第35話 日曜練習
毎週ではないが、たまに日曜日にも部活があるときがある。
私は、日曜日は朝5:30からテニスの練習があり、終わり次第制服に着替えて学校に向かっていた。
もちろん同じテニスクラブのしゅんのすけも一緒に練習をして、その後部活である。
しかし、しゅんはすごかった。
テニスの練習が終わり、自宅に戻ってシャワーを浴び、ワックスで髪の毛をいい感じにスタイリングしてから来る。
もちろん遅刻か未遂。
3年生は「しゅんは、なんで土曜は遅刻しないのに日曜は遅刻するのか」と疑問に感じていたらしい。
私がしゅんと同じテニスクラブであることがバレているため、余計に彼の遅刻が目立つ。
とはいえ、私からしゅんを裏切ることはデメリットしかないと分かっていたため、絶対に口を開かなかった。
3年のガチ勢から聞かれても、知らぬ存ぜぬを突き通し、同期に聞かれても知らぬ存ぜぬを突き通した。
そのうち、本当に私としゅんは同じテニスクラブなのか、あいつらは二人でなにか違うことをしているのではないか、と噂が立った。
否定して回っても、彼が遅刻することに対していけないことだという意識がなければ信じてもらえない。
しゅんは悪いことをしているという意識がない。だから余計に困る。
私から注意したところで聞くわけない。
日曜練習の日は毎回嫌な気持ちだった。
テニスサボって部活優先しようかな?と何度も思った。
それでもサボったらテニスの先輩に会えない…と力を振り絞って練習していた。
ある日、テニス練習の後片付けに時間がかかり間に合いそうにない日があった。
車の中で朝ごはんを食べ、ジャージから制服に着替え、部活の持ち物を確認して直行した。
結果はギリギリだった。
パーカスの前のチューバの点呼中に部室に入れた。
私は1階から3階まで階段を全力で駆け上がり、息が切れていた。
「…っはっ…はい…っ」
ぜーはーぜーはーしながらなんとか返事を返した。
点呼が終わり顧問と部長の話が終わり、パート練習に分かれるように全員が動いている中、やつは悪びれもなくやってきた。
「遅れてすみません~。」
夏なのにまるで冷凍庫にいるような気持ちだった。
ガチ勢先輩がしゅんに詰め寄った。
「あんた、日曜何してんの?毎回毎回遅刻して。」
「いや、その…。」
「部活なめてもらっちゃ困るんだけど。」
「今日はほんとに理由が…。」
「じゃあ今までの日曜の遅刻は何?」
「いやそれも…。」
しゅんは見たことのないくらい怯え、いつもの私に対するなめた態度は消えていた。
相手が女性ということもあり、きっと彼は強く言えないのだろう。
この場で面倒なことは全部さらけ出して、膿を出すか…と私は動いた。
「ガチ先輩、今日は本当に忙しかったんです。私もしゅんのすけくんと同じテニスクラブで練習していますが、今日は後片付けに時間がかかり、私も遅刻ギリギリでした。」
「神奈川ちゃん、じゃあ聞くけどいつもの日曜練習は?」
「それは、彼が彼自身で決めて行動していることです。」
「内容はなんなの?」
「練習終わりにシャワーを浴びて、髪の毛を整えたりしています。彼はそれを悪いことだと思っていません。」
「はあ?部活に遅刻することよりその内容の方が大切なわけ?」
「私は、ガチ先輩の気持ちも彼の気持ちも分かります。」
「どういうこと?」
「部活に遅刻することで他の人にどれだけ迷惑をかけるのか、ルールを守れないことに対してイラつく気持ち、それらは先輩方の気持ちだと思います。」
「…。」
「逆に彼は、私と違って思春期の男の子です。汗のままの髪の毛で部活に行くのが苦痛なのではないでしょうか。」
「…。」
「先輩方も髪形や制服に気を使うように、彼も思春期で異性の先輩方に変だと思われたくなかったんですよ、ね?しゅん。」
「そうです。ガチ先輩たち可愛いから、変な風に見られたくなくて…。」
「…理由は分かったけど、遅刻を繰り返しするのはルールを守れない人だとこちらも考える。だから、せめて遅刻はしてはいけないことだと自覚して。今日の神奈川ちゃんは汗だくで、息を切らしながら点呼に出ていたわ。そのくらいの気持ちでいなさい。」
「はい…。すみませんでした…。」
「私の方からも、しゅんがご迷惑をおかけしました。」
空気は元に戻り、しゅんは落ち込みながら私の方に視線を向けた。
さながら叱られた子犬のようで、可愛かった。
「これからは見た目じゃなくて中身を綺麗にしな。」
しゅんの髪の毛を崩さない程度に頭を撫でて、ぽんぽんした。
「なぎさん…ごめんなさい。巻き込んで。」
「俺、そんなつもりなかったんです。」
「私はしゅんの気持ちも分かる、少しね。だけど、3年生からしたら最後の夏コンなのに毎回遅刻してくる人はやっぱり嫌な気持ちになると思う。」
「ごめんなさい…。」
彼はうつむき、落ち込んでいた。
このままでは彼は今日の練習の時間を何もできずに終えてしまうだろう。
それは先輩や1年にいい影響をもたらさない。
私はしゅんの頭を撫でることをやめて、背中をぽんぽんした。
「せっかくかっこよくしたんでしょ?テニスの時のなめた態度はどこに行ったの?」
「でも…。」
「もう~!でもじゃない!私は巻き込まれて正直面倒だったけど、今ここで解決したんだからそれでいいって思ってる!」
「俺のこと…。」
彼は可愛い目つきで私を見つめた。
身長差があるため、私が上目遣いになってしまった。
イケメンは泣いていても絵になるわこりゃあ…と思いながら答えた。
「嫌いになりません。こんなんで嫌ってたらもうすでに嫌ってるって。それに、私にはなめた態度できるってことは人を見る目があるんじゃん。それを有効活用しな。」
しゅんは私に近づいた。
それを仁先輩が止めた。
「仲がいいのは良いことだけど、ここ部室だから。あと、一応言っておくけど奈良見てるよ。」
おおっとこれはまずいことになりそう…。
「神奈川ちゃん、パート練しよう。しゅんのすけくんは奈良んとこ行きな。」
「はーい。」
「…はい。」
「もう!しゃきっとしな!今日ここで気づけたしゅんはかっこいいんだから!」
「…なぎさん…!」
「ほら、行きな。」
「はい!」
しゅんの顔に笑顔が戻った。
奈良先輩の顔は真顔だった。
きっとこれは後で倉庫だろうな…と思いながらパート練習を始めた。
私の首筋には2つの赤い痕が残った。
消えるまで時間がかかりそうだ、と私は嬉しいような困るような気持ちだった。
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