第33話 相談係
私はなんやかんやで結局、1年生や3年生の悩みを聞く相談役のポジションを確立した。
内容は恋愛から進路、友人関係、部活のことなど様々だった。
相談してくれる人と私の中で、ある約束があった。
『1. 秘密厳守:相談する分には構わないが、お互いに相談があったことは誰にも言わないこと。
2. 深入りしない:私はあくまで聞いて、現段階での解決策やアドバイスを提案するのみで、それ以上のことはしない。
3. 決断は相談する人自身で:私に責任を押し付けない。それがどんな結果であろうとも。決断したことは自分でけじめをつけること。
4. 私の立場が危うくなるようなことは絶対にしない:部員同士の争いや、男女関係のもつれで私をお互いの矛や盾に使わない。』
1年生からは毎日のように来る相談、3年生からは大体時期が読めたころに来る相談。
どんな内容でも私は相手の目を見て聞いていた。
すると、ある日を境に私は自分で自分のことを傷つけるようになった。
腕を千切りにし、ご飯をまともに食べない生活になった。
担任や両親にすぐにバレて、そのまま病院送りだった。
原因はいじめのストレスが元々あるところに、相談のストレスが重なったことだろうとお医者さんは言っていた。
私は、毎日を生きることで精いっぱいで部活のない日は地獄のような生活をしていた。
部活がある日は、体力的にはしんどいが精神的には奈良先輩と関われることもあり少しマシだった。
しかし、だれにもリスカや拒食・嘔吐のことなどは言えないため、私は今まで通り学生生活を過ごしていた。
その頃になると、もう涙は出なかった。泣きたくても泣けない、泣こうとも思わない、ただ毎日死ぬことを考えていた。
それでも外面女王の名をほしいままにする私は、誰にもバレないようにしていたつもりだった。
ある日の部活で、私はリスカをしたいという欲求にかられた。もちろん学校でそんなことしたら一気に人生が終わる。それが嫌で、適当な理由をつけて倉庫に逃げた。
しっかり扉を閉めて、座り込み、傷を見つめた。
傷から血を出そうと、私はリスカの痕をかきむしった。
皮膚と言うものは強いもので、たかがひっかいただけじゃ流血などしない。
それに納得できない私は、無我夢中でかきむしった。
カッターなどの刃物は、没収されていて必要時に借りて即返すように決まっていたこともあり余計につらかった。
私はふと思い出した。
名札は安全ピンで出来ている、針の先でリスカもどきができる、と。
早速私は、胸についている名札を取り、安全ピンの針を自分の腕に刺した。
痛みはカッターより少なく、血液検査の時とあまり変わらない。
止まらないリスカもどきは、私の腕を赤くした。
「なぎ!!なにやってんだ!」
急に背後から声がし、リスカもどきをしている腕ごと包み込まれた。
声の主は、奈良先輩だった。
私の行動を止めるために、奈良先輩は傷がついているほうの腕を後ろにやり、安全ピンを持っている方を丸ごと包み込んだ。
安全ピンはしっかりと針が奈良先輩のてのひらに刺さっていた。
「え…、先輩の手、針…。」
「…なんでそんなんになるまで言わなかったんだ。」
「先輩、針刺さってる…。手、離して。」
「俺の手のひらなんていいんだ。俺の質問に答えて。」
「答えない。だから離して。」
奈良先輩のてのひらにかかる力が強くなり、奈良先輩のてのひらから血が垂れた。
「先輩、血出てます。ほんとに離して。」
「じゃあ答えろよ。」
「答えるから離して!!!!」
私は涙声で言うと、先輩は手を離してそのまま後ろから包み込んでくれた。
「慣れてると思ってたんです。いじめに。」
「頼ってもらえることが嬉しくて、色んな人から相談受けていたんです。」
「いつのまにか、こうなってました。」
「でも、もう自分じゃ止められなくて。」
「そのまま、病院送りです。笑っちゃいますよね、相談受けてる人が病院送りだなんて。お前が大変だろって感じですよね。」
「カッターは没収されてて、もう安全ピンしかなかったんです。」
「いつだって死にたくて、毎日眠れない日々ですし。」
私は、相談の内容や誰からだったのかは言わずに、事実だけを話した。
先輩の包み込む力は強くなり、少し苦しいくらいだった。
「…なんで言ってくれなかった。」
「奈良先輩にバレたくなかったから。」
「俺にバレたくない理由って何。」
「奈良先輩に会うことだけが生きがいの状態で、奈良先輩にバレてそれもできなくなったらって考えると話すなんて考えは思いつきませんでした。」
「…俺はなぎが傷ついてるのを知らない方がつらいって。」
「そんな状態なら、言ってくれれば部活以外でも会うことだってできただろ…。」
「そうやって、私のせいで迷惑かけたくないんです。先輩は優しいから、話したら会えなくなるか会う時間を無理にでも作って自分を犠牲にしちゃうと思って。」
「なぎに会う時間は迷惑でもなければ自分を犠牲にしてるなんて思ったことない。」
「好きな人のことを困らせることなんてしたくなかったんです。」
「俺は好きな人が一人で苦しんでる方が困る。」
先輩は私の両肩を掴んで、私の身体を反転させた。
そのまま抱きしめて、先輩は力を込めた。
「もう、無理しないで。お願いだから。好きな女が1人で苦しんで泣いて自分を傷つけてるところに気づけないなんて悲しいだろ。」
先輩の速い鼓動が伝わり、とても心配をかけてしまったと罪悪感にかられた。
私は手に持っていた安全ピンを床に置いて、先輩の背中に手を回した。
「先輩、ごめんなさい。絶対しないなんて言えないけど、辛くなったら先輩に言う。」
「ここまでくると、心配だからなぎと一緒にいたい。ほんとは。」
「先輩と一緒にいられたらいいのにってずっと思ってた。」
「子どもだから、なんにもしてやれなくてごめんな。」
「今こうしてくれてるだけでも、私は嬉しい。」
「こんなんで嬉しいなら、毎日するわ。」
先輩は私を軽く離して、私のあごに手を添えた。
「目瞑って。」
きっとこれはそういうことだ、と私は緊張して目を瞑るどころか身体全体に力を込めた。
「力抜いて。」
そんなこと無理だろ、と私は先輩のシャツを掴んだ。
私は初めて男性とキスをした。
どうしたらいいのか全く分からない状況で、私は身体が緊張し息も止めていた。
「息、止めないで。」
唇をふさがれていてどうやって息をするのか分からない私は余計に混乱した。
もう限界、と私は先輩のシャツを掴んで胸元を叩いた。
少し唇が離れた隙に呼吸をしようと思ったら、もっと優しいキスがきた。
よく分からない気持ちと、先輩の優しさが伝わって、もうどうしようもなかった。
「もっとする…?」
先輩が聞いてきた。大人すぎて、きっと先輩には元カノがいたのだろうと思った。
「しない…。」
これ以上はきっと戻れなくなる、これ以上したらほんとうにずっと一緒にいたくなる、だから断った。
「もう1回だけさせて。」
優しい声で言われて、断る理由も言えなくて。
そのまま私は最後の1回を受け入れた。
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