第36話 小話

※私の体調が優れないため、思い出した小さな話を綴ります。



1. 笑ってはいけない


仁先輩の提案から始まったゲーム。


掃除用のバケツを用意して、口に水分を含み、笑わないようにするというもの。


しかしこれが本当に難しい。


笑ってはいけないという前提がついてしまうと途端に笑いたくなってしまうため、仁先輩の顔を見て笑いそうになり怒られることもあった。


今日のテーマは気になっていること。


1人が水分を含み、残り2人が質問をする形。


ジャンケンに弱い私は1番最初に水分を含んだ。


さあ、こい!と言わんばかりの視線を仁先輩ときょうこちゃんに送ると、仁先輩が口を開いた。



「奈良と何してんの?いつも」



私はバケツに水を勢いよく吹き出した。


その勢いで入ってはいけないところに水分が入り、むせてしまった。


「まあこれはきょうこちゃんからの攻撃終わりにまとめて聞くわ、きょうこちゃん質問して!」


「え、先輩ガチで鬼畜ですやん。なぎ先輩見て分からんですか。」


「先手必勝。」


私はまた水を含んだ。



「なぎ先輩ごめんなさい。奈良先輩としゅんのすけくんがなぎ先輩のこと好きなのみんな知ってます。」



私はまたバケツに(略)



「ほらーーっ!!だから言ったじゃないですか!!なぎ先輩吹き出すよって!!」


「ここまで分かりやすいのもおもろいな。」


私は咳き込みながら、最適解を頭の中でぐるぐる考えた。


「答えて〜。」


「奈良先輩とは何もしてません。ただ相談に乗ってもらってるだけです。」


「へぇ〜、赤い痕はなんでもないんだ?」


「ええ、いたずら好きな猫にやられただけです。」


「ふーん。じゃあそういうことなんだね。」


「なぎ先輩、2人の男から好かれてますけどどうなんですか!?」


「結論はそう簡単に人に話したくないけど、自論は年上の方がタイプかな。でもだからと言って誰かに特別な想いを抱いてるとかはない。」


「年上がタイプなら、しゅんのすけくんは視野にないってことですか?」


「うーん…そうねえ…まあ究極の2択を迫られたら年上がいいって感じかな。流石に最近のしゅんは調子乗ってるしね。(日曜練習より)」


「ああ、まあ…そうですねえ。」


話が落ち着き、次はきょうこちゃんの番。


きょうこちゃんが水を含んだのを確認し、私が質問した。


「まさ君、きょうこちゃんに対する態度が他より違うみたいよ?」


きょうこちゃんは吹き出すまでは行かないにしても水がちょろちょろと出ていた。


「まさ君と藤ヶ谷太輔ならどっちなん?」


きょうこちゃんはいきなり推しの名前を出されて驚いたのか水を全て出した。


きょうこちゃんは落ち着いて私たちに説明した。


「まさは、優しいだけです。他の人と対応が違うように見えてるだけです!」


「ほーん、じゃあバリサク持ってるまさ君がきょうこちゃんのこと撫でてたあれはなんなん?」


「髪の毛にゴミがついてただけです!!」


「藤ヶ谷太輔に決まってるじゃないですか!何言ってんですか。」


「まさ君に言っちゃおう〜。」


「あいつは知ってますよそんなこと。」


「へぇ〜。」「知ってるんだ〜。」


私と仁先輩に煽られ、耐えきれなくなったのか次に行けと急かした。


仁先輩は普通の水ではなく何故かポカリを含んだ。


まずはきょうこちゃんで様子見と言ったところ。


「先輩、どっちの先輩が良いんですか?」


仁先輩はあさりのようにポカリを吹いた。


耐えてる様子が面白くて、少し深掘り兼仕返しをした。


「好意に気づいてて、答えてあげない先輩も悪よのう…。で、結局どっちなんすか?」


耐えきれず吹き出した仁先輩は、ぷんすこしていた。


「どっちってなんだよ!誰だよどっちって!」


「名前出して良いんですか?」


「やめて。」


きょうこちゃんの攻撃は結構強い。


「好意に気づいてるのに、一方通行は片想いA先輩も片想いB先輩も辛いんとちゃいます?」


「あのなあ、答えを出したら傷つくだろ。」


「女は期待されればされるだけ、見返りを求めて好きでい続けますよ。結果を知るまではまだチャンスがあるって思いますよ多分。」


「それを言ったら、神奈川ちゃんだって同じことしてるだろ。奈良としゅんのすけくんどっちなんだよ。」


「私はもうお互い確認してあるんで。教えませんけど。」


「へぇ〜“いたずら好きの猫“は可愛いの?」


「私にだけデレるので可愛いですよ。」


「ほーん。へぇ〜。」


「A先輩もB先輩も片想いしてるからこそ私という第三勢力が怖くて変なことしてくるんじゃないですか。それに対して奈良先輩としゅんは気づいてて助けてくれてるだけなんですよ。」


「それは、ほんとごめん。」


「部内の雰囲気もあるから、今すぐとは言いませんけど、A先輩もB先輩も泣いてるのはもう見たくないんで。」


「神奈川ちゃんは泣いたの?」


「さあ?猫のみぞ知るんじゃないですか?知らんけど。」



きょうこちゃんは私と仁先輩のラリーについていけず、あわあわしていた。


気がついたらパート練習の時間は終わっていて、片付けるのもやっとだった。



2. 不穏


2人の時間に私は気になっていたことを伝えた。


「奈良先輩、元カノはどんな人ですか?」


明らかに動揺している奈良先輩は、コードブルーの藍沢先生のように指を擦っていた。


「別に怒んないから教えてください。」


「いや、だって前の女の話だぞ。」


「ああ、じゃあやっぱ元カノは居たんですね。」


「うわ、やられた。」


「どんな人?」


「君が一番嫌うタイプの女だよ、多分。」


「じゃあなんで私?」


「現実を見たら余計に分かるだろ、誰が良い人かとか。」


「あんな大人なことを私にしてくるってことは、そういうことですよね〜。」


「目的が違うけどな。」


「身体っすか。」


「君に対しては身体は求めてません。」


「仮に君に対して身体を求めてたら、まな板はな…って感じだろ。」


「うわ〜。まな板はだめっすか。」


「君なら別にまな板だろうがそうじゃなかろうがどうでもいい。」


「ってことは元カノの身体見たんだ、大人〜。」


「あんまり煽るようなら、手出すけど。」


「ごめんなさい。」


「謝られても手は出します。」


「手加減してください。」


「無理です。」


先輩に前の女がいようがいなかろうが気にしない、と思ってた。


それでもやっぱり、この優しい手で触れたと思うとなんかもやもやするし、あんな優しい目を向けていた事実に対して少し寂しさも感じた。


元カノとしたようなことは多分しない。それは私の身体を思ってくれているから。

それでも元カノより重く愛されたいと思ってしまう私がいた。


「ねえ、先輩。先輩は“いたずら好きの猫“なんですよ。」


「ふーん、じゃあお言葉に甘えるわ。」


赤い痕の数は2つ。

それでもいつもより痛みを感じ、濃い色だったのは気のせいじゃないと思った。


「まな板から昇格したら教えますね。」


「見たら分かるから良い。」


「経験者は語る(笑)。」


「はいはい。」


もう一つ痕が増えた。

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