第3話 ぽっくり寺
「私の妹がさらわれてん。兄ちゃん
「俺、
「寄り道や。ラーメンタダにしたる」
「券売機で、もうお金払っちゃったけど?」
「お金返したる。嬉しいやろ? やから妹助けに行ってくれる?」
「俺、法隆寺行かないといけない」
「なんや! ラーメンタダやで! それでもアカンのか!」
「アカンことは、ないけどもだな……」
およそ青白い顔をして、雨も降っていないのにレインコートを着ている奴なんかとは大違いだ。
鹿目がなかなか首を縦に振らないので、女店主は痺れを切らして言った。
「それやったら、最初からバレへんようにしてくれる? ラーメン食って、そのまま帰ったら良かったやんか!」
――確かにその通り。
耐え難い空腹だったのに、まさかの温かい食事にありつけて、鹿目のテンションが僅かながらも上がっていたのは間違いない。
奈良にやって来た理由を話したのは迂闊だった。と鹿目は思った。奈良は着くまでが楽しいのだ。懲りずにまた忘れていた。
「わかったよ。妹さんどこにいるの?」
鹿目が折れると、女店主の表情は明るくなった。
「ぽっくり寺や」
「真面目に言ってくれるかな?」
「なんや! 私は真面目や!
誘拐犯は化け物だと確定する。
吉田寺を端末で調べてみると、法隆寺の南西一キロぐらいに位置していた。
西に移動する分、法隆寺までのルートから外れてしまうが、引き受けてしまった以上、仕方がない。
「ラーメン喰いにくる奴に、片っ端からお願いしててん。ありがとうな。まさか神使さんが頼まれてくれるなんて、夢にも思ってなかったわ。私の足、鉄みたいやし、困り果てとってん」
さすがは関西。
ずぶとさが東と、比べ物にならない。
「で? 妹さんの特徴は?」
鹿目はカウンターに片肘を乗せて言った。腹も満たされて幸せな気分になるはずなのに、仕事が増えてしまって億劫であった。
「五歳や。目が大きくて、髪の毛は肩までで、私とそっくりの美人さんやな」
「ええええ! 妹さん、そんなに歳が離れているの? 五歳って小学生? いや、まだ幼稚園か?」
「幼稚園や」
「ま、マジかよぉ……」
鹿目は頭を抱えた。
磯臭い食べ物の次に、子供が苦手だった。嫌な予感がして鹿目は呟く。
「妹さん、もう生きてないんじゃ……」
吉田寺に拐われたのは、一週間前だと女店主は言った。何の目的があって拉致っていったのかは分からないが、五歳の女の子がその期間、一人で生き抜ぬいているとは考えにくい。それに、近くには寺が擬人化した化け物がいるはずなのだ。仮に飢えや雨風に耐え忍んでいたとしても、やはり生存している確率は低い。
鹿目が深刻な面持ちで俯いていると、頭頂部に激しい痛みを感じた。
「痛い痛い! 何をする!」
「しょうもない事言うなや! くそ神使! その雨ガッパはいで、
頭を押さえて、鹿目が顔を上げると、スープを掻き回す巨大なお玉を振りかざして、女店主が立っていた。怒り心頭である。
「あの子は
「ああ、もう! わかったよ! 行ってくる!」
鹿目は転がり落ちそうな勢いで席を立つと、取るものも取らずに出入口の引戸を開けて外に出た。
どんよりとした空が広がっていた。
八月のお盆過ぎ。
レインコート及び皮手袋で完全武装しているにもかかわらず、肌寒く思えたのは気のせいだろうか。
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