ヒーローの私的な記念日はいつもこうなる その2
開演にはどうにか間に合った私達は、ボックス席に並んで座っている。
ここから見える席の殆どは埋まっていて、ミレーヌがどれだけ人気があるか文字通りの意味で見て解るほど。
久しぶりの復帰コンサートだって言うのもあるんだろうけど、やっぱり人気あるんだな……
けど、これだけ人気あるのに、ボックス席を一週間前に取るなんて……造ちゃん、どんな魔法使ったんだろ。ちょっと調べて見たら、転売サイトでプレミア付いて3万円ぐらいしてたし。
転売で買ったんなら、ちょっとやだな……気にしたままだと、楽しめないかも知れないし、聞いちゃえ。
「ねぇ、造ちゃん。この席のチケットどうやって買ったの?」
「別に転売サイトなんて使ってないから安心しろよ、スミ、あの手の嫌いだもんな」
「うん……じゃあ、どうしたの?」
造ちゃんは、少し困った顔になって黙ったけど、すぐに口を開いた。
「実は、いい席は全部売れてて、残ってるのはバラけた席だけだったんだよ。金はあったから転売品なら手に入ったんだけど、誕生日プレゼントにそれはちょっと……だろ? 」
「うん」
盗品よりはマシだけど、誕生日プレゼントが転売品ってのは私もちょっとアレな感じ。
……バラけた席が嫌だったってことは、造ちゃんも並んで座りたかったんだよね。ちょっとうれしさアップ。
「それを……ちょっと、チケット探してるのをヴィラーギン先生に見つかってな、色々と吐かされて、そしたら、チケットくれた」
「くれたって、プレミア付きのボックス席だよ? 転売じゃないなら、向こうも予定があったんじゃ……」
「いや、チケット自体は貰いもんらしくてな、『一緒に行く相手がいないだろ?』って嫌味で送られたってキレてたよ」
そう言った造ちゃんは、小さく頭を下げた。
「ごめんな、自力で手に入れられなくて」
「……別にいいよ」
私は優しく微笑んだ。別に、造ちゃんを責めてる訳じゃない。。
転売品だったらちょっとやだったけど、貰い物なら……別にいい。
それに、ヴィラーギン先生の中に造ちゃんと一緒に行くって選択肢がなかったの、私的には嬉しいしね。
ちょっとひどい事を考え始めた私だけど、開演の合図と一緒に前説が始まったのに合わせて、力を抜く。照明が薄くなるのを楽しみながら、体重を深く席に預ける。
こう言う場所で音楽を聞く時気張る人もいるけど、私は気を抜く。音楽の楽しみ方は人それぞれだけど、私は心と身体に染みるように楽しむタイプで、考えたりしながら聞くのは疲れちゃう。
それに、隣に造ちゃんいるし、熱中するなら造ちゃんの横顔の方がいい。
なーんて、演奏する人に失礼な事を考えると、ドレスを着た当人が袖から舞台の上に出てきた。
ミレーヌ・フランシー。フランス系の女流ピアニスト。
きれいなブロンドのロングヘアとドレスは大人っぽいんだけど、子供……とまではいわないけど低い身長と童顔は、なんか学生っぽい。
……あれで数世紀を生きてるなんて、見ただけじゃ信じられない人も多いだろうなぁ。
彼女はいわゆるダンピールで、吸血鬼って呼ばれてた人種と人類とのハーフ。
夜族の血を引いているって言ってもデイウォーカーだから、人間のフリをするのは簡単だったみたいだけど、年は取らないから世界各地を偽装身分で渡り歩いて……種族と正体を公表したのは、大いなる異変の後。その後は種族問わずを標榜する『コスモポリタン・ミュージック』に所属して、曲を出してる。
美人で数奇な境遇だから興味本位でファンやってる人が多いって意見も聞くけど、興味だけでファンをする人は、安くないお金出してまでコンサートを聞きに来ない。。
……余計な事考えるのやめよう。のんびりと、楽しまないと。
一礼をしたミレーヌがピアノの前に座るのを見た私は、紡がれ始めた旋律にのんびりとひたり始めた。
大体、一時間ぐらいは過ぎた頃、私はちらりと造ちゃんを見た。聞き入ってるみたい。
……今なら、もう一回、こっちから手を握れるかも。
そっと、そーっと肘掛けに載ってる造ちゃんの手に重ねようとした時……客席から、銃声が響いた。
一瞬で私の表情が険しくなる、携帯の切り忘れで聞こえた悪趣味な着信音とかじゃない――これ、本物だ。数え切れないくらいに聞いてきたから、私には解る。
そして、銃声が続く――音の源を見てみると、一人の客が立ち上がってる、違う。
下の客席のアチコチでお客が立ち上がって、銃声が鳴り続ける。お客の手元には、もちろん拳銃。
……これが、おもちゃを使ってコンサートを台無しにしようとする悪趣味なイタズラなら、まだいい。一番まずいのがは、あれが全部本物の場合。
だって、それって――テロだ!
