デートの会議は親友と



 25才の誕生日ってXデー、私一人じゃいいアイデアなんて浮かばない。

 だから、アドバイスが欲しくて朝イチで輝ちゃんに連絡したら、聞いた途端に輝ちゃん、「おめでとー!」って自分の事の様に喜んでくれて、忙しいはずなのに今日会って相談に乗ってくれる事にもなっちゃった。

 輝ちゃんは、ちょっとデリカシーに欠けて、悪気なく踏み込み過ぎるところはあるけど、友達が嬉しい事になるだけで、心から自分も楽しいって思える人。

 そして、とっても強い人。私は輝ちゃんって呼んでるけど、真黒輝子だから『マグロの照り焼き』なんてひどいアダ名を付けられても、覚えられやすくていい名前じゃんって本気で言い返す、私にはない強さがある。

 無遠慮だけど無神経じゃなくて、頼りがいがある……だから、色々と話しやすくて、私は色々と相談に乗ってもらったりグチを聞いて貰ったりしてるんだ。



 私は麻布十番にあるロシア料理屋『水辺』で、クワスを飲みながら輝ちゃんを待っていた。

 店主さんはサキュバス……吸精類って分類に統合されそうな種族の一種で、ルサルカ。厳密には、吸精類ルサルカ種になるのかな。

 ルサルカも精力や生命エネルギーを好物にするんだけど、この店の店主さんは色々な味がある上にレシピって形で再現可能な料理にハマった、自称変わり者。

 店を始めた最初は吸精類に対する偏見を隠そうともしない、それこそ漫画やゲームの典型的なサキュバスを期待した連中が多く来たみたいだけど、今となっては私の様な女性客がロシア料理を目当てに訪れる、なかなか人気のレストランだ。

 造ちゃんを連れてきた時は、プリヌィを二十枚も食べて私びっくりしちゃったな……


「おまたせ」


 思い出に浸りかけた私を、輝ちゃんの声が現実に引き戻した。

 輝ちゃんは仕事が終わって一回私服に着替えたのか、シャツにデニムにジャケットのラフな格好。男の子みたいなセンスをしてるけど、見栄えよりも動き易さを優先してるから仕方ない。

 けれどもとっても美人さんで、お洒落する時は本当にすごく綺麗。今でも偶にモデルスカウト受けるのも、解るなぁ。

 可愛いって言われても、綺麗って言われたことはない私は、ちょっとだけ輝ちゃんが羨ましい。

 私のちょっとした嫉妬心に気付いてないだろう輝ちゃんは、向かいの席に座ると、とても嬉しそうな顔をした。


「いやー、改めてだけど、おめでとう。偶にあってご飯食べたりとかはあったみたいだけど、デートって初めてでしょ?」

「ご飯食べるのがデートじゃないなら、まだデートって決まった訳じゃないよ。行く場所も決まってないし、ご飯食べるだけで終わっちゃうかも」


 開口一番ちょっと失礼な輝ちゃんに、私は思わず苦笑いをしちゃう。昨日の真夜中、行きたいところを考えておくってRAILしたけど、あれは焦らしじゃなくてホントにホント。一緒に行きたい処、決めてない。

 本当は、ものすごく造ちゃんと行ってみたい場所はあるけれど……私から先に誘う勇気もないし、RAILでなんて書ける場所でもない。特に誕生日に連れて行ってほしいなんて頼んだら……私は一歩を踏み出したいけどそっちに行きたい訳じゃない。

 だから、輝ちゃんの助けがいる。


「そうならない為の作戦会議でしょ?」

「うん、輝ちゃん。記者さんだし、何かいい場所知らないかなって」


 輝ちゃんの仕事は真京新聞の記者、ネタと事件を探してネオ東京を自慢の足で飛び回ってる敏腕健脚の記者さんだ。よく書いてるのはヒーローや災厄存在関連で、輝ちゃんはよく、私やドリームマンが巻き込まれた事件の取材をしてる。何回かナムサンとしてインタビューを受けた事もあるし、顔を覚えられたら出た時に狙われるよって警告しても、災厄存在にも取材しちゃう行動力の塊。

 あれはいつだったっけ……地球が星間戦争に巻き込まれそうになった時だった。あの時、円卓同盟が総出で違う星に行くって時に、輝ちゃんが付いて来ちゃったこともあったなぁ。ドリームマンが物凄く叱りつけてた。

