第18話 聖徳太子
「……うっ、……くっ」
だが、相変わらず顔色は悪く、なかなか上半身を起こせない。本当に体調が悪いようだ。
「……武くん。なんだか身体中が痛むんだ……、それに
取り敢えず、元気になってもらわないといけないので、武くんは、トヨさんがくれた干し柿を鹿目に与えてみる事にした。
無理矢理口にねじ込むと、嫌がっていた鹿目は目を剥いた。
「武くん! 何なのこの干し柿。滅茶苦茶美味いんだけど、おかわりある?」
「ない」
武くんは冷たく言った。
干し柿を食べた鹿目に、みるみる精気が戻っている。とても不思議だが、トヨさんの言っていた事は正しかった。早く宮司さんにも、分けてあげないといけない。
上半身を起こして
「なんだいこの剣は? どっかで見たような気がするが……」
「トヨさんが、返しといて、やって」
「トヨさん? 誰だそれは」
「お前が気絶してる時に、助けてくれたんや。
「トヨなんて神使は知らないな」
「えっとな……。トヨ……さ、トヨサトミミ言うてたな」
「トヨサト……。え? まさか……、トヨサトミミの
鹿目は驚愕の声を上げる。
掴んでいる剣の刀身は元々黒かったが、表面の金の装飾が一瞬で消え、全体が真っ黒に変わった。
それから塵のようになって、ボロボロと崩れていく。
鹿目はワナワナと震えながら言った。
「この剣は……、四天王寺の七星剣で間違いない……。これを俺がやったのか?」
「そうやな。お前のカッパの下から出てきてたな」
「国宝じゃないか! こんなもん出したら、そりゃ死にかけるわ!」
鹿目が握っていた剣は崩れ去り、小さな塵は宙に舞っていく。
武くんは、鹿目が何を取り乱しているのか、理解出来ない。無駄だとは思ったが、聞いてみる事にした。
「トヨさんって、結局何者なん?」
「神格だ」
「し、しんかく?」
神格とは一体何であろうと武くんは思った。やはり聞いても、よく分からない。鹿目はレインコートに付いた泥を払いながら立ち上がった。先程まで寝込んでいたのに、随分と回復している。
「元は人間だったけど、長い年月をかけて、神様と同等になった者だな。それを神格という」
「え? トヨさんて、神様なん?」
「そうだよ! 太子信仰を知らないのか? 分かりやすく言ってやるよ。トヨサトミミの正体は、大和の神様、聖徳太子だ!」
鹿目は言い捨てると、腕を組んで、落ち着きなく歩き回った。ブツブツと独り言が漏れてくる。
「いかん、いかんぞ! もう本部に察知されているな。こちらから先に報告しないと、締め上げられる!」
自分の世界に入り込んでしまった神使を見詰めながら、武くんは、聖徳太子について思い出してみる。歴史の教科書に載っていた。たしか、法隆寺と関係が深い人物だ。それ以外は知らない。
そんな大昔の人物がトヨさんだったとは……。
聖徳太子は男ではなかったか?
正直、まったく結びつかない。
そんな事が有り得るのだろうか?
だが、武くんは、難しい事を考えるのが得意ではなかった。
「なあ神使。えらく取り乱してるけど、トヨさんは俺らを助けてくれてんで? 素直に感謝したらええやん。神様なら、奈良の魔都化を止めてくれるんちゃうの?」
「馬鹿な事を言うな」
と言って、鹿目は武くんに詰め寄る。
「神格が具現化するのに、どれだけのエネルギーを使うと思ってんだ? 多分、三重か和歌山辺りがとばっちりで消し飛んでるぞ! 正直ネットニュースを今は見たくない!」
「そんなアホなぁ」
「アホなぁじゃねえ! マジでこのまま放置しちまうと、西日本が沈んでしまう! あああ! これは何だ!!」
辺りの様子に、ようやく異変を感じて鹿目が東の方角を見る。実はさっきから、何度もそちらを向いていたが、あまりの大きな変化に、逆に気が付かなかったようだ。
「更地になっとるじゃないか! トヨサトミミがやったのか!? 嗚呼! マジでヤバい! 早くお帰り願わないと、俺の首が飛んでしまう!」
鹿目は頭を抱えて、うずくまった。
急に騒ぎだした神使は放っておいて、宮司さんの様子を見に行こうと、武くんは本殿に足を向けた。
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