第3話
翔太は十六時に起床し十七時に出勤した。いつも通りだ。
職場は自転車で二十分ほどの距離にある印刷工場である。
「おはようございます」
更衣室の扉を開けると中に居た三人のおじさんたちが、チラリと翔太を見て軽く挨拶を返した。
(……また今日もコイツらと一緒の空気を吸わなきゃいけないのか)
職場に到着するまでは良い気分だったが、同僚の顔を見て挨拶を交わしただけで、もう帰りたくなった。
この職場の駄目な所はいっぱいあるが、翔太にとって一番の問題点は若い同僚がいないことだ。二十六歳の翔太が一番若く他は五十代ばかりだった。
おっさんたちとはまるで話が合わないし見ているだけで不快な気持ちになる。いや、五十代おっさん一般と話が合わないのではなく、この職場のおっさんたちが人間としてレベルが低いのだろう。
彼らの話題と言えば、ギャンブルか飲み屋の話か芸能人のスキャンダルの話と相場が決まっていた。翔太は彼らとのコミュニケーションを意識的に最小限にすることに務めていた。
当然、翔太のそうした気持ちは彼らに伝わる。おじさんたちも最初は翔太をなんとか仲間に引き入れようと努力していたが、最近では「あいつは放っておけ」というのが合言葉になってきていた。
十八時から開始された仕事は最初の一時間の作業が終わるとしばらく暇になる。二十時頃から再び忙しくなるのだが、それまでは飯を食ったりしてゆっくり過ごすのが通常の流れだった。
(……しかしコイツら何の為に生きているんだろうな?)
休憩室でテレビを囲み談笑するおじさんたちの輪から外れて翔太は一人スマホをいじっていたが、その目はスマホには向けられておらず彼ら一人一人の様子を観察していた。
今ここに居るおっさんたちは全部で十人ほど。既婚者と独身者とが半々くらいだ。独身者を見れば「そりゃそうだろうな」と思うし、既婚者を見れば「よくアンタと結婚してくれる人間が居たな!」と思うような人間ばかりだった。
「おい大橋、ちょっと確認してきて欲しいんだけどよ……」
「あ、はい」
お前が自分で行けよ、と思ったが当然そんなこと言えるはずもなく、作業場に向かった。
確認するよう頼まれた箇所は特に異常もなかったのですぐに休憩室に戻ると、おっさんたちの談笑の声が廊下にまで漏れてきていた。
「しかし大橋はキツいよな、とにかく暗いし、こっちが気を遣って話してやってもまともに返ってこないしさ」
「だな、これで仕事が出来れば何の問題もないんだけど、話にならないレベルだしな」
「おい、あんまり陰口叩くとなぁ……後ろから刺されるぞ!ああいう何考えてるのか分かんないタイプが一番怒らせたら恐いからな!」
そこで休憩室が軽い笑いに包まれた。
翔太は入るタイミングを見失い廊下に佇んでいた。
(……終いには陰口かよ、ったくどうしようもない人間ばっかりだな)
しかし、彼らの陰口に少なからず翔太がショックを受けたのは、多少なりとも指摘に思い当たるところがあったからだろう。
戻るタイミングを逃した翔太が廊下でまごまごしていると背後から急に声をかけられた。
「お、どうした大橋君?大丈夫か?」
声を掛けてきたのは社長だった。
社長は五十歳を少し越えた年齢。見た目は中にいるおっさんたちと何ら変わらないが、話してみるとやはり社長というだけの器量を感じさせる存在だった。小さな会社なので、面接をしてくれたのも諸々の引き合わせをしてくれたのも社長だった。
「大丈夫です。今ちょっと機械の確認に行ってきたところです。問題ありませんでした。」
「そうか。……どうだ?仕事はもう慣れてきたか?」
「はい、もう慣れてきました」
本当は交代制の勤務体系には全然体が付いていかないし、仕事も大して覚えていないのは中にいる同僚たちが言っていた通りだ。だが、「大丈夫か?」と訊いてくる相手に対して「大丈夫じゃない」と答えられる人間は果たして実在するのだろうか?
「まあ、今居る人間たちは俺も含めてだけど年寄りばっかりだからさ。大橋君みたいな若い人間に、これからの会社は任せていきたいのよ。期待しているから、よろしく頼むよ!」
社長の思いがけない言葉を単純な翔太は文字通りに受け止めた。
「あ、ありがとうございます!頑張ります!」
社長からのお言葉でその日は気持ちよく働けた。同僚のおっさんたちからは相変わらずの評価を受けていることは肌で感じていたが、そんなものは屁でもなかった。
社長の言う通り、会社はゆくゆくは若い人間が担っていくしかない。これはあまりに自明の理だ。そして現状二十代の社員は自分しかおらず、残りは五十代のロートルばかりだ。「お前ら!自分に対する態度に気を付けないとロートルは長く会社に残れないぞ!」という気持ちで仕事を再開してからは、細かなミスを
その日は残業もなく朝五時に帰宅した。暖冬だとか言われるが、朝は寒くまだ陽が上がっていない。
今日は休みなので起きたらあることを実行しようと思う。明日(もう朝なので正確に言えば今日だが)は楽しみだ。
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