 けど、それ専門ってわけじゃなくて、大いなる異変の後で生まれ変わり続けてるこの街のいろいろを取材してる。この前、地球人以外が経営するレストランの評論本を出した時にはびっくりしちゃった。

 そんな輝ちゃんだから、私はなにかいいアドバイスをくれると思ったんだけれど……


「そんなの、行きたい場所を言えばいいんじゃない? どこだって連れてってくれるって言うんでしょ?」

「うん……」


 期待はずれというか、そうとしか言えないよねって答えが帰ってきちゃった。


「そもそも、すみれはどんなデートをしたいわけ?」

「どんなって……」

「気になってる男の人と食事とイベントを楽しんで仲を一歩深めたいのか、単にオゴってもらいたいのか。連れて行く以外に用意してるだろうプレゼントだけもらって帰りたいのか……それとも」


 輝ちゃんの顔が、ちょっとニヤってなった。


「一気に、こっちから仕掛ける勝負のデートをしたいのか」


 私は思わず真顔になった。勝負、勝負、勝負。

 ……頬が紅くなってるのを気づかれたくなくて、私は俯いちゃった。


「しょ、勝負って、私、そんなつもりは」

「すみれさ、高校の頃からホントわかりやすいところは変わってないよね。人間、高校生の頃からメンタルは変わらないっていうけど」

「そんなことない!」

「怒ると可愛くなるのも変わらない……っと」

「輝ちゃん、そろそろ冗談じゃ済まなくなるかもよ。私、真面目に悩んでるの」

「おっと、ごめんごめん……で、お姫様はどんなデートをお望みで?」


 私はちょっと考える。

 勝負――ものすごく魅力的な言葉だけど、負けた時のことを考えるとすごく怖い。

 命を賭けた戦いなんて何回もしてきたけど、もしも蔵ちゃんとの勝負に負けた時の事を考えると、その後を生きるのは、死ぬよりも怖いかも。

 だから、勝負はできない――ただ、楽しくは過ごしたい。


「……最初の、食事とイベント」

「オッケー」


 輝ちゃんは、少しだけ拍子抜けした感じだけど、すぐに意見をくれた。


「……あいつ、確か意外と音楽好きだったわよね。すみれと同じで」

「うん」


 造ちゃんの趣味は食べ歩き、サブカルは嗜むけど趣味って呼べるほどじゃない。

 でも、造ちゃんはイメージに合わないからってあんまり人に話さない趣味なんだけど…‥色々と音楽を聞くのが嗜む以上に好きなんだ。

 何も考えずに、染みるように楽しめるから――って言ってた、私も同じ。

 映画とかゲームとかも好きなんだけど、どうしてもこれは創作の為のインプットだーって気負っちゃう所があるから、考えずに感性だけで受け止める音楽が一番、気楽に楽しめる。

 登録してるサブスクの好きなプレイリストを流しながらお砂糖多めのカフェオレを飲む時間が、私のチルアウトって感じ。


「それならさー」


 輝ちゃんは手元のスマホを少し弄ると、画面を私に見せた。


「これなんてどう? 新上野総合芸術ホテルの……」

「いいよ、すごくいい」


 そのアイデアに、私はやはり持つべきものは詳しい友達だと改めて感じた。



 アイデアが纏まったから、私達は食事をする事にした。

 私はプリヌィを5枚と、付け合せにサーモンとイクラの親子セット、輝ちゃんはカツレツとボルシチ。それとウォッカ、ロシア料理にはこれだよね!

 楽しいお喋りをしながら待ってると、時間が経つのはあっという間で料理はいつの間にか来ていた。

 輝ちゃんと軽く乾杯をすると、私はさっそく料理に取り掛かり始めた。

 ロシアのパンケーキとも言えるプリヌィだけど、私としてはクレープが近いと思う。お菓子というよりもご飯の代わりって感じ。ロシア風の鮭親子巻き……って言うと、なんか日本的なイメージが強いかな。なんでもいいや、美味しいなら。

 私は一枚目のプリヌィにたっぷりとバターを塗って、まずはそれだけで食べた。くるくる巻いて手づかみで食べると、ホントにクレープって感じ。

 うん、おいしい。それで次は、バターの次にイクラをたっぷりなすりつけて、巻いて……おいしい! ここで、ウォッカを軽く――くーっ!

