第13話 風が吹く
「これはなぁ
「あいよぉ!」
「この仕事をきっちりやり遂げて、あの頑固そうな親父に、俺は、出来る男なんだって認めさせてやるんだぞぉ! ウヘヘへ」
「わかってるわ! 気持ち悪い笑い方すんな!!」
「いいや、わかってない! こんなそよ風ごときで
「うるさいわ――! お前は車にしがみついとるくせに――!」
もう少しで、
奈良の町並みを風が暴れ回っている。
能面を着けて踊る化け物の仕業だ。きらびやかな装束がはためくと、信じられないような突風が巻き起こった。
武くんは、吹き付ける風に飛ばされてしまわぬよう、体勢を低く保ち前進を続けている。だが、その歩みは亀のように遅い。
たまらず鹿目が後ろから
武くんの役目は、突風の中、少し先にいる化け物の位置まで進む事。贅沢を言うなら、発生する風を止める事。
ちょっとでも邪魔してやれば、能面お化けは舞えなくなるだろう。そうすれば風も止む。
――きっと止むはず。
実は、その辺については、何の確証もなく鹿目は武くんを送り出している。だが、取り敢えずはそうするしかない。
何故なら、今、このシチュエーションでは、
原因は鹿目が着ているレインコートだ。
このようなヒラヒラする装備で、気を抜けば人間すら飛ばしてしまいそうな突風の中を、進めるはずがない。
じゃあ脱げば? と当然なるが、そうなれば、
道沿いに建つ家屋の窓が、割れそうなぐらい震えている。ガラスの破片が飛んだら非常に危険だ。愛車のシエンタにしがみつきながら、鹿目は事の成り行きを見守る。
距離にして残り十メートル。
武くんは、根性を見せて、あと半分の所まで来た。
――愛は強し。
佳世ちゃんへの愛が、本当に勝ちそうだと鹿目は思った。
そこで突然、ピタリと風が止んだ。
前屈みだった武くんは、思わず地面に片手をつく。その上から能面の化け物が覆い被さって来た。残り半分の距離を、まるで無かった事にして跳躍する姿は、体重がない、ただの影のように鹿目の目に映った。
舌打ちして鹿目は、懐からナイフを取り出すとすぐに投げる。それから武くん目掛けて走り出した。
「危ないぞ! よけろ!」
鹿目が投げたナイフは、能面が武くんを掴もうとした腕を貫いた。そして発火する。
「ギョエエエエ!!」
化け物は叫び声を上げた。
小柄な身体からは想像できない大きな声だった。
風が止んだのをいい事に、すぐさま鹿目がやって来て、渾身の右ストレートを面にぶちこんだ。走って来た勢いも乗って、重い一撃になった筈だ。
木が割れるような乾いた音がした後、面が外れて燃え上がる。一緒に派手な装束も舞い上がり、激しく火が付いた。
あまりにも勢い良く燃え上がるので、鹿目は熱さで顔を背ける。レインコートを拡げて、熱が武くんを焦がさないよう庇った。
――まるで手応えがない。
鹿目は焦った。
能の面を殴り付けてやったが、何の抵抗も感じなかった。見ると燃えているのは面と装束だけだ。確かに腕のような物が見え、そこにナイフを投げつけた筈だが、身体が何処にもない。空っぽだった。
腰を抜かしている武くんが、終わったんか? と聞いた。
「いや、手応えが無さすぎる」
嫌な汗を掻いて、鹿目は辺りの様子を窺う。
化け物を燃やし尽くした火が、地面にくすぶっていた。
「鳥居があるな」
不思議だ、と鹿目は言うが、何がおかしいのか武くんには分からない。能面の化け物に翻弄されて、景色をいちいち確認する余裕は無かったが、龍田神社の前まで来ているのだ。神社に鳥居があって何がおかしいのか。いつも通り、変わらない筈だ。
「宮司さんや!」
武くんが嬉しそうに声を出した。
正面の奥に本殿が見え、右手に大きな楠木がある広い境内の中を、必死の形相で宮司さんが駆け出した。その時、一枚の葉が舞って、びゅ――っと、横殴りの風が吹く。
白髪の混じった髪と、紫色の袴が、風を受けたように動いたら、宮司さんはくるりと背を向けた。
「宮司さん! 久しぶり! 俺の事、覚えてる? なんで後ろ向くんや?」
武くんの呼び掛けに、返事をしながら宮司さんは振り返る。
「あかんのや! どうしても、その鳥居を潜られへんのや!」
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