スーパーヒーローの碌でも無い一日 後編
ヒーローがヒーローでない時と聞いて想像するのはどんな光景?
地下の洞窟で悪を見張ってる?
秘密の基地で装備を整えてる?
猫背を作って新聞記事を書いている?
それとも、秘密のアジトで待っててくれる恋人と、甘い時間を過ごしている?
……どれも不正解。最後のだったら、どんなに素敵だろう。
少なくとも、私、芽生野すみれがヒーローでない時は、自分の家で一般人としての仕事に追われてる。
「明日までに仕上げないと……!」
煉獄島にニオンを運んで、家に帰っても変身したままの私は、デスクトップの画面を睨みつけながら、特注のキーボードに物凄い速度でタイプしている。ナムサンの本業が小説家って知ってるのは、ほとんどいない。
ヒーローをやっていればネタには困らないだろう――なんて、正体が知られたら言われそうだけど、私が主に書いているのはファンタジー風味の恋愛小説。
特別な力を持った女の子が不幸な目に合うけどヒーローに助けられて幸せを掴む話を、手を替え品を替えて大学二年の時からずっと書き続けている。
今書いているのは、いわゆる『追放聖女モノ』で、特別な力を持った芯の強い女の子が追放先で新しいヒーローと出会った後、問題を解決して元カレを素気なく振って幸せを掴むお伽話。
ジャンルのテンプレをなぞっただけで、最初のプロットを担当さんに見せた時には盗作は不味いでござる真顔で言われちゃったけど……私が書けば私の話になっていく。
それも、大慌てで書けば書くほどに、急いで書くとどうしても手癖が入っちゃうし。
「速く、速く……」
変身を解かない私のタイピングスピードは音速を超える。だから私のマシンは知り合いのヒーローに組んで貰った特注品。おかげで今の私の全速力にも応えてくれる。
ナムサンのフルスピードで入力される、私の夢。頑張った女の子が幸せになれるお話。夢だって解ってるけど、この夢を求める人がいてくれるから、私は小説家をやれている。
ビームが出るんじゃないかってくらいに眼を血走らせながら入力を続ける私は、とうとう最後の句読点を打ち込んだ。
ジ・エンド! フィナーレ! コングラッチュレーション! 後は担当さんに送って微修正と添削をするだけだ。
私は最低限の文面を追加して、担当さんにデータを送信。ようやく、私の仕事は終わった。
「やった……」
椅子に腰を預けて背を伸ばす私。すごく良い気分で開放感抜群、難事件を解決したと時と同じくらい、原稿が出来上がった時は気分がいい。
けど、今のままではそんな気分も偽物の気持ち。今の私はヒーローとしての私、本当の私に戻らないと。
立ち上がった私は部屋の真ん中にいって、心臓の前で両手を合わせて、呟く。
「――ナムサン!」
ありがたい言葉を呟くと、私の体を光が包む。
優しくて温かい仏様の加護の中で、私は私に戻る。
一瞬で私は私の姿に戻る。私は姿見の方を向く。
首の後ろまで伸びた髪の毛に、ちょっとキツめの三白眼。
コスチュームは私服に戻って、中身の下着も消えてたメガネも元通り。
無駄に男好きしそうな体も……並よりはちょっとマシかなぁって私の身体に戻ってる。
「ただいま、私」
そう呟いた声は私の声。鏡の中に映るのは私。24歳の芽生野すみれ。正義のヒーロー、ナムサンの正体。
鏡の中の私は、疲れ切った笑顔を浮かべていた。壁の掛け時計を見ると日をまたぐ。ヒーローとして戦って、助けて、煉獄島に運んで手続きをして、原稿も書いたらこんな時間になっちゃった。
原稿を担当さんが見るのは明日の出社時間の後だろうから、打ち合わせはその後かなぁ。
……することしたら、つかれた。
「ご飯食べて、シャワー浴びて、寝ないと……」
朝起きて、ナムサンとして頑張って、夕方から原稿。身体と心は疲れ切ってる。
そういえば、お昼ごはんも晩御飯も食べてなかったなぁ。ナムサンに変身してる時はお腹が減らないから、ついつい食べ忘れちゃうけど、変身を解くと一気に減る。
下手をしたら餓死しちゃうからもしれないから、変身中でもなんか食べる癖を付けろって、怒れてたのに、なんかめんどくさくってサボっちゃう。
高校の頃までは、ヒーローしながらでもお昼のお弁当も自分で作ってたのにな……私、ダメな大人になっちゃったかな。
「何か、あったかな……」
出来たら料理したいけど、凝った何かを造る気力は、ない。
食パンの買い置きあったっけって冷凍庫を見たら、パンの代わりに凍らせたご飯があったのでレンジでチン。
温めてる間におかずを探す。手間を掛けずにおかずになりそうなの……朝ごはん用に常備してるさんまの蒲焼きの缶詰があるけど、げ、山椒の賞味期限切れてる。後は、鮭缶と鯖缶な、いや……うーん、さすがに、ツナ缶に醤油かけておかずってのはやだな。
しかたない、手間の追加を妥協しよう。そうと決めた私は、お湯で温めるハンバーグを水を入れた鍋に入れて、火を灯す。
どうせ一手間を覚悟したなら、二手間三手間も変わらないや、次は、隣のコンロで目玉焼きも……あ、殻入っちゃった、取らなきゃ。
