第12話 失礼なやつ

 佳世ちゃんはたけしくんの、どこをどう気に入って、結婚などと言い出したのか。よっぽど武くんが好きなんだろうが、鹿目征十郎しかめせいじゅうろうには、それが丸っきり分からなかった。


 魑魅魍魎ちみもうりょうたぐいも一筋縄ではいかないが、こと男女の仲に関しても、理解し難い事が多すぎる。

 くどくど説明されたとしても、納得は出来ないだろうから、鹿目は、佳世ちゃんの父親、田中正治たなかまさはるの肩を無条件に持ちたくなった。


 車は、国道二十五号線に出るために北上していた。諸事情で、運転席のドアを後部座席に詰め込んだ、奇妙な見た目の車だ。錆びだらけでもある。

 助手席には、茶髪で耳にピアスを開けた、ひょろ長い若者が行儀悪く座っていた。渦中の武くんだった。


 出会ってからここまでずっと、鹿目から見た武くんの印象は凄く悪い。他人ひとに運転をさせながら、武くんは、音楽を聴いて窓の外を見ていた。

 ほとんど会話もしていないし、地元民のくせして道案内もしてくれない。

 だけども狭い車内。

 佳世ちゃんとは、どこで知り合ったのだろうと思い、鹿目は尋ねてみる。


「武くんは、何かスポーツでもしていたのかい?」


「…………♪ ……♪ ……♪ フンフン~♪ ……♪」


「武くんは!! 何か!! スポーツでもしていたのかい!!」


「え? なになに?」


 イヤホンを外しながら、とぼけた調子で武くんは聞き返す。大声を出した鹿目は、喉が枯れてしまいそうだった。


「いや、何か運動とかやってたの?」


「え? 俺? 俺はバンドマンやで。運動なんかやってへん」


 妙に納得してしまって、鹿目は頷く。

 佳世ちゃんと知り合ったのは、高校時代の部活動か何かかと思ったが違うようだ。


「じゃあ、どこで佳世ちゃんと知り合ったんだ?」


「佳世は、俺の元ファンや」


「ファンって、バンドの? お前にファンなんてつくのか?」


「だから佳世やって」


 そこまで言うと武くんは、イヤホンを耳に戻して、すぐに身体を揺さぶり始めた。何の音楽かは知らないが、音が大量に漏れている。

 失礼な奴だと鹿目は思ったが、結婚式の直前に義父に呼び出され、訳の分からぬ男と一緒に宮司のお迎えを命じられたのだから、武くんのヘソが多少曲がってしまっても仕方がない。

 鹿目は一生懸命、そう思うようにした。

 

 過ぎる直前で赤になった信号機を無視して国道二十五号線に入る。遠くで一台だけ走行中の車が見えたが、すぐに遠退いていった。

 西に進み出すと、すぐに法隆寺の南大門なんだいもんへ続く松並木まつなみきの前を通過する。

 本来の目的地は此処なのに、また通過してしまった、と鹿目は思った。早く用事を片付けないといけない。焦る気持ちを抑えながら鹿目は言った。


「宮司さんとは、会った事があるのか?」


「…………♪ ……♪ フンフン~♪」


「宮司さんとはぁ!! 会ったことがぁ!!」


「あるある! 何なんや大声で」


 武くんは、座席から滑り落ちそうになりながら驚いている。上半身を戻しながら、武くんは続けた。


龍田神社たつたじんじゃの裏山が中学校やったから、よく神社の境内は通っててん」


「そうか。じゃあ、顔見たら分かるな」


 宮司さんには、神使しんしの鹿目が迎えに行くと田中正治から連絡しているはずだが、やはり顔見知りがいると安心だ。万が一にも、知らないオジサンを乗せて帰ってしまう心配がない。魔都化が進む奈良だから、取り乱している住人がいるかも知れないのだ。

 再びイヤホンをつけようとはしない武くんに、鹿目は続けて質問する。


「佳世ちゃんは足が鋼色はがねいろになったって聞いたけど、武くんは大丈夫なのかい?」


「え? 俺は大丈夫やで。どこも魔都化してへん」


「じゃあ、県外に脱出しないのは佳世ちゃんの為かな?」


 車で数キロは移動しているのだから、武くんが、魔都化の影響を受けていないのは鹿目には分かっていた。身体の何処かが変色してしまえば、せいぜい一キロ移動できたら上出来だろう。


「そ、そんなんちゃうで。俺の親も、身体が鋼色になったから、放っておいて逃げ出すなんて出来へんやろ? 俺が食い物探してんねん。結婚は、佳世がどうしてもって言うから、付き合ってるだけや、俺の両親も喜ぶと思ったしな」


「なるほど、なるほど。思ったよりウブじゃないか」


「え? なんて?」


 小声で鹿目が言ったから、武くんは聞き取れなかった。

 人前で、好きだの嫌いだの言うには、武くんは、まだまだ経験が足りないようだ。明らかに動揺して、目が泳いでいる。

 青春の延長線上に立っている二人を想って、鹿目は耳がこそばゆくなった。


「そこを右やで」


 と武くんが言ったので、車は、国道二十五号線から一本北に入って、やや狭い道を走っていく。

 暫く進むと、強めのブレーキを伴って道を塞ぐように車は停車した。


「さて、武くん。君の想いは聞かせてもらったよ。あとは行動だけだと思うんだ。ウヘヘへ」


 軽薄に笑う男を、武くんは、嫌な目で見た。

 鹿目の側にはドアがない。外されて後部座席に放り込まれている。風が沢山入って来た。間近で扇風機でも回したような、不自然な風だ。

 武くんは、何かに気が付いてフロントガラスの方を見る。そこに奇妙な光景があった。


 少し先のほうで、赤と白のきらびやかな装束に、能面をつけた格好で、小柄な人物が舞っていた。周囲には強い風が吹いているようで、つむじを巻いている。

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