「動くな!」
「静かにしろ!」
「座ったまま何もするな!」
銃声の次は、お決まりの脅迫が次々と。客席中に動揺と悲鳴が広がる。
マズい、このままだと見せしめが起こりかねない。ここにいるお客全員が人質なら、何人か殺してもお釣りは十分に来るんだ。
早く止めないと――私は反射的に両手を合わせようとしたけど、その手をぎゅっと、造ちゃんに掴まれた。
造ちゃんは、どうにかって感じで作った笑顔を浮かべてた。
「大丈夫だ」
……私が、口元に手を当てたか悲鳴を上げようとしたとでも思ったのかな。
でも、おかげで少しだけ冷静になれた。
今は、変身できない、こんな所でナムサンになったら正体をみんなにバラす様なもの。口止めをしたって出来るわけない、今日の内に私は芽生野すみれとしての全てを失う事になる。
「……うん、ありがとう」
造ちゃんと同じくらい無理をしただろう笑顔を浮かべた私は、ひとまず状況を確認してみる事にした。
ここからじゃ全部は見えないけど、見える数は十人、持ってる武器は多分拳銃。
ホテルのセキュリティをすり抜けたって事は、地球の物じゃないか、ホテルの中に内通者がいたのか……ふと、私は気付いた。
今立ち上がって銃を振り回しているテロリストは、一人残らず女性だ。
あえて、部下に女を使う理由――趣味でなければ、女しか部下に使えない……まさか、このテロリスト達を使っているのは……!!
「静粛に! 静粛に!」
……嫌な予感は、嫌な時に限って当たる。
ステージの袖から、コンサート会場って場所を侮辱する様な拡声器を片手に現れたのは、見覚えがある仮面姿だった。
ゆで卵の表面みたいな、つるんとした白い仮面を付けて、着ているのは毎回変わらず上品なスーツ、仮面を殴り砕く度に見る素顔は、超典型的な金髪碧眼の超美形。身体も荒事の為に結構鍛えてあるのは知っている。片手に持ってるグレネードランチャーを、軽々と扱える程度には腕力もある。
外見だけなら、アクションもこなすタイプのハリウッド俳優――ただし、中身は腐ってる。
「これから私――チャームフェイスが全てを告げる!」
――チャームフェイス。
私の知る多くの災厄存在の中でも、かなり質の悪い男。
直接的な殴り合いなら殆どのヒーローに負けるし、なんだったら今の私だって勝ち目はある、輝ちゃんなら多分負けない。
問題は、チャームフェイスが人類のおおよそ5割に絶対に負けない力を持ってるって事。
「さて、皆々様、しばらく私は沖の島で休養を取っていたので、私の事を知らない方もいるだろう」
なにが、休養! 夜天に体中の骨を折られて脱獄出来なかっただけのくせに!