こうなったら野菜もほしいから、四分の一キャベツの半分を千切りに――よし、準備完了。
完成。目玉焼き乗せのハンバーグ丼。キャベツの千切り添え。
後はお椀にインスタントのお味噌汁の元を入れて、ポットで沸かしたお湯を入れて混ぜて、一味をぱらり。残ったお湯は、食後に飲むコーヒーに。お気に入りのマグに角砂糖二つとインスタントの粉を入れてお湯をいれて、スプーンで混ぜ混ぜ。
全部を乗っけたおぼんを持って、心の中ではカッコつけてリビングって呼んでる居間に持っていく。
TVを付けて、両手を合わせる
「いただきます」
女子力? おしゃれ? なにそれって感じの深夜ごはんを食べ始めた私の顔は、TVで流れてた議論を見て、多分ひどいことになった。
『そりゃ、十年前位まではしょうがないですよ、社会も整ってませんでしたからね。彼らが果たした役割も否定は出来ません――でも、今は人類の定義も広がって、特殊な体質を先天的に持った方々も、社会の一員として受け入れ始めている訳です。いいですか、
私は反射的にTVを消した。
ナムサンは……私は……未公認のヒーロー、円卓同盟の一人だけど、未公認。
正体を公表して公認にならないかって誘いはあったけど……いろいろあって、断った。
でも、その結果が、これ? ……仕方ないと、わかってはいるんだ。
けれど、私が社会の敵なんて言われると、辛い。
別に、社会にちやほやされたいからヒーローをしている訳じゃないし、世間っていうマジョリティの奴隷になるつもりもない。
私が戦いを初めることが出来た理由は、大切な人に少しでもマシな今日をプレゼントしてあげたかったからだし、私の手は大きく広がってるけど、抱きしめたいのは一人だけ。
だから、他の誰がどう思おうと気にしない……なんて事は無いわけで、命懸けで戦って、社会の敵かとは思っちゃう。
スーパーヒーローの食べる晩御飯は、孤独の味がする。砂糖を入れた筈のコーヒーは、とても苦い。
「シャワー」
ニュースご飯を食べる前より疲れた気分の私は、食洗機に食器を入れてお風呂場に向かう。
「うぇっ」
思わず、声が出た。
最近、忙しくて掃除が出来てなくて、壁になんかカビが生えちゃってる。
嫌な気分が、すっごく嫌な気分にレベルアップした私は、シャワーを全開にしながら鏡を見つめる。
もしかして、もう少しマシな人生があったんじゃない?
誰かを助けるのは立派だけど、大人になったらやめたらよかったんじゃない?
仕事とヒーローの両立に、無理が出始めてるんじゃない?
鏡の中の私は、私の人生を嘲笑う。いや、私自身が私を。
……これはマーラの誘いだ、私の心の魔羅が私を笑っている。負けちゃいけない。
ナムサンに変身した時の怪我は、よっぽどの大怪我でもなければ変身中に治ってかすり傷も引き継がないけど、心の傷は治らない。私は、鏡に手を付く、夢を作る手を、すっかり殴る感触に馴れた手を。
読者の為の夢を書き、悪い奴らの返り血に濡れた手で、愛される予定なんて身体を綺麗にした私、いろいろ限界だ。
バスタオルで水気を拭ってパジャマに着替えた私は、冷蔵庫からビールを一缶取り出して、一気に飲む。風呂上がりのビールは身体に悪いけど、多少はストレスが消えた。
歯を磨いて寝る前に、一応スマホを眺めてみると。RAILが届いてた。誰からかなって思ってアプリを起動、差し出し人が解った私の眠気が覚めた。
「造ちゃんだ」
造ちゃん。造次、春永造次。
幼馴染の男の子、最初の男友達、いつのまにか初恋の人で、今でも友達のまんまの――私が戦える理由。
彼と過ごす時間やRAILをしている時間は、昔に戻った様な気分になれたり、友達以上になれないかなって夢を見る事もできる。
何の用事だろう? 昼頃に来ていた文面を見る。
『来週、誕生日だよな? なんか予定あるか?』
『俺、ヴィラーギン先生から臨時ボーナス貰ってさ、ちょっと財布に余裕があるんだよ』
『どうせ予定外のボーナスだし、貯金しようかと思ったら来週はスミの誕生日だったこと、思い出してさ』
『行きたいところとか食いたい物あったら奢るぜ。そっちの予定が良ければだけど』
私は変身しているのかと思う速度でフリックを走らせた。
『ない、なんにもない』
『いきたいところ考えておく!』
『また明日RAILするから!』
今の時間を考えずに、私はRAILを送ってスマホを抱きしめた。
誕生日に奢ってくれる、これってつまりデートなのでは?
「ふふふ……造ちゃん。これがデートのお誘いだって、解ってるのかなぁ」
昔からの付き合いだけど、お互いにもう大人。それがデートなのだから、向こうが奢るというのなら、私もちょっと期待しちゃう。
どうしよう、どこに行きたいって言おう。どんな服を着よう。
疲れが吹き飛ぶ素敵なプレゼント予告にわーきゃー言いながら、ヒーロー稼業の疲れも忘れ、私はとても楽しい気分で眠りに付いた。
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