第32話 火星

今まで男子部員は、奈良先輩と仁先輩、しゅんとまさ君が出てきていたが、忘れてはならない1人がいる。


フルート1年のれい君(仮名)である。


まさ君がおおらか、しゅんがイケイケならば、れい君はほんわかである。


私と同じくらいの身長で、顔はとてもかわいい。


とにかくかわいい。


そのため私は、れい君のことをかわいいかわいいと言っていた。


れい君も心の底から嫌なわけではなく、男だからかわいいよりかっこいいの方がいいらしく、私は力仕事をしているれい君に声をかけたこともある。


「れいちゃん、いつもかわいいけど今日はかっこいいね。ギャップ!」


「ほんとですか~?」


可愛いと言った時の反応の2倍ほどの笑みを浮かべて、とても嬉しそうにこちらを見るれい君は、とてもかわいい。天使で本当に癒しである。


ちょうど2人で楽器の手入れをしている時だったこともあり、同じ身長なのに力強いなあなんて感心してしまった。


「れいちゃん、可愛いけどやっぱ男の子だね。私より力強くていつも頼ってごめんね。」


「なぎ先輩何言ってんですか。僕、空手で段持ってますよ?」


そういえば、自己紹介してくれた時にそんなことを言っていたような…と頭の中を整理していたら、れい君が提案をしてくれた。


「なぎ先輩、手貸して!」


絶対手が死ぬ…と手を差し出すか悩んでいた時、れい君は笑いながら工具を床において手をこちらに差し出した。


「腕相撲、しましょう。」


「え、瞬殺で死ぬやつですやん、私の腕壊れない?」


「大丈夫ですよ、ハンデつけましょう。」


そう言いながらてきぱきと、タオルを床に敷き、私に優しい腕相撲リングを作るれい君。


「いや、さすがにこれは私の力なめすぎてない?」


れい君は私の腕がつく床にはタオルを何枚も重ね、簡易マットを作り、れい君の負けとなる方に既に腕が落とされている。れい君の負けまであと5センチと言ったところだろう。


「ははっ、なぎ先輩なめてませんよ。これでも先輩の腕壊さないようにって僕思ってるんですから!」


「一応パーカスゴリラと呼ばれる私の力を見せつけてくれるわ!」


私のコールで始めていいというハンデももらい、腕相撲は始まった。


先手必勝だろ、と一気にれい君の腕に力を加えた。がしかし全く動かない。


私は驚いてれい君に視線を向けると、余裕綽々な表情。


「いいんだよ、力を入れても…(?)」


「なぎ先輩、さっきの捨て台詞の勢いはどうしたんですか?」


「煽りやがってっ…。」


腕がプルプルと振動を始め、これはもう力が入らないと察した瞬間にれい君は口を開いた。


「先輩、よく頑張ったね。」


そのまま1秒もかからないくらいのスピードで、私は負けた。


「負けたわ~!悔しい~!」


私は床に寝転んだ。


「だから言ったじゃないですか、僕も男だって。」


「可愛い~~。ギャップだわ…。」


隣に視線を向けると、れい君も寝転んでいた。


「手、つないだままだったね!ごめん!」


私は手を離そうとした。

しかし、れい君は離させてくれなかった。


「ごめんて~。もう可愛いって言わんから…。」


「そのうち先輩より大きくなりますよ。」


「それは良いことですね、後輩が成長することは良いことですよ。」


「れいちゃん、でもいいですけど、そろそろれい君にしてもらえませんか?」


「れいちゃんは嫌?」


「仲いい感じはあるけど、僕も男なんでね。」


「じゃあ、れい君って呼ぶよ。」


れい君は納得したかのように優しく手を離し、話を進めた。


「先輩、仁先輩と両想いって本当ですか?」


?????????

