第17話 干し柿

 青い海のような髪がなびく。トヨさんは七星剣を天に向けた。

 龍田神社たつたじんじゃの境内から、光がみるみる上空に伸びて、暗い雲に覆われた空を貫いた。その先が見えない。


魑魅魍魎ちみもうりょうどもよ! 大和やまとの地から出ていけ! 名を告げるは七星剣!!」


 そう言うと、トヨさんは右手を振り下ろす。曇天を割って光の筋が落ちてくる。光は太い柱のようになって叩き付けられた。

 

 目に映る光景が、全て破壊の対象となる。


 化け物達は、焼却炉で無惨に燃やされる人形のように、跡形もなく崩れ去った。巻き添えを喰って、空高く繁った巨大な楠木くすのきが粉々になり形を失ったが、トヨさんが振るった七星剣の残光は、まだ、その威力を保っていた。


 境内を仕切る壁が壊れ、隣接していた家々を薙ぎ倒した。爆音が轟き、時間差で衝撃が襲ってくる。爆撃地点の中心に放り出されたようだ。

 武くんは吹き飛ばされそうになりながら、鹿目に覆い被さって、飛んでくる破片から守った。

 立場が逆やろ! と悪態をつきながらも、掴んだレインコートを離さず、羽交い締めにした。しばらく地震のような揺れが続いた。


 揺れが収まると、一本の大きな道が出来ていた。

 龍田神社から東が、整地されたように遮蔽物が無くなっていた。

 おかげで遠くに、法隆寺の南大門なんだいもんへ続く、松並木まつなみきの横っ面が見えている。


「……はっ。……はははは」


 顔を上げた武くんから、乾いた笑いが漏れる。奈良の魔都化が始まって二週間。健康な者や、しがらみの無い者は、どんどん県外に脱出していくが、この斑鳩町いかるがちょうには自分を含め、そうは出来ない事情の者が、まだまだ沢山残っているはずだ。

 その人達が、今の破壊に捲き込まれてしまったのではと、武くんは心配になった。


「大丈夫じゃ」


 武くんの心が読めるかのように、破壊の元凶であるトヨさんは言ったが、武くんにはそうは思えなかった。あれだけの事をやらかしたのに、平然と立っている。


「いやいや、こんなんあかんで! たぶん、死人出てるわ!」


 鹿目の手を間違って踏んでしまって、バランスを崩しながら武くんが立ち上がる。鹿目がピクッとした。


「見てみてよトヨさん! 家、何個潰れたんや?」


「う~ん。数十かのぅ?」


「あ――――!! 役場も無くなってるやん! 婚姻届け出されへんやんか! これ、いっぱい捲き込まれてるで! 絶対、死人出てるって!」


「人の気配はしなかった。安心せえ小僧。ワシはそんなヘマはせん」


「うそやぁ~! でも、家は確実に潰れてるやろ! どうすんのこれ? 弁償できるん?」


「弁償などせん。この土地を捨てて逃げ出した者に、施しなどするものか」


 急に冷たい口振りになって、トヨさんは吐き捨てた。


 思えば奇妙な光景だ。

 青い髪をしたミイラのコスプレをしている女が、右手に持った短い剣を振るっただけで、奈良の街並みが変化してしまった。

 地図に新しい道を追加しなくてはいけないだろう。

 そして、逃げ出した人達が、もし戻って来ることがあったなら……。

 その時は、どんなクレームが巻き起こるのか、想像もできない。

 まあ、毎度の事ながら、奈良が無事に、魔都化を逃れる事が出来たならの話だが。


 少し厳しい顔をしていたトヨさんだが、武くんを見る顔に微笑みが戻った。

 それから、握りしめていた左手を差し出してくる。


「そこの神使しんしに、これを食わしてやれ。七星剣を取り出したから、精も根も尽き果てて干からびておるじゃろ? まったく情けない限りじゃが、今の神使はこんなもんなんじゃろ。早くしないと死んでしまうぞ。それと、宮司にも食わしてやれ、怪我をしているだろうからな」


 開いた手の中には、干し柿が二つあった。


「柿って、季節はずれやな……」


 受け取りながら、武くんは文句を言う。まあ、そう言うなとトヨさんは答えた。


「宮司に謝っといてくれ。化け物の本体が憑りついていたから、ご神木を破壊してしまった」


 トヨさんは、大きな楠木くすのきがあった東を見る。楠木があった辺りも例外なく更地になっていた。これでは、前に何があったかなど誰にも分からないが、よく見ると、いつの間にやら小さな苗がその場所に植えてある。


「十倍は早く育つ苗を植えておいた。五十年もあれば元通りだと付け足しておいてくれるか? では、またな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る