第31話 視力
私は視力がそこまでよくない。
でも、ギリギリ眼鏡なしでなんとかできるレベルだった。
しかし、2年前期期末試験が近づき、だんだんと黒板が見えなくなり勉学に支障が出た。
加えて、今回の前期期末は両親からあるものが課せられていた。
『なぎさ、5教科で430点超えたらスマホ検討』
私はスマホが欲しくてほしくてたまらなかった。持っているのは父親のおさがりiPodtouchで、電話もできなければWi-Fi環境下でなければただの板である。
ここしかスマホチャンスはないと発破をかけられ、授業はもちろん自宅学習にも力を入れた。
「な、なぎさ~、発破かけたのはごめんだけど、そろそろ寝たらどうかなあ?(深夜1:00)」
「何言ってんの?父さん。私はスマホが欲しいんだよ。」
「なぎ!いい加減に寝なさい!勉強なんてしなくていい!余計に頭おかしくなる!(深夜12:00)」
「何言ってんの?母さん。(以下略)」
「父さんと母さん、そこまで本気だと思ってなかったんだよ…。(深夜1:30)」
「え?約束したでしょ?父さん。」
毎晩のように深夜に繰り広げられる心配する両親と勉強したい私の攻防。
すると、視力が見る見るうちに下がり、眼鏡が必要になった。
勉学のため、とすぐに眼鏡を購入し、私は学校でもつけるようになった。
授業以外は必要ないため、基本外していた。
もちろん部活の時も動くのに邪魔だろうと思い、つけていなかった。
ある日私は何も考えずに部活に向かった。
先輩達には挨拶をし、後輩にも挨拶をする。
でもなぜかみんな反応が変。
「え、私なんかやらかしたんか…。」
心当たりしかない私は、髪の色なのかリボンを外して第一ボタンを外していたりスカートを切ってることなのかどのことなのか分からなかった。
心にもやもやを感じたまま部活は始まり、パート練習もつつがなく終わり、合わせまで暇になった。
それでもみんななぜか私を見る目がいつもより変で、特にしゅんと奈良先輩は意味が分からないほどに不機嫌だった。
何か私に不満があるなら直接言えよ、だから田舎はクソなんだよ…と心の中で悪態をつきながら、リフレッシュ目的でいつものように楽器倉庫に向かおうとした。
靴を履くのが面倒だった私は靴下のまま、部室を出て、倉庫に向かった。
「あ、奈良先輩たちだ。」
しゅんと笑っている奈良先輩はとてもかっこよく可愛くて、どうして今日は私にはその笑顔を見せてくれないの?と嫌な気持ちになった。
私に気が付いたのか、しゅんが駆け寄ってくる。
「なぎさん。」
「何?」
「言いたいことがあるならはっきり言えば?」
いつもより低い声で私はしゅんに話すと、奈良先輩がやってきた。
「ちょっと、おいで。」
「しゅん、呼ばれてるよ。」
「いや、神奈川ちゃんだよ。」
「え?」
「しゅんのすけくん、適当にパーカスとやってて。ちょっと神奈川ちゃん借りる。」
「了解です。」
「え?私の話聞いてる?しゅん?しゅ~ん?」
しゅんは部室に入っていった。
奈良先輩は私を強制連行のような形で楽器倉庫に運んだ。
「今日、みんな変です。私一人なんか剣山されてます。」
「普段と変わらず、挨拶も練習もしてるのに。」
奈良先輩は黙ったまま私の顔に手を近づけた。
顔も近くなり、越えてはならない線を越えるのか?と不安になった。
私を見つめる奈良先輩の目は何とも言えない雰囲気で、私も声を出すことができなかった。
奈良先輩の顔がだんだん近づくにつれて、手もするすると動き、きっとそういう感じなんだろうと思い目を閉じた。
すると、耳元で奈良先輩が囁いた。
「眼鏡、外し忘れてる。」
「!?!?」
先輩は、私の眼鏡を外し、目を開けるように言った。
