魔王はタイトルに含まれないので鬼王を目指すことにしました

清水らくは

虚勢の怪

第1話

 いびきが聞こえる。世界のすべてを吸い込みそうな音だ。

 音の主は魔王。本名は当代魔王。同居人である。

 体がでかいからか、吸い込む空気の量も多い。換気しないとすぐに酸欠になってしまう気がする。

 僕の名前は田山朔斗さくと。将棋のプロ棋士である。19歳でデビューして二年、これと言った実績は残せていない。だが、魔王の師匠である。しかも魔王は内弟子である。

「ううん、もう殺せないよ……」

 物騒な寝言まで聞こえる。世の中では美少女が内弟子になる物語がヒットしているというのに、なんで僕はどでかいおっさんモンスターと同居しているんだろう。

 時間は深夜三時。目が冴えてしまったので、気になっていた研究の続きをすることにした。が、将棋の勉強をするほどには冴えていなかった。すぐに飽きてしまった。

 こういう時は、自然とネット将棋を指している。ネット将棋のいいところは、何局か指せばだいたい1局は勝てることだ。勝利をおかずに酒が飲める。

 1局目から、調子よくいい局面になった。と思ったら粘られて怪しくなる。こうなると頭に血が上る。時間切れも迫る。とりあえず怪しい手で詰めろっぽくしておくが、相手にされなかった。いや、ノータイムで無視できるような手ではないんだが……

 終盤はノーチャンスで負けた。一応僕もプロなので、そんな僕にこの勝ち方をできるということはまずプロだろう。初めて見るハンドルネームだが、深く心の中に刻み込む。

「そのモンスターは食べられないよ……」

 君はすくすく育て、と師匠のようなことを思った。すでにどでかいけど。


 

「あー、これいけそう?」

「足りてはいるな」

 魔王がシャツを広げて体に合わせる。ショッピングモールにある、大型サイズ専門店である。

「柄はまあ……でもこれしかないからなあ」

 店員も苦笑いしている。何せ魔王は身長2メートル30センチはあり、そのうえ筋肉質だ。プロレスラーなら確実にリングネームはジャイアント魔王だ。なかなか着られるサイズのものは見つからない。

「あの、すみません」

「はい、なんでしょう」

「これ、他にもあります?」

「え?」

「あるだけ買います」

 着られるとなれば逃す手はない。帰る時に買っとくのが吉である。

「少々お待ちください……」

 確認してもらったところ、五枚在庫があった。そんなわけで、変な柄のでかいシャツを六枚購入した。

「人間社会は何でも買わないといけなくて不便だのう」

「魔界ではどうしていたのさ」

「もちろんすべてオーダーメイドだ。俺は魔王だからな」

 すれ違う人が見な魔王に目を奪われている。まあ当然だろう。でかいうえに角まである。だが本人は全く気にせず、無邪気に気になる店などで立ち止まっている。

「見ろ、でかいベッドだ。あれなら俺も寝れるな」

 指さす先には確かにキングサイズのベッドが。魔王にふさわしいものだろう。値段もふさわしく五十万円となっている。

「むりです」

「なぬう」

「何度も言いますが、僕は稼いでない方のプロ棋士です。弟子のためにあそこまでのものは買えません」

「あんなに強いのにわびしいものよのう」

 子供の手を引くようにして、魔王のベルトを捕まえてその場を立ち去る。欲しいものをこれ以上見つけられても困る。

「だいたいシャツだって安くなかったぞ。あなたも少しは自分で稼いでみてはどうかね」

「ううむ、人間社会の仕事というのはまだよくわからないが。俺には何がいているかな」

「何でもできそうだがなあ」

 魔王は力はもちろんあるし、頭も悪くない。いざとなれば空だって飛べる。

「そうか。まあ、俺も王だからな。人間社会でするとすれば首相か」

「え、いきなりそれ?」

「帝王学はばっちり仕込まれておる。政治経済どんとこいだ」

「将棋以外すべて有能なの……?」

 とりあえずなんかに苦手なものがあってほしい。人間代表として思う。

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