「なので、私が何を出来るか――少しばかり、思い出させてあげよう」
チャームフェイスはそう言うと、手にしたグレネードランチャーを客席に向けて撃った。物凄い悲鳴を上げてお客さん達が逃げ始めるけど、榴弾の速度からは逃げ切れない。
着弾した瞬間に榴弾は爆発して、もうもうとガスが広がる。私は反射的に口を覆った。円卓同盟にいる拮抗剤を撃ってるけど、多く吸ったら分からない……けど、ダメだった時に、どうなるかは嫌でも解る。
「――メス共、笑え!」
チャームフェイスが叫ぶと、ガスの中から笑い声が響く。喉が張り裂けそうな物凄い笑い……笑ってるだけ、楽しそうじゃない。笑気ガスを吸い込んで笑うのと変わらない笑い声。
長続きしたら、死ぬ人だって出る――あ、ミレーヌが食って掛かった。
声は聞こえないけど、あの人がチャームフェイスを知っているなら、止めるだろう。
「ふむ、笑うのをやめろ――しかし、立ち続けろ」
ガスを浴びた女の人達は、悲痛な顔をしたり困惑している男の人達を無視するように、ぼうっと立ち続けていた。
「さて、君たちはとてもお優しいアーティストのお遊戯会に来たようだ。君たちが彼女を……? だが、いや、私の香りが通じないという事は、メスとは呼べないが、人とは呼べんな――いや、ここはわかりやすくダニと呼ぼう。このダニを憐れむのと同じ様に、ダニの勇気に感謝し給えよ――それに、笑い死なずとも、私に何が出来るかは、解っただろう?――私は、あらゆるメスをモノに変えられるのだよ」
女をモノに変える。チャームフェイスが何を出来るか端的に説明すると、そうなる。
あいつは生まれながらに特異体質を持っていて、浴びせさえすれば問答無用でホモ・サピエンスに属する全ての女性を支配するフェロモンを出すんだ。
チャームフェイスのフェロモンを浴びた女性は、チャームフェイスの人形になる。
フェロモンの影響が消えるまでどんな命令にも逆らえない、自分を死ぬまでバラバラにする事だって出来る、心から愛していた夫の前で犬とする事だって出来る。
あいつは、そんな事が出来る力を持って育って、そういう事をしてきて……ただ在るだけで他人を魅了できるなら、自分の素顔に何の意味もないと気付いて、仮面を被った。多分、心にも。
そして、災厄存在って呼ばれる怪物の一人になったんだ。
「このグレネードランチャーは、私のフェロモンがたっぷりと混ぜられたガスが詰まっている。一吸いすれば、人間のメスなら死ねと言えば死ぬ。私にとって、メスは人ではない、道具だ――では、私の道具になりそこねたメス共、そして人である男達――この会場から、出ていきたまえ。残るのは、私の道具と、ここのふたなりだ」
チャームフェイスは、信じられない事を言った。
人質の大半を開放する? ミレーヌと、フェロモンをを吸わせた相手と部下にしてる人達だけで十分ってこと?
「ただし!」
会場に広がるざわめきをかき消すように、チャームフェイスは声を張り上げた。
「このホテルから出ることは許さない――出たらメス共を潰す。出ようとしても、彼らが阻止するが」
それが、合図だったのか、コンサートホールの入口が開く。
そして、ゾロゾロと入ってきたのは、おでこから触角みたいなアンテナを生やしたアンドロイド――ゾントの群れ。
米軍でのコンペで落ちた戦闘アンドロイドの設計図が闇に流れて、災厄存在御用達の戦闘員にまで落ちぶれた機械の兵隊アリ達。
安物のアンドロイドだけど、それでも戦闘用。最低の材料で作っても普通の拳銃じゃ壊れないくらいには頑丈だ、チャームフェイスが質の良いゾントを用意していたのなら……中に人がいるエグゾと違って簡単に壊せるから気は楽だけど……私は生身じゃちょっと無理。
持ってるのは……BK86か。設計者が『バカヤロー』なんてつける位に粗製乱造を前提にした、価額と整備性以外の全てを犠牲にした激安アサルトライフル。お金のない災厄存在が、よく部下に持たせてる、ナムサンでなら豆鉄砲と変わらない。
けど、今の私には……ううん、この会場にいるほとんど全員にとって、どれだけ質が悪くてもアサルトライフルの弾丸はすごく危険だ。
「彼らには、ホテルから出ようとするもの、自分達を害するもの――何より、私を害しようとする全てに攻撃命令を出している……そして、私が攻撃された時は、無差別に手にした銃で音楽を奏でてくれるだろう」
チャームフェイスのいつもの手口だ。あいつの洗脳は命令しないと反応しないから、チャームフェイスを倒しさえすればそれ以上の洗脳は防げる。
だから、人質事件なんかを起こす時はかならず、あいつのフェロモンの影響を受けない部下や道具を使う。毎回毎回、本当に厄介な手だ。
「では、改めて命令しよう――出ていけ。彼らのAIは安物だ、あまり私の命令に逆らうと――私への害意と判断しかねないぞ」
わかりやすくハッタリな脅しだっけど、パニックを誘発するには十分だったみたい。
客席の人達は次々と立ち上がって、我先にって感じに、コンサートホールから逃げ出していく。
私達のいるボックス席も変わらず、周囲全てからどたばたと。
……この混乱に乗じれば、行けるかも。そう思った時、私は造ちゃんに手を握られた。
「俺たちも行くぞ」
造ちゃんは硬い顔してるけど、怖がったり動揺したりって感じじゃない、冷静だ。
ヴィラーギン先生の所で働いてるだけあって頼りがいはあるんだけど、今は……
けど、今は、何も言えない。私はこくりとうなずくと、造ちゃんに引っ張られるみたいにして、ホールを後にした。
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