 次はサーモンを入れよう……その次はサーモンとイクラで、最後は残った全部をありったけ……なんて、考えてると、カツレツを口に運ぶ輝ちゃんの手首に目が止まった。

 ちょっと変わった腕時計をしてるんだ。

 前に会った時は『頑丈なのがいい!』ってGショックだったんだけど、今の時計は違う。

 全体的に青くって、針の裏には赤いDマーク……ドリームマンのキャラ物時計だ。

 ドリさんは自分をコンテンツ化される事に寛容、ううん、興味がない人だから、この手のグッズは色々出回ってるんだけど、輝ちゃんこういうのする人だっけ? 自分はヒーローのファンだけど、それ以前に中立視点の報道者だって言ってたのに。


「ん? すみれ、これ気になる?」


 見られているの、バレちゃった。食べる手を止めた輝ちゃんはキャラ物時計を私に見せつけてくる。

 なんかちょっと嬉しそうな輝ちゃんの顔に、私はピンと来た。

 自分に合わない物をあえて身に着ける理由があるなら、きっと特別な相手から送られたものだからだ


「それ、彼氏さんからのプレゼント?」


 恋愛小説家の直感に、輝ちゃんはニヤーって笑った。


「いやー、彼氏っていうかー、まぁ、付き合い長いしちょっとは特別に思ってもらってるのかなっていうかー、ま、うん。プレゼント、宝物かな」

「へー」


 ピューリッツァーを取るまでは仕事とアンパンが恋人だって言ってた輝ちゃんにも、そんな人ができたのか……誰だろう。

 心当たりをちょっと考えみたら、もしかしてって人が一人浮かんだ。


「ひょっとして、星凪くん?」


 星凪くん――星凪真くん。高校のクラスメートの一人で、同級生の中で一番所在不明な彼は、輝ちゃんに輪を掛けて行動的だ。というか私にはわけわからない人だ。

 どこかが悪いって訳じゃないはずだけど、単位ギリギリしか学校に来なくて、後は家の仕事を手伝ってるって言ってて、けれど、手伝いをやめて今の彼の仕事はフリージャーナリスト。ヨーロッパでヴァンプ・マフィアにインタビューしたり、秋葉原の亜人団地で暮らしたりみたいな、ちょっと変わった取材をして、真京新聞にネタを買ってもらってるって人。

 ふんわりした、雲みたいな自由人なんだけど、超常に関わる取材を多くしているせいか、輝ちゃんと一緒に見かける事もある。

 割とウマもあってたみたいだし、ひょっとして……って思ったけど。


「まっさかー!」


 輝ちゃんの笑顔は、予想大ハズレって言ってた。


「真が、彼氏? ないない。あいつは……ちょっと放っておけない弟みたいなもんよ」

「ふーん」


 嘘じゃないとおもうし、気持ちも解る。星凪くんは浮ついてるというか浮世離れした所があって、頼りがいはないけど、包まれたくなるって変なファン層がいる男の子だった。

 お昼はいっつも屋上にいて、ものすごい量のお弁当を食べながら空を眺めていて、けど、勉強も運動も人一倍で、マイペースの塊って感じで……私は高校の頃クラス委員をやってたし、色々と注意したり気遣ったりしたのを思い出す。

 でも、星凪くんじゃなかったら誰だろう、思いつかない。


「じゃあ、その時計、誰に貰ったの?」

「言っても絶対に信じないから言わない」

「えー」

「それよりさ、どんな服着てくの? すみれ、子供っぽい趣味だからなー……ちゃんとフォーマルなの持ってる?」

「ちゃんとスーツ持ってるよ」

「……デート用?」

「就活の為に買ったやつ」

「……もうちょっと、作戦会議しようか」


 なんだかはぐらかされちゃったけど、デザートのコンポートを食べながらXデーに向けた有意義な話し合いをして、ついでに輝ちゃんが絶対に新調したほうがいいって言うから、二人で明日ブティックに行く予定も立てた。

 後は、当日まで何も起こらない事を祈るだけ。

 どうかナムサンが必要になるような巨大怪獣とか隕石の雨とか宇宙海賊とか、来ませんように!

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