第30話 夏コン
例年通り、夏コンの時期が来た。
1年はスタメン入りできない人がほとんどだが、ごくたまに出られる人がいる。
それは、パーカスの足りない人員埋めとして出てもらうことである。
パーカスは3年1人2年1人1年1人の3人で、たくさんの楽器を回さなければならない。
しかし、何をどう考えても足りない場合がある。
例えば、1人がティンパニーについたら、もうその人はティンパニーしかできないのである。
残った鍵盤楽器・スネアドラム・小物楽器を2人で掛け持つのには、1年のスキルも足りなければ人数も足りない。私が100%の力で鍵盤楽器と小物楽器を掛け持ちしたとしても、スネアドラムを1年にやらせるのは多少リスキーだったりする。
そのようなことを顧問も私たちパーカスも考えていた。
手伝いに駆り出された、他のパートの1年生はとても良い子たちで教えることに苦労はしなかった。
とはいえ、パート割は明らかにスキル別になっていて、負担は相当なものだった。
仁先輩はティンパニーにつき、残りは私ときょうこちゃん、1年生で分ける。
私は鍵盤楽器と小物楽器を担当し、きょうこちゃんはシンバルやバスドラム担当、ヘルプの子たちは小物楽器である。
ティンパニーは仁先輩の得意分野のため、基本放置で良かった。
他は全て私にまわってきた。
きょうこちゃんには打楽器すべての演奏法から名前・取り扱い方などを教えた。
ヘルプの子には、パーカスの楽譜の読み方から楽器の名前、演奏方法などを教えた。
パーカスは音程がなく、リズムを刻むようなものが多く、合わせの練習はとてもじゃないけど慣れていないとできないもので、経験しているのは私と仁先輩。
この状況で、それをヘルプの子に求めるのは鬼畜だろう。
しかし、教えることは苦ではないものの、人間関係が苦だった。
しゅんのことがまだ残り、それはそれは大変だった。
ヘルプの子がしゅんのことを好きな子ではなくて安心するほどだった。
夏コンの練習の時期は1年は本当に大変だと思う。
私はスタメンだったこともあり、夏コンの練習が楽器の基礎練習や応用につながっていたが、それ以外のパートの子は本当に大変だろう。
この頃になると、奈良先輩と2人きりになる機会も減り、帰宅時もまさ君としゅん、奈良先輩が家まで私を送るくらいだった。
(この4人は小学校で同じ区・家がかなり近い・帰り道がほぼ同じ)
とはいえ、しゅんと奈良先輩、私は何もないとは言えないため、まさ君には申し訳ないことをしたと思う。
ここまで読んでくださる方は、体育の後にシーブリーズを使った経験はあるだろうか。
私も使わざるを得ない状況になり、嫌々ながらも一番好きな香りを買い、使っていた。
優しめのせっけんの香りで、周りの女子はフローラル系。
もちろん男子も使っていて、教室は逆に臭いほどだった。
だから私は自分のせっけんの香りに疎くなり、油断していた。
暑い季節でポニーテール、汗でびたびた。
シーブリーズを首につけ、手首につけ、わきの下につける。
それがいつものルーティーン。
部活に行き、いつも通り始まり、何気なく楽器倉庫に向かうと、奈良先輩とすれ違った。
先輩にはいついかなる時でも挨拶をすることがルールのため、私は挨拶をした。
「お疲れ様でーす。」
すると、いきなり腕を掴まれ、私は体勢を崩した。
「なんですか!?」
奈良先輩は何も言わずにこちらを見て、やっぱり…と小さくつぶやいた。
「君、シーブリーズつけてるでしょ。」
中学生の定番だと思っていた私は当たり前だと言わんばかりに答えた。
「はい!せっけんの香り!」
奈良先輩はそのまま管楽器倉庫に私を運んだ。
急の出来事で私は拒否することもできず、されるがまま運ばれた。
ドラえもん式で座り、扉を閉めて奈良先輩は隣に座った。
「急に何ですか?」
「なんでシーブリーズ使ってんの?」
「そんなの汗のにおいが嫌だからです。」
「せっかく、君のシャンプーの香りいい香りなのに?」
「でもこの香りもいい香りですよ?ほら。」
私は奈良先輩に首を近づけた。
「俺は、いつもの君が良いんだけど。」
「え~?汗臭いよりよくないですか?」
「まあそうかもしれない。」
「でもこれだと、できないな。」
奈良先輩が言わんとしてることは伝わった。
「簡単にされても困ります。」
「じゃあせめて首じゃなくて耳の裏とかにしたら。」
「え~~~~。」
「君はしゅんのすけくんと身長が近いんだから。」
「はいはい。」
私は髪の毛をほどいて、首を隠した。
「これならどうですか?」
「意味ないだろ。」
奈良先輩は私の喉仏のありそうなところにキスをした。
「先輩はほんとにもう。」
「毎日、しゅんもついてくるから俺だって色々あるんだよ。」
「そんなの先輩権限使えばいいじゃないですか。」
「1回言ったら、俺たちは奈良先輩のあとなぎさん守るんだしよくないですか?って言い返されたんだよ。」
「しゅんも頭いいですからね。」
「俺が卒部したら、仕方がないけどあいつに頼るわ。」
「心配しなくても、しゅんは感づいてますよ。」
「だとしても、俺はあいつの気持ちは分かってるんだ。」
「私の気持ちも知ってるじゃないですか。」
「そうね。」
私はその後、奈良先輩とポニーテール以外の髪形を模索した。
妥協案で三つ編みをすることになった。
私は慣れているためせっせと編んだ。
もう片方は奈良先輩に頼んである。
全然進んでおらず、たまにああクソッという声が漏れていた。
「私がやりますよ。」
「いや、俺がやる。」
「じゃあ、練習したらどうですか?」
「毛糸でも紐でも練習できますし。」
「君がこれから毎日三つ編みならそうするわ。」
「素直に、髪の毛触りたいって言えばいいのに。」
「うるさ。」
先輩は、せっかくできていた三つ編みもぐしゃぐしゃにして頭をなでた。
「じゃあ今日は、2人で帰ろ。先輩。」
「そういうとこだぞ。」
奈良先輩は耳を赤くしていた。
その日の帰りは、久しぶりに公園に寄り、2人で話した。
「そういえば、しゅん達になんて伝えたんですか?」
言い訳を聞いてなかったような気がして質問をした。
「…秘密。」
野暮なことだろうと思い、それ以上は聞かずに、そよそよと吹く風に身を任せながら奈良先輩との時間を楽しんだ。
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