第43話

 夜空の上で満月が輝いている。

 私のことを見つめる多くの倉橋家の人間の視線。

 時期外れの桜が舞う。

 中央に咲いている巨大な桜の木。

 そして……それを超える巨大な怪物。

 悍ましい怪物。

 こいつこそが我ら人類の敵であると、本能が訴えていた。

 圧倒的な威圧感。それが私を押しつぶさんとする。

 それは巨大な肉の塊。

 血管が浮かび上がり、臓器が浮かび、触手が唸る。

 そして開かれた幾百もの眼球が私を見つめている。

 ……!これが……!

 私は震えそうになる体を、足を、我慢し一歩進む。

 また一歩。

 また一歩。

 また一歩。

 私は中央にたどり着く。

 足を折り、祈りを捧げる。

 ここまで。ここまでが私の仕事。人生最後の仕事。

 触手は私の方に伸び、蠢く。

 そして────

 私の体に触れ、飲み込んでいく。

 冷たく、悍ましいものが私を這いずり回り、私を蝕んでいるのを明確に感じる。

 あぁ。

 私は……。

 私は……。

 私は……。


 私はここで死ぬのか。


 そっか……。

 あぁ。体が震え、涙が流れる。

 お父さん……お母さん……お兄ちゃん……お姉ちゃん。

 私の頭に流れるのは今まで関わってきた沢山の人達。

 今ままで迷惑をかけ続けてごめんなさい……弱くて……情けなくて……出来損ないでごめんさい。

 沢山の人達の顔が私の中を高速に駆け巡る。

 そして────

 最後に浮かんだのは彼の、風和の笑顔だった。

 誰よりも素直に笑い、私を褒めてくれた。

 勉強頑張ってね、って褒めてくれた。

 誰よりもアホで、誰よりも……あぁ。

 ごめん。

 もう別れも告げることも出来ない彼に心のなかで謝る。

「さようなら……」

 私が覚悟を決めたその時。

 すべてが消える。

 恐怖も威圧感も私を這いずり回る悍ましいものを私を蝕むなにかも消える。

 そこに立っていたのは────。

 仮面の少年。

 幾度も私を助けてくれたあの仮面の少年がそこに立っていた。

 ざわめく。

 突如現れた謎の仮面の少年に倉橋家の人間が見な、動揺し慌て始める。

 そして、歴戦の陰陽師たる倉橋家の人間の動きは非常に早い。

 突然現れた侵入者を排除すべく動き出す。

 だがしかし、

「騒々しいな……」

 彼の一言によってピタリと止まる。

 正確に言うと彼から発せられる圧倒的な力によって。

 私達の持つ呪力でも、侍たちの剣気でもない。全く違う別の何か。

 だがしかし、圧倒的な力が。

 すべてを支配した。

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