ナムサン!!~スーパーヒーローの日常は祈りたいほど大忙し!~
ふにげあ
一章 初のデートは悲喜交交
スーパーヒーローの碌でも無い一日 前編
ヒーローのお仕事って聞いて想像するのはどんな光景?
墜落しそうな飛行機を背中で受け止める?
海難事故の犠牲者を身体一つで救い出す?
宇宙から降ってくる隕石を破壊する?
いろいろあるけど、共通点は人助け。
そして――ヒーローが直面する人助けでいっちばん多いのは、悪人退治!
「強いやつ、いねーがー!」
隣の区にまで響きそう叫び声を耳にした私は、強盗の現行犯を大慌てで縛り上げると、店主の人に軽く手を降ってから空に向かって飛び出した。
初速から弾丸より速くとは行かないけれど、私だって高層ビルを一飛びぐらいは出来る。
声だけでは分からない叫び声の元を正確に探すのは、空高くからが一番だ。
ネオ東京の摩天楼を飛び越した私は、空高くから周囲を見渡そうとした――瞬間、また街に響いた、ナマハゲ紛いの叫び声。
……あそこだ! 位置を特定した私は、両手を突き出して飛行を始める。。
あって欲しい間違いだけど、私の聞き間違いか、誰かが変身能力で声を真似ているんでないのなら、急がないと物凄い数の犠牲がでちゃう。
ああ、もう、市街地だからマッハを越えれないのがもどかしい、でも、衝撃波で車や人を吹き飛ばす訳にもいかない……
ヒーローとして現場に向かう時はいつも悩む。急いで街の建物や通行人に犠牲を出すのか、街に気を使って辿り着く場所の犠牲を見過ごすのか。
……正解を決めれない私は、いつもみたいに迷いながら、ギリギリのスピードで空を飛んで――現場を目の当たりにした時、いつもと同じように、心の中でごめんなさいを言う事になった。
「みんな、よわいぞ、うがー!」
――あいつが叫ぶ周りは、戦場みたいな有様になっていた。
近くの車は大小問わずにひっくり返って燃えていて、中には、……中にまだ人がいる車もある。その中で一際大きくて……バラバラになってるから大きかっただろう車は、多分あいつの護送車だ。
叫んで喚くあいつの周りでは、護送車に同乗していただろう制服姿のお巡りさんが何人もAM仕様のライフル銃を撃っているけど、通じてない。純粋人類には仕様が禁止されてる対人外兵器(アンチメタアームズ)でも、人間の携行火器でアイツを倒すのは無理だ。
けど、抵抗できるくらいに動けているだけ、マシだ。
大怪我してる人、悲鳴を上げている人、泣いている人も何人もいる。
……もう、助からないだろう人も、何人も
昔だったら震えていた光景、まだ見慣れない。誰かが死ぬのに慣れる事は、きっとない、私は未熟なままの心でヒーローを続けている。
けど、力だけは増している。起きた悲劇は止められないけど……これ以上は起こさせない!
「よわいの、うるさいぞ、がぁ!」
だから、怪我をした大人の、多分、家族の前で泣き叫ぶ子供を蹴り飛ばそうとするそいつに、私は両手を突き出して突っ込んだ。
「うがぁっ!?」
そいつは吹き飛んだ。
両拳を突き出しての突撃パンチは、生き物相手には禁じ手の一つ。フルスピードで無くても大抵の相手はバラバラになっちゃう。
……だから、これを使う相手は簡単に倒れてくれない強敵ばかりだ。
私の突撃で、あいつが向こうのビルを突き破ったのを確認した私は振り返って子供を見る。
「大丈夫!?」
「ふ、ふええ……」
子供はすごく怯えた顔をしているけど、目の前に来たのが私だと解ったせいか、パッと笑った。
「――ナムサン!」
周囲からも、声があがる。私じゃない、私の名前、ナムサン、ナムサンが来てくれた。
みんなの眼に映るのは、肩の後ろまで栗色のウェーブヘアを伸ばした、妙齢の美女。
ケープ付きの装甲服の下には、服を来ていてすら嫌な目で見る人が多い無駄にすごい体。
どれも、私じゃない私。けど、みんなが求めているのはこの私。
