の使いが来たんだ。一度だけ慈悲を掛けてやる。今すぐその女から出ていけ。そうしたら、警察に引き渡すだけで済ませてやる」


 夜天の言葉に、女の人は跳ねるように飛び上がり、ニタリと口元を歪ませた。

 蟲

「――嫌だね」


 そして、女の人の鼻から――触手が――違う、長い身体をした虫がにょろりと出てきた。

 斑色の表面をして、先っぽから触覚を生やしたそれはは芋虫にも見えるけど、違う。

 これは人造の寄生虫で、ある悪人の意識を宿している。私は、その名前を知っている。


「デトラ……!!」

「その通り。とは言ってもこの俺とははじめましてだな、ナムサン」


 ドクター・デトラ。寄生虫学のスペシャリストで、元人間の虫、厄介な災厄存在ヴィラン

 昔は人間の科学者で、外宇宙から飛来した昆虫生物とか、虫の妖物とかを研究している内に狂って、「醜い人は美しい虫達に劣る劣等種であり、人は虫の苗床として生かさせて頂くか、滅ぶべき」って説を発表して……色々な悪事を働いたあげく、最後には自分自身に寄生者の意識を食う虫を寄生させる自殺をした。

 そして、デトラが意識を食わせた虫達は、色々な人の身体を渡り歩いては色々な悪事を働いて、邪悪な害虫を生み出してはネオ東京にばら撒いてるんだ。


「……その人の身体に取り憑いてるんですね」

「取り憑く? 人聞きの悪い事を言うなよ、俺はこの女に苗と掃除屋の栄誉を与えてやってるんだぜ」


 ニタリと口元を歪める女の人――ううん、鼻から出てるデトラが歪ませてるんだ。

 斑色の芋虫モドキ、私達はデトラ虫って呼んでるそれは、寄生した相手の意識や人格を乗っ取る事が出来る、ある種のテレパス能力を持っている。飲み物に卵を産み落としたか、鼻か耳から入ったか……


「名誉だと?身体も奪われた挙げ句、卵の運び屋にされる事の何処が名誉だ」

「……卵の、運び屋?」


 とても、嫌な予感がする言葉――私はデトラを睨んだ。


「その人の身体で、何をした!」

「ヤりたい盛りのガキ共の、青臭い衝動を叶えてやったのさ」


 デトラは、女の人はやれやれと言った様子で肩を竦めさせる。この虫ケラ、取り憑いた人の身体でなんてことを……!!


「とは言っても、ただでさせてやるほど俺は優しい男じゃない、ちゃあんとガキ共にも仕事をしてもらったさ」

「仕事ですって……!?」

「……ナムサン、その女の子宮には虫が巣食っている」


 淡々と言う夜天の声色は静かでけど、煮えるような怒りを感じ取れた。


「その虫は、宿主の性交を通じて無性生殖を行う。性交中に相手の性器に移って、卵を睾丸に植え付ける――そして、睾丸の機能を食い尽くした上で、吐き出す物を虫の卵に変える」

「その通り、俺の虫でヤれたんだから、俺の虫を増やす手伝いをするのは道理だろ? この苗床に植えたのは、人間どもを減らしながら増えていく俺の新作だ。人を殺しもしない、ただ次世代を絶やすだけ! 他の俺の作品よりも人道的だろうがよ」


 げらげらと笑い出す女の人――デトラ。この虫は、いつもこうして取り憑いた人の尊厳を犯しながら、危険な虫を増やす。


「まぁ、医者に後でやっと気付いた馬鹿どもが、揃って俺を殺しに来やがったがな。苗床を殺したところで、俺は死にゃあしねえのによ!」

「――黙りなさい」


 私は拳を固く握って、デトラを睨む。


「私からも言いましょう、自分から出て、穏便に島に送られるか――引きずりだされるか」

「どっちも嫌だね! それに、俺が出た途端に、この女は死ぬぜ? 色々と卵を仕込んであるからな――だが、まぁ、潮時ではあるんだろうよ。お前ら二人を相手にして逃げ切れるだけの仕込みじゃねえ」


 デトラは、女の人に両手を上げさせた。


「降参だ、ポリ公を呼べ。逮捕されてやるよ」


 女の人に浮かぶ、勝ち誇った様な笑顔――このデトラを逮捕しても、抜本的には何も解決しない。他のデトラは何匹も街中に蠢いているし、このデトラが産み出した惨劇が、消えるわけでもない。最初の一人の犠牲を出した時点で、ヒーローはもう負けている。

 だから、私に出来ることはこいつを刑務所に送って、二度と出てこないことを祈るしか無い。


「そうか、その女は助からないか」


 ――けど、夜天には違う選択肢がある。夜天は銃のトリガーに指を掛ける。私はその前に立った。

 中身にもよるけど、銃弾ぐらいでどうにかならない自信はある。私は背後のデトラへの警戒をしながら、夜天の仮面を静かに見据えた。


「そいつを生かす理由があるのか? 人を乗っ取った寄生虫だぞ」

「心と知性を持つ全ては、法の裁きを受ける権利を持ちます。神ならぬ私達に、命を奪う権利はない。それが、死者の知性を写し取っただけの虫であったとしても」

「五分の魂とでも言うつもりか?」

「魂に貴賤はありません。」

「――そのセリフ」

「デトラの被害者にも言いましょう」


 夜天の仮面の奥の眼と、視線があっているのを感じる。互いに一歩も譲れない意地が籠もっているのも。背後から、せせら笑う声が聞こえた。どう転んでも全体として大損はないデトラからしたら、最悪でも面白い冥土の土産なんだろう。

 私はそれを無視する――引かない、いざとなったら、戦ってでも殺させない。

 沈黙が続く中、遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきた。秋葉原はともかく、池袋には警察が来る、銃声が通報されたんだろう。夜天が、銃をホルスターに納めた。


「お前とは、やはり気が合わないな」


 夜天はそう言うと、グラップル・ガンを取り出して上に向けて飛ばして――屋上に飛んでいった。追うことも出来たけど、私には他にすることがある。


「助けてくれて、ありがとうよ」


 私の背中に嘲りの笑みを浴びせる邪悪を近寄る警察に引き渡して、倒れてるチンピラ達が誰にこうされたのかを証言しないといけない。


 ……今夜は、嫌な夜になるな。明日は、気晴らしに出かけよう。

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