頭の中に宇宙猫とチベットスナギツネが出てきてしまった。


「ごめん、1ミリもそういうことはないんだけど、それどこから聞いたの?」


「え、1年女子の中で話題です。ってか部員はみんなそう思ってるんじゃないですか?」


「んん~~~~?????」


私は仁先輩に恋愛感情を抱いたことは1度もなく、尊敬する先輩として一緒にいるだけで、何かあったとかそのようなことも一切ない。


「仁先輩がなぎ先輩のこと可愛いって言ったり、なぎ先輩が仁先輩のことかっこいいって言ったりしてるって。」


「ああ~、うん、まあそうね。」


そんなの私が1年の時の話やんけ。

それに、ドラムしている姿はかっこいいって言っただけで恋愛としてのかっこいいじゃないって誤解を解いたはずなのに…。

確かに可愛いと言われたこともあったような気がするが、生意気だと言われることの方が多いくらいだから覚えてない。


「とにかく、私は仁先輩のこと恋愛感情で見たことありません。なんなら、奈良先輩の方が恋愛対象としてはタイプです。って噂流しといて。あと年上が好みってことも。」


「いいんですか?奈良先輩巻き込んでますけど。」


「あとで私からお願いと謝罪する。」


「じゃあ、とりあえず口の軽そうな子に話しておきますね。」


おお~分かってはいたけど意外に毒舌なんだよな。


奈良先輩に、心の中で謝罪をしていると、部室の扉が開いた。


「れい君と神奈川ちゃん、2人でなにしてんの~~?」


仁先輩だった。


タイミング悪すぎだろ、とれい君と笑いあった。


「世間話ですよ。」


「ほんとに~?れい君。」


「ほんとですよ!力がいる作業だったんで疲れたねって。」


「じゃあなんでこんなにタオルが綺麗に積みあがってるわけ?」


やっべえ、腕相撲のリング片付けるの忘れてたわ…と説明と言う名の言い訳を考えていると、れい君が答えた。


「腕相撲してました!!」


うわあ、君の笑顔がこれほどまでにまぶしく見えるのは初めてだよ…。


「力仕事の最中に、腕相撲?ふーん。」


やばいこれは…仁先輩怒ると怖いんだよな…。


「そんな楽しそうなことなんで俺も混ぜないんだよ!!」


「は?」


「俺はタオルのハンデなどいらぬ、さあれい君、勝負だ!」


??????

宇宙猫とチベスナで混乱しているとれい君はタオルを投げて、仁先輩を手を組んだ。


「神奈川ちゃん、早く!」


「仁先輩、これは本気ですから。」


「俺も空手してたんだよね?」


「知ってますよ?」


「生意気な…!」


一触即発な雰囲気に負けそうになりながら、私はスタートコールをした。


とても熱い試合展開が繰り広げられ、お互いに譲らず、スタートの時の姿勢から何か変わったのかを探す方が大変なほどだった。


「…、あの…まだ結果出ないんですか?」


「これは本気だから。」


「なぎ先輩、ほっといてください。」


漢の勝負ってやつなのかしら…、と放っておくことにした私は本来の作業である楽器の手入れを再開した。


夢中で乾いた布で拭いていると、汚れが出てきて止まらなかった。


大切な楽器だ、綺麗にせねばと腕相撲のことなんか忘れて拭いていた。


いつのまにか、2試合目だか3試合目が始まっているらしく、これはもうリーサルウェポンを召喚かな?と思い、声をかけに行った。


「奈良先輩、(略)。お願いいいですか?」


「分かった。」


その一言で、サックスをしゅんに預けて私と一緒に部室に向かった。


「ねえ、もしかして君も腕相撲したの?」


「まあ、瞬殺でしたけどね。」


私の腕をつかむと、ため息と同時に優しくなでられた。


「大切な手首なんだから。男相手に腕相撲なんてやったらダメだって。」


「れい君かわいいから…。それにハンデくれたし…。」


「それで君の手首怪我したら、れい君は罪悪感でいっぱいだぞ。」


「そこまで考えてなかったです…ごめんなさい。」


「それに、れい君のこと可愛がりすぎ。」


「そうかなあ。」


「れい君は可愛いけど、男だから。」


「さっきの腕相撲で分かったんで…。」


部室に向かう途中で、倉庫に入り、少し話すことになった。


「君さあ、もしかしてその服装で腕相撲したの?」


「はい!」


「さすがに胸元緩すぎない?」


自分の胸元に目を向けると、そこには広いまな板が広がっていた。


「それはあの、大きさの話ですか…?」


「違うわ。リボンは外してるわボタンも外して、胸元見えそうなんだって。」


「見えるほど大きくないんで…。」


「そうじゃない。見えそうな服装なのがやばいんだって。」


「じゃあ、先輩リボン結んでください。」


スカートのポケットの中からリボンを取り出し、奈良先輩に渡した。


慣れた手つきでリボンを回して、結んでいる先輩の手はとても綺麗だった。


「先輩は大きい方がいいんですか?」


「何言ってんの。」


「1年にも負けるこの大きさじゃ、ダメなんですか?」


「大きさじゃないだろ。」


結び終えると同時に、ボタンもしっかりと留められた。


「相手のことを好きかどうかだろそんなの。」


「ふーん。クラスの男子とは違って大人ですね。」


「そいつらは猿だ猿。人間じゃない。」


「じゃあ先輩は?」


「君の前で人間でいるつもりだけど実はそうじゃないかもな。」


「猿より猫の方が可愛いですよ。」


「猫は噛みつくけどいいのか。」


「いいですよ~。」



首元に痛みが走って、思わず声が漏れた。


「痛っ。先輩、なにするんですか!」


「猫なんだろ。」


「ほんとにかまれると思わなかった!」


「あと1回。」


「痛いのは嫌~。」


「分かってる。」


今度は優しかった。


「髪の毛降ろして。」


「なんでですか?」


「俺が仁たちに話してる間に、鏡で見てきな。」


そういうと、奈良先輩は部室に入っていった。


水道に行き、鏡を見ると、首元に小さな赤い痕。


「な、なんじゃこりゃああっ!!!」


思わず出てしまった大きな声。


だれか来たらこれはやばいことになる、と髪の毛を降ろしてなんとか隠した。



その日の夜、母親に女としての話をされた理由を理解したのは寝る前のネットサーフィンをしている時だった。


『キスマーク』


『キスマークは独占欲と愛の表現』



これがキスマークなんだ…と奈良先輩の大人な雰囲気を思い出して恥ずかしくなった。


消えるまで、髪の毛は降ろしていたことは言うまでもない。

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