「もしかして、みんな眼鏡のせいで…?」
「そう。見た目が変わったから何かあったんじゃないかって話になってた。」
「君は髪を染めてスカートは短い、その上リボンは適当で第一ボタンは外してる。そんな女の子が急に眼鏡し始めたらそりゃみんな何があったんだってなる。」
眼鏡の外し忘れが原因か…と少し安心したともに、そんなことで態度を変える部員に少し嫌な気持ちになった。
「言ってくださいよ。みんな今日は私のこと腫れ物に触れるように扱って、私怖かった。」
「特に先輩としゅんがめっちゃ機嫌悪くて、私なんかやらかしたんかと思ってほんとに不安だったんですよ。」
「先輩としゅんでいるときは先輩笑ってるのに、今日先輩私の前では笑ってくれなかった。」
私は先輩から嫌われたりしたわけではないことに安心し、涙を流してしまった。
「…ごめん。よほどのことがあったのかと思って、聞くに聞けなかったんだ。」
先輩は私の眼鏡を胸ポケットにしまい、頭をなでてくれた。
うつむきながら涙をぐしぐしと手で押さえる私の背中をぽんぽんしてくれた。
「先輩だって眼鏡じゃん。」
「俺は、いつもつけてるから。」
「とっていい?」
「いいよ。」
私は奈良先輩の眼鏡を外した。
整った顔が目の前にあり、私は慌ててしまった。
「変?」
「いや、あのかっこいいなと…。」
「反応が、いつもの君じゃないね。」
「こっち見ないでください。」
「なんで?」
私はきっとされるであろうことを想像して、こんなかっこいい人が…と勝手に1人恥ずかしくなり、顔をそむけた。
「俺の眼鏡、貸して。」
「え、はい。」
先輩の眼鏡を返すと、先輩は私の眼鏡同様、胸ポケットにしまった。
先輩は三つ編みをかき分け、首元に手を添えた。
「こっち見て。ねえ、さっきなんで目瞑ったの?」
それ聞くか…先輩…絶対分かってて聞いてるやつやん…と目線を逸らそうとすると先輩の手が顔に添えられた。
「わざとですよね、その質問。」
「何言ってんのか分かんない。」
「してくれないなら、眼鏡返してください。」
発破をかける私に、先輩は一瞬戸惑いながら眼鏡を返してくれた。
「多分、止められないから返す。」
私は、返されたことに少し寂しさを感じてつぶやいた。
「…止められるもん私。」
先輩は深いため息をした後に、私に返したはずの眼鏡を奪い、胸ポケットにしまった。そして、三つ編みをほどいた。
「俺、知らないから。」
「そんなんじゃ俺からはできないって。」
いつもされている首筋へのキスなのに、初めての感覚に戸惑い、私は床にへたり込んだ。
「そんな可愛い声出すな。」
先輩は、線を越えないように首へのキスだけを続けた。
「もう無理です…。」
先輩の身体を手で軽くたたくと、先輩はキスをやめた。
「だから言ったじゃん。俺知らないよって。」
「こんなの分かんないもん。」
「絶対、こんなこと他の奴にさせるなよ。」
「先輩以外はみんなじゃがいもだもん。」
「手出されそうになったら、ちゃんと逃げろよ。」
「今も逃げるべきですか?」
先輩の返事は優しかった。
「このまま俺に手を出されて。」
再開された首筋へのキスは優しくて、中学生の私には刺激が強かった。
それでも絶対に唇にはしない先輩の気持ちも伝わって、私はそんな配慮にも嬉しさを感じた。
してはいけないことをしてはいけない場所でしている背徳感と、経験したことのない気持ちで頭はいっぱい。
「今日も、一緒に帰りたいです…。」
「俺も。」
その日の帰り道は、お互い少し距離をあけて帰った。
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