第2話

「ん」

 急に魔王が立ち止まった。

「どうした」

「何か感じた」

「何か?」

「人間界にふさわしくない何かだ」

 きょろきょろとあたりを見回す魔王。僕には何もおかしなことは感じられない。

 その時だった。ことん、何かが床に落ちる音がした。

 音のした方を見ると、ベンチに座っている男が、呆然と天井を見つめていた。そして、足元にはスマホが落ちていた。

「意識が……ない?」

「逃げられたか」

 スマホの画面に、見覚えがあった。将棋のアプリだ。

「逃げられたって?」

「モンスターにだ。ちょっと助けてやらんとな」

 魔王はそう言うと男の方に歩み寄り、額に手を当てた。

「何してるんだ」

「やる気を戻してやってるんだ。何者かに盗まれたようだから」

 しばらくすると男は目をぱちくりしながら立ち上がった。

「あれ……何してたっけ?」

「スマホを落としたようだぞ」

「あ、どうも。……わっ!」

 礼を言いながら、目の前にとんでもない大男がいるのに気が付いたようだった。目覚めに魔王はビビって当然だ。

「気を付けるがいい」

「あ、はい、ありがとうございます」

 男はスマホを拾い上げると、そそくさと立ち去っていった。

「大丈夫なのか」

「しばらく記憶が抜けているかもしれん。あと、魂の何かを盗られた可能性がある」

「魂の何か?」

「人間も食べ物に好き嫌いがあるだろう。それと同じで、モンスターにも好きな部位というのがそれぞれある。精神的なものの中から、好物だけを食っていくのだ」

「はあー、怖いなー」

「人間界にはほぼいないと思っていたが。まさか魔王の前に現れるとはな」

「現れたのか?」

「多分。姿がほぼないのだ。俺にも見えん」

「魔王なのに?」

「魔王も万能ではない。残念ながらな」

 少し、悲しそうな顔だった。

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