第37話

 気まずい。

 非常に気まずい。

 いや、気まずい、ではないか。恐怖、か?

 俺は自身の感情にそう結論付ける。

 その理由はそう。

「えっとねー。ここはこうするとー」

「あぁ!なるほど!」

 身体を近づけ、倉橋さんに勉強を教える風和────

「お兄様……」

 を見つめる風和の妹だった。

 風和の妹の瞳は昏く染まり、表情は『無』。

 え?怖……。

 今、俺たちは風和の家で勉強会を開いていた。

 参加者は風和と俺と倉橋さん、そして風和の妹だった。風和の妹は天才。まだ習ってもいないはずだが、俺らの範囲を容易く理解し、教えることも出来る。

「あ、おい。風和。ちょっとここ教えてくれないか?」

「ごめん……。今倉橋さんに教えているから。ちょっと小夜に聞いていて」

 馬鹿ァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアア!!!

 俺は風和の答えに心のなかで絶叫する。

「お、お兄様。お兄様は何かわからないところありますか?もしよろしければ私がお教えし」

「あ、大丈夫。それより悠真に教えてあげて」

 馬鹿ァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアア!!!

 俺は風和の答えに再度心のなかで絶叫する。

「……教える。わからないところ言え」

 風和の妹が俺の方に視線を向け、告げる。絶対零度の声で。

 やめろ。やめてくれ。

 その昏い瞳を向けるな。その光のない瞳を向けるな。

 怖いから。

 風和の野郎……。俺に押し付けてくるなよ……!自分でなんとかしやがれよ!

 風和の妹はお前のすべての面倒を見たいんだよ!お前が風和の妹なしで生きられないくらいにまで自分に依存させたいんだよ!

 そんなの無理だが!

 それでも風和の妹はそれを望んでいるんだよ!

 本当ならば学校になんて行かせず、自分が勉強を一から教えたいくらいなんだよ!なんらな、勉強も、進学も、就職もせず、家の中で穏やかに過ごしてほしいと本気で考えているんだよ!風和の妹はッ!

「あ、いや。大丈夫。俺は大丈夫だから」

 俺は声を震わせないように必死に努力しながら言葉を口にする。

「だめ。お兄様がそう望まれたのです。違えるなどありえない」

「そ、そうか。……じゃあ教えてもらおうわ……」

 俺は大人しく風和の教えを請う。

 ……風和の妹は良い奴なんだ。教えるのもうまいんだ。いつもなら大歓迎なんだ。だが、だがッ!今は違うッ!風和のことが絡むと風和の妹はやばいんだッ!今の風和はもうすでにやばいんだッ!

 ……頼む。早く時間よ。過ぎてくれ……。

 なんで俺は友達との勉強会で命の危険を感じるほどの恐怖を感じなければいけないのだ……。

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