第14話
どういうきっかけで面接を終えたのか、最後に自分が何を言ったのか、まるで記憶はなかった。
気付くと翔太は地下鉄で帰宅の途に就いていた。
時間が経つにつれて記憶が徐々に蘇ってくるようだった。
二、三十回面接を受けて一つでも受かれば儲けもの、くらいに気持ちで就職活動に臨もうと思っていたが……こんなことを数十回も繰り返すのならば死んだ方がマシな気がする。本当に。
(俺の何が悪かったのだろうか?)
面接官の切れ者風課長がいかにも悪人面で圧迫面接を楽しんでいる様子だったならば、こちらも敵意を剥き出しにして対抗できたかもしれない。ただ彼は本気で自分のことを憐れんでいるように思えた。なぜ何の縁もない他人にそんな屈辱を味わわせられなければならないのだろう?
そう言えば前の社長にも同様のことを言われた気がする。ということは今回言われたことは客観的事実であるという可能性が高い。
(俺は人間性に問題がある)
そう客観的事実として言葉にしてみたが、その意味はよく分からなかった。ただそれがとても重大な意味を持っていることは何となく理解出来た。
ともかくこれは事実として受け止め、その上でこれからどうするのが最善なのかを考えていかなければならない。
(仮に俺の人間性に問題があるとして、それって俺のせいなのか?)
ふとそんな疑問が浮かんできた。
人間性?性格?そういうものって自分の努力で作れるのだろうか?
もちろん人との接し方で最大限気を付けることは出来る。だが他人が何を考えているか、自分に対してどんな印象を抱いているか正確に知ることは出来ない。
だが一般的に性格が良いと言われる人間というものは、人に良く見られることに全力を傾けている人間ではないだろう。息をするように他人に気を遣える人、気を遣わなくても良い印象を与える人のことを指すだろう。
俺がこれからどれだけ気を遣える人間になって周りからの印象が良くなったとしても、それは本当の良い人間ではない気がする。
もっと子供の頃から自分の人間性を高める努力をしてこなければならなかったのだろか?それに気付き自分の性格を矯正して成功してきた人間も確かに存在するだろう。でもそれに気付けたのって幸運だっただけじゃないのか?俺がそれに気付けなかったのは俺のせいなのだろうか?
その時駅に停車し、車両には大量のサラリーマンが乗り込んできた。時刻は十六時を少し回った頃だった。
皆同じ色のスーツを着用し、同じ顔をした、いつ欠けても替わりの効く紋切り型の人間どもだ。彼らの何人かは地下鉄の座席に座るとノートパソコンを開き、キーボードをカチャカチャ叩き始めた。
(……コイツらの行動ってマジなのかな?)
純粋な疑問として翔太は思った。
まあそりゃあ彼らは忙しいのだろう。でも地下鉄の車両内という公共の場でキーボードをカチャカチャ言わせて叩くのは明らかにやり過ぎだ。周囲の人間に対する『俺様企業戦士は一分一秒を無駄にすることのないように、こうした僅かな移動時間も仕事に励んでいるんだ!お前らみたいな能天気な人間たちとは生きるステージが違うのだから、俺様たちに気を遣え!』というアピールでしかないだろう。
「……プッ」
あまりの馬鹿馬鹿しさに翔太は吹き出してしまった。
目の前に座っていた若いサラリーマンがキーボードを叩く手を止め、翔太をジロリと見る。
翔太と同じくらいの年齢だろう。清潔感を保ちつつも毛先を遊ばした髪型にやや派手なスーツが「仕事も遊びもデキる社会人」を見事に演出しており、とても不快感を覚えた。
(……まあコイツらはコイツらなりに頑張って必死にやってるんだろうけど、こんな滑稽な人種になるなら俺はまともな社会人になんてならなくて良いや)
そう思うと少し気が楽になり、同時に彼に対する憐れみも覚え、少し笑ってしまった。
「…………」
目が合うと彼は翔太を頭の上から爪先まで舐め回すように見ると、鼻で笑いパソコンに目を落とした。その笑い方が過去に味わったどの種類の蔑みとも違い、翔太は血が沸騰しそうになった。
(……こいつは俺の何が分かると思ってるんだ?)
こいつの笑い方は、さっきの切れ者課長や前の社長みたいに、蔑みの中に憐れみが混じるものとは全然違っていた。まるで浮浪者を見るような目付きだった。
なぜ何の面識もない人間に対してそんな目付きが出来るのだろうか?いや、面識がなく今後も一切会うことがないことが分かっているから……とはいえ普通は知らない人間に対してある程度の礼儀を持って接するのではないか?それをしないこいつは異常だろう。激務のサラリーマンともなると基本的な社会性すらも失われるのかもしれない。
すぐに車内には次の駅に到着したことを報せるアナウンスが流れた。
平日の夕方、会社帰りの社会人が乗り込んでくるにはまだ少し早い時間だったが、それでもドアには何人もの乗客が並んでいた。
目の前の例の若いサラリーマンが座席から立ち上がる気配を見せた。意地悪く進路を塞ぐように立ちはだかってやろうかとも考えたが、さすがにそれは大人げないと思い、半身になり彼に進路を譲った。彼の方もほんの軽く……五センチくらいの会釈をして翔太の脇をすり抜けていった。
何かトラブルが起こるかと身構えていた翔太は内心ホッとして、スマホを取り出した。
「……テメェみたいなカスは、臭いから電車乗って来るんじゃねえよ」
後ろから地獄の底から響くような低い声で囁かれ、心臓が止まりそうになった。
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