第42話
チャプン。
私は多くの倉橋家の女性に見守らながら体を清める。
ここは地下に存在する倉橋家が管理する神聖な池。
豊潤な魔素を含んだ池の水、聖水が私を清める。
歴代の生贄たちもこうして私のようにここで体を決めたのだろう。
代々受け継がれてきた工程をすべて終えた私は池を出る。
巫女と呼ばれる女性たちが池を出た私の体をタオルで優しく拭いてくれる。
いくら同性とはいえ、自分の裸を見られ拭かれるというのは少し恥ずかしいものがある。
─────私がこんなことを考えていられるのも今のうちだ。
そう思うとこの羞恥心すら愛おしく思えてくる。
拭き終えた後は、白装束が着させられる。
何も飾られていないシンプルな白装束。
「行ってなさいませ。様」
私は巫女に見送られる。
私の名はもう呼ばれない。
生贄として捧げられる人間に名前など必要ないからだ。
私の前にあるのは階段。
ここを。
ここを登っていけば件の場所だ。
儀式の場所だ。
あの怪物が眠る場所だ。
冷たい階段を一歩一歩上がっていく。
冷たい床が裸足で歩く私の体温を確実に奪っていく。
これまで生贄として捧げられてきた人たちはどのようにこの階段を登っていったのだろうか?
泣きながら登ったのだろうか?
覚悟を決めた面持ちで登ったのだろうか?
何も知らされず登ったのだろうか?
これまで生贄として捧げられてきた人たちはここでどのような会話をしたのだろうか?
会話はなかったのか?
励ましあったのか?
何が起こるのかを予想しあったのだろうか?
私は誰と話せばいい。
なんで地面が濡れているの?
地下水でも漏れ出ているのかな?
なんで頬が熱いの?
あぁ。
だめだ。だめだ。だめだ。
私は覚悟を決めたのだ。
私が生贄とならなくては私のような落ちこぼれとは違い、未来ある優秀な陰陽師を多数生贄として捧げなければならない。
私は倉橋家の人間。陰陽術は下手だが、魔素ならあるのだ。一人でも生贄となるほどのたくさんの魔素が。
私は足を止める。
止めてしまう。
覚悟。
死ぬ覚悟。
そんなの出来ない。
わかっている。
でも死ぬしかない。
もうそれは決まったことだ。
逃げられない。
泣くな。
覚悟なんてなくたっていい。だから泣くな。
最後に惨めに泣くな。
私は倉橋家の人間なんだ。
これ以上惨めな姿を、情けない姿を晒すな。
お父様をこれ以上失望させるな。
私は足を一歩踏み出す。
手で涙を拭う。
泣くな。
泣くな。
泣くな。
前を向け。
光が私を照らす。
私は地下から抜ける。地上に出る。
月光が。空に浮かぶ満月が私を照らす。
あぁ。こんなにも─────
世界は美しい。
最後の夜にぴったりではないか。
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