円卓同盟の一員、世界最高のヒーローの一人。ナムサン
血を流させるヒーローが最高なもんか。それでも、私は笑顔で名乗った。
「そう――ナム・参上! もう大丈夫ですよ!」
昔からバカバカしいと思う名乗りだけど、みんなはこのバカバカしさに勇気づけられて、大丈夫だって思ってくれる。
今の私は嘘の塊だけど、この人達に浮かんだ安心を嘘にしちゃいけない。
……けど、みんながみんな安心の気持ちを私に向けてる訳じゃない。
AM銃を構えたお巡りさんたちは、安心と同じくらいに苦い顔をしているし、中には憎々しげな眼を私に向けている。
けど、銃は向けてこない。今はそれで十分だから、私は叫ぶ。
「今すぐ動かせる人達を避難させてください!」
「――解った!」
突き詰めてしまえばヒーローの大半は犯罪者だから、私達に表立って好意的な警察官はほとんどいない。
ケースバイケースではあるけど、お前の命令に従う義務はない、とか、すっこんでいろとか日常茶飯事。前に、私達が確保した犯人をあえて釈放したなんて。とんでもないこともあった。
けれども今はそういう事はない。立てない人を引きずって、立てる人を誘導して、お巡りさん達はみんなを助けている。特別な力が無くても、人は人を助ける事が出来るんだ。
けど、力がある私にしかどうにかできない事もある。私は、突き破ったビルの一回部分をぶち抜いてきたそいつを睨みつけた。
「ニオン・グレイト……また、脱獄しましたか!」
私に名前を呼ばれたそいつ――
外見だけを見るなら、バレエダンサーか水泳選手の細くて鍛えられた体つき。顔はポップアイドルでもやれそうな可愛い系、緑色のショートヘアも快活な雰囲気……けど、全部台無しにする硬い特徴がある。
肘、膝、頭、拳、爪先。ニオンの体中には岩が生えている。生物学的には、角みたいだけど、私からすると岩にしか見えない。
その岩は、簡単には壊れない。隕石を一発でばらばらにして怪獣を殴り殺せるヒーローのパンチでも耐える。
当然、岩のない部分もすごく頑丈、おまけにすごく力持ち。身長は私とそんなに変わらないけど、中身は大型怪獣と変わらない。
そんな、とんでもない怪物と、私は一対一で戦おうとしていた。
「ナームーサーンー! 久しぶりだなー!」
「私としては二度と会いたくありませんでしたよ」
「私はうれしいぞー! 男じゃないことだけが残念だ!」
大いなる異変以降、日常的に地球に降りてくる様になったタチの悪いエイリアンの一人なニオンの目的は、自称お婿さん探し。
ものすごく強い自分にふさわしいパートナーを見つけて、自分の星に連れ帰って、遺伝子をかけ合わせた子供を百人作るのが夢なんだって。
ニオンが宇宙からロケットで落ちて来た日、その眼鏡に叶うヒーローが来る前に……眼鏡に叶わなかった相手を皆殺しにしていなければ、今頃故郷で夢を叶えていたんだろう。
……それはもう叶わせない。彼女の残りの人生は、奪った命の償いに当てさせる。
「誰が相手でも残念でしょう。ニオン、娑婆の空気に慣れる前に、島に戻って貰いますよ!」
「やれるもんならやってみろ、が! 」
獣みたいに叫ぶと、ニオンは私に突っ込んできた。私の後ろには人の避難が完了してないビルが沢山ある、避ける訳にはいかない。
独房で身体を休めたのか、ニオンの動きは前よりも早い。
功徳を呼び出す暇はない。痛いのは嫌いだけど、覚悟を決めるしかない。私はボクシングみたいに構えた。
「がぁっ!」
一手目は、向こう。格闘技の心得なんてないニオンのパンチは顔を狙った単純なフック。
大振りが気にならないほど、早くて重いニオンのパンチをまともに顔に受けたら……考えたくない。
素早く屈んで躱した私は、立ち上がる勢いを乗せて、顎にアッパー。ニオンの顎の骨の硬さに、殴った私の拳が裂ける。とても痛いけど歯を食いしばって頑張って――撃ち抜く!
