第3話

「んん……なんだ、早起きだな」

 目をこすりながら魔王がリビングに入ってきた。

「ちゃんと昨日言っただろ。今日はテレビの対局なんだ」

「テレビ? ああ、映像転写魔法か」

「間違ってはないかな……。とにかく、いつもよりおしゃれしなきゃいけないんだよ」

 日曜の昼間に公共放送で映るということは、棋士にとってとても貴重なことである。田舎には「民法はほとんど見ない」という方も多く、公共放送に映るまでは棋士になったと信じてもらえなかった、なんて話も聞く。

 特に僕のようなそんなに活躍していない棋士にとって、今日はとっても大事な日なのである。

「何なら俺の魔法で顔を変えてやろうか」

「いや遠慮しときます……。というわけで今日は留守番頼むぞ」

「任せておけ。泥棒は殺すな? だったな」

「誰でも殺してはいけません。あと、荷物は受け取らなくていいから。ファックスも放っておいて。メールも見ないこと。というかできればパソコンは触らないで」

「研究したいんだがのう」

「だったら働いて自分で買って。というか、魔界から仕送りとかないの?」

「してもらってもいいが、誰が魔界の通貨を人間界のものに換金してくれるんだ?」

 魔王はたまに正論で攻めてくる。

「こう、金とかないの?」

「金はよく喰われるからな。こちらには金喰い虫はいないのか?」

「比喩でなければいないね……。お金がだめなら衣類とか食糧とかでも」

「そうだな。ちょっと頼んでみよう」

 現物支給できるなら、もっと早く言えばよかった。



 がーん。

 人生で初めて、頭の中で「がーん」という効果音が鳴った。

 公共放送の棋戦での対局。完敗だった。しかも二歩を打ちそうになって慌てて手を引っ込めて、盤をぐちゃぐちゃにしてしまった。

「田山君」

 帰って酒でも飲むか、と思っていたら後ろから声をかけられた。

「はい」

 振り返ると、そこにいたのは登別五段だった。僕の兄弟子で、今日の解説者である。

「帰るの?」

「そのつもりでした」

「ちょっと話さない?」

「もちろんオッケーです。存分に愚痴りますよ」

「ははは、聞くよ。その代わり、俺の話も聞いてね」

 二人は、近くのカフェへと向かった。


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