第16話 七星剣

 白髪頭の群れが移動した後に、白目を剥いた鹿目征十郎しかめせいじゅうろうが出てきた。地べたに仰向けで寝転がっている。

 たけしくんが近付くと、鹿目が酷い暴行を受けていたのが分かった。顔中が腫れていて、黒いレインコートにも踏まれた跡が沢山ついていた。これでは流石に、気味の悪い薄ら笑いは出てくるまい。


 当面の危機を脱する為に、この意識を失っている神使しんしを叩き起こす気であったが、その必要はないかも知れないと、武くんは思い始めた。


 先ほど自分を助けてくれた、青い髪のミイラ女が、化け物どもと戦闘を始めたのである。


 女は「トヨサトミミ」と名乗ったはずだ。

 変な名前で、聞き間違いの可能性もあるので、取り敢えずは「トヨ」と呼ぼうと、武くんは決めた。


 トヨさんもまた、鹿目征十郎と同じような、特殊な力を持った、神使なのかも知れないと武くんは思った。役に立つ、役に立たないで言えば、失神している不細工ヅラの百倍は助かっているので、同じなどと比べては申し訳ないが。



 とはいえ、化け物は全部で八匹。

 トヨさんは、八匹を一度に相手をして、なお攻め込み押しているが、決め手を欠いているようだった。じりじりと、大きな楠木くすのきの根元に化け物を追い込んだが、膠着こうちゃくしている。

 辛抱できなくなって、武くんは大声を出した。


「大丈夫なんか? いっぱいおるけど!」


 トヨさんは、手近な白髪頭二匹を蹴飛ばしてから、武くんに手を振った。右手に巻き付けた木綿の布が少しほどけて、空中で揺れている。満面の笑顔だ。


「ワシは大丈夫じゃ。小僧は、そんな奴は捨て置いて、宮司を助けにいけよ」


「え? あ! そうやった!」


 何の躊躇いもなく、その場から離れる決断をした武くんは、龍田神社たつたじんじゃの本殿に向き直る。宮司さんが飛ばされて破壊した、賽銭箱や戸の残骸が痛々しい。おそらく宮司さんは怪我を負ったはずだ。

 心配になって歩き出そうとした時に、トヨさんの発した声が、まるで気合を入れる掛け声のように鋭く響いた。


「名を告げるは――七星剣!!」


 トヨさんが倒れた神使を睨むので、武くんも釣られて、再び間抜けな姿を目に焼き付ける。鹿目のレインコートがもぞもぞと動いていた。眠りこけていた神使が、ようやく起きてきて仕事をするのかと思ったが違った。

 レインコートの下、鹿目の左胸の辺りから、短い刃物が勝手に出てきた。抜き身の刀身は黒く、金の装飾が至る所にしてある。それはそれは高級そうな剣。

 それが独りでに空中に浮かんだと思ったら、凄い速度で移動してトヨさんの右手に掴まれた。


 武くんは、口を開けたまま、放心したように事の成り行きを見守っていたが、呻き声が聞こえたような気がして、横になったままの鹿目をもう一度見た。

 別人のように、げっそりと痩せていた。

 顔は殴られて、パンパンに腫れていたはずだ。なのに今は青白く、酷く痩せているのが、少々離れていても分かった。


 ――何が起こったん?

 トヨさんが剣を、鹿目の懐から取り出したせいなのか。

 呼吸は細く、ぜぇぜぇと息をするのがやっとのようである。

 眠ったままの神使は、このまま起きない可能性が出てきた。


「おい! 大丈夫か! 神使ぃぃ!」


 武くんは慌てた。

 足跡だらけの鹿目が、流石に可哀そうになってきた。


「トヨさんに、何をされたんや! 一体!?」

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