第5話
翌月の給料日にもまた同じ店に行き、彼女『夏海』を指名した。
一ヶ月経っているので当然自分のことを覚えている訳がないと思っていたが、彼女は翔太のことを覚えていた。ただの営業トークだと信じていなかったが、彼女は翔太の初回の様子を結構詳細に覚えていた。
「え?何で俺のことなんて覚えてるんですか?」
「んー、ちょっと気になったからかな……」
「え?それってどういう意味?ですか」
「あ、気になった?……明らかに挙動不審だったから覚えていただけだよ」
そういうと彼女は悪戯っぽい笑顔を見せた。
「え、マジで!そんなに俺おかしかったかな?」
ここで「ちょっとカッコいいと思ったから」とか言われたら、いくら翔太が童貞でも真に受けて信じはしなかっただろうが、彼女にどう接して良いのか迷ってしまっただろうし、再び彼女に会うことを躊躇ったかもしれない。
前回は一通りの世間話が済むとすぐに身体的接触に移行したわけだが、今回は話が弾んだ。
趣味のこと、好きな音楽のこと、年齢は彼女の方が一つ年上だということも教えてくれたし、出身が隣の県だということも教えてくれた。
話が弾んだことはとても嬉しかった。明らかに二回目となる今日の方が自分でも楽しかったし、彼女の方も自然に接してくれている気がする。女性に対して自然に話すということを翔太はもう諦めていたのだが、彼女と話すうちにまだ自分にもそれが可能だということを発見出来たのが嬉しかった。
今日はもう身体的接触は無くても構わない……いやむしろ無い方が良い!と思っていたところで少し話が途切れた。
「……上、乗って良い?」
……もうその時には翔太の身体はパブロフの犬状態に反応していた。さっき思ったことが嘘ではないのだが、それを伝えられるような……そしてその意志に基づいて行動できるような人間ではなかった。
身体的接触が始まった。前回よりも濃厚に翔太の感じるツボを攻めてくる夏海に、翔太は思わず声を出してしまった。
「……何、今の声?どうしたの?」
そう耳元で囁かれて、翔太は自分の性癖に対する理解を深めた。
「ありがとうございました、またお越しください!」
その日の帰り道も夢見心地だった。
夏海は一月前に一度訪れただけの翔太を覚えていてくれたのだ。
当然今はセクキャバに通う客と嬢の関係に過ぎない。……だけど、真心をもって接すればその関係にも変化が生じるんじゃないか、と翔太は本気で思った。
別にそれが恋として叶うかどうかは問題ではないのだ。この店に再び来ることを何日も前から楽しみにしてきたし、仕事で嫌なことがあっても、この日のことを思えば耐えられた。いや、それどころか最近では、職場のおっさんたちと会話をすること自体もそれほど苦でなくなってきた。会話を楽しむ余裕が出来てきたし、おっさんたちの言い方はキツいがその意図は、翔太のことをしっかりと考えてくれている、ということを理解出来るようになってきていた。
次回の給料日、また来よう!前回よりもそう強く決意する翔太であった。
その後もなんとかして夏海に会う回数を増やせないだろうか?とはずっと考えてはいたが、翔太にその決断は出来なかった。
一回の来店で使うのは一万円に満たない金額だったから、翔太の現在の収入からすればもう二、三回は来れるだけの余裕はあるのだが、そうしないのは元来の慎重な性格のせいなのかもしれない。……いや、翔太は自分がだらしない性格であることを知っており、その点に対して臆病だったという方が正しいかもしれない。一度それを破ってしまえば生活が破綻するほどにのめり込んでしまうのではないか、という恐怖が無意識にあったのだ。
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