「うががっ――ッ!!」
ニオンは空高くに吹っ飛んでいった、すぐに落ちてくるだろうけど、私が功徳を使うのには充分な余裕。
私は急いで両手を合わせて、蓮華合掌を作り、すぐに不空羂索観菩薩の印に移る。
そして、私は真言を唱えた。
「オン・アモキャ・ビジャヤ・ウン・ハッタ!」
唱え終わった瞬間に、私の手の中に羂索が現れた。
羂索は仏様が衆生を引き上げる為の道具で、独鈷杵と輪っかがそれぞれ端っこについた、功徳の縄。
私は、印と真言を正しく使うことで対応する仏様の功徳を借りる事が出来るのだ
未熟のせいか、全ての仏様の力を使うことはできない。衆生救済なんて夢のまた夢だけど、目の前の悪いやつをやっつけるには十分な加護だ。
「ええい!」
私は空高くにいるニオンに輪っかの側の羂索を投げつける。狙いなんて付けなくても、心で狙った相手を羂索が逃す事はない。
ましてや、不空羂索観音さまの羂索は百発百中の加護がある。落ちてくる相手に外すなんてありえない。
羂索の輪は大きく広がって、ニオンの胴体を締め付けて絡みつく、私は一気に縄を引いて、ニオンを地べたに叩き落とした。
「うがぁ!」
ニオンの悲鳴と同時に、道路に隕石が落ちたみたいなクレーターができた。
仏様の加護の縄で縛られて、私のフルパワーで叩きつけたんだからニオンも無傷じゃない、少しだけヒビが見える。けど、まだまだダウンには程遠いし、仏様の力も無敵じゃない。
「こ、こんななわぁ! すぐに、ちぎってやるからな!」
ニオンの言葉は強がりじゃない。仏様の縄は、仏敵――魔性の存在には覿面に聞くけど、怪獣とか宇宙人みたいな、単なる物凄い生き物にはものすごく頑丈な縄でしかない。ニオンなら、一分もしない内に引きちぎるだろう。
だから――その前にやっつける。
私は羂索の縄を両手に巻いて、即席のナックルダスターを作ると、縛られて倒れてるニオンに跨って、殴る。
「がっ!」
殴る、殴る、殴る。
「このっ、やめろ! ずるいぞ!」
無視する。殴る、殴る、殴る、殴る殴る。
「いっ、がっ……がっがっ……」
殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る――殴る!!
「はぁ、はあ、はぁ、はぁぁ……」
ニオンが何の反応も示さなくなった時、私は拳を打ち下ろすのを辞めた。。
そして、立ち上がって笑顔を作る。
「みなさん! もう、大丈夫ですよ!」
私の声に合わせて、周囲から歓声が沸き起こる。達成感はあるけど嬉しくはない、どんな相手だって、馬乗りで半殺しにして気分なんて良いもんか。
私はニオンを羂縄で体中を縛ると、これからを任せられる人を探し始め――顔見知りを見つけると、飛んでいった。
「――吉野警部」
ダスターコートに中折れ帽、中のスーツも安物で、昭和の洋物刑事ドラマみたいな格好をした――AMライフルを担いで持ってる女刑事の名前を読んだ。
服飾規定、なにそれ?って感じの人だけど、すごく優秀で、並大抵の災厄存在となら戦えるくらい強くて――すごく、私達を嫌ってる。
「おや、自称ナムサン。名前を覚えて頂けるとは光栄ですね、可能ならぜひとも本名を取調室で伺いたいものです」
どうしますか。そう言おうとした私は、相変わらずの毒舌に閉口した。
本名を公開してて名乗ってる公認のヒーロー以外、吉野警部は必ず自称を前に置く、お前なんてそう名乗ってるだけの異常者とでもいいたいんだろう。
「その予定は今の所ありません」
「その予定を決める権利はそちらではなく、我々にあります」
全ての非公認を刑務所に送ってやると誓っている、吉野警部らしい言い草だ。
ドリさんなら皮肉の言い合いを楽しむだろうけど、私はいつまでも言い合うつもりはない。
「それで、どうしますか。貴女達の装備で彼女を拘束し続ける事は可能ですか」
吉野警部は一瞬、鬼みたいな眼で私を睨んだけど、すぐに溜息をついた。自分のプライドを押し殺して外に出すような、重い溜息だ。
「――心から残念ですが、現在の我々の装備ではアレが目覚めた時に対応することは不可能です。頼んでもいない自警活動が忙しくなければ、救護活動に暇を割いた後、ぜひとも煉獄島までの再輸送をお願いしたいのですがね」
「わかりました」
吉野警部に一礼をした私は、さっそく救護活動に手を貸し始めた。
私に貸してもらえる功徳に、怪我人を治す力はないけれど……倒れた車を持ち上げたりする事は出来るし、燃えている火を拳圧で消す事も出来る。
そうして、この場でできる限り事をした私は、ニオンを抱えて飛び去った。
「では、みなさん、さようなら!」
私に助けることが出来た人たちの多くは、私を称えて感謝を叫ぶ。
ありがとう、ナムサン、ありがとう、ヒーロー。
……その中に混じった吉野警部の小声が聞こえないくらいに、今の私の耳が悪ければよかったのに
「いつかお前も同じところにブチ込んでやる……」
心に棘が刺さった事なんておくびにも出さずに私はみんなに笑顔で手を振って、怪物達を収める日本最大の牢獄に、東京沿岸に浮かぶ煉獄島に向かって飛んでいく。
もしかしたら、いつか私も閉じ込められるかも知れない牢獄に。
いつか自分も同じ場所に送られる……考えるだけでも嫌な気持ちだけど、もう、馴れた。
だから、ニオンを煉獄島に運んだ後、きっと私は本当の私をこなせるんだろう。
……本業のスケジュールだって全体的に余裕を保つにはギリギリだし、急がないと。
私は、背負う現実と迫る現実の二つを思いながら、空を飛んでいった。
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