第29話 携帯小説
1年が自分のパートの立ち位置と役割を理解してきた頃、やっぱり噂になるのは色恋沙汰。
去年の私も経験済みで、懐かしいなあなんて思っていたら面倒なことになっていた。
チューバ1年のゆいちゃん(仮名)とチューバ3年のりさ先輩が楽器倉庫で話していた。
「お疲れ様でーす。何話してんすか~?」
「お疲れ~。」
「お疲れ様です!」
チューバの2人は、チューバを手入れしながら何か話していたらしく、途中で入ってしまったため止めてしまったらしい。
「あ、話の腰折ってすみません。楽譜持ったらすぐ出るんで!」
「待って、なぎちゃん。」
「なんですか~?」
りさ先輩はまあ座りんしゃいと合図をして、倉庫の扉を閉めた。
「え、結構真面目な…?」
「あくまで噂程度だから事実は分からないけど、もし本当ならちょっとね…。」
何か思い当たることがあっただろうか…?と考えているとゆいちゃんが口を開いた。
「なぎ先輩、好きな人いますか?」
この質問で、大体予想がついたため姿勢を正して答えることにした。
「好きな人はいない。どうして?」
ゆいちゃんは不安そうな顔をしてりさ先輩を見ていた。
「ゆいちゃんが教えてくれたんだけど、アルトサックスのしゅんのすけくん?だっけ?が、なぎちゃんのこと好きで、なぎちゃんも仲いいから、しゅんのすけくんのこと好きな1年女子が太刀打ちできないって嘆いていて、とても面倒なことになってるんだって。」
「しゅんのすけくんって顔イケメンで性格も陽キャで優しいし、成績もいいからモテると思うのよ。それにテニスとサックスでしょ?」
「これはりさ先輩にしか言ってないんですけど、1年女子の間では、しゅんのすけくんはなぎ先輩に片想いしてて、なぎ先輩は適当にあしらう酷い先輩で、なぎ先輩も成績いいしかわいいし優しいから太刀打ちできない、ってなってるんですよ…。」
私は、すごく面倒なことに巻き込まれた…と全身の血が一気に引いた。
事実を話しても、そこに尾ひれがついて広まるだろうと思い悩んでしまった。
「ここからはなぎちゃんが決めることだけど、私たちはなぎちゃんの味方だから。」
「りさ先輩、ゆいちゃんありがとうございます。で、しゅんのすけに片想いしてんのって正直誰なの?どの辺?」
まずは状況把握と関係性の整理をしないと物事は始まらない。
「絶対言わないでくださいよ。吹部のかわいいと言われている子たちはほとんどです。あと、テナーのまいちゃんもです。あとは、普通に1年生の間でもモテてます。」
「ええ…しゅんは顔と性格はいいかもしれないけど…。そんなにモテてんの?」
「パーカスとチューバが同じ倉庫で普通に仲も良いのをみんな分かってるんで、私も話を聞くんですよね…。」
「迷惑かけてごめんね…。」
吹部の中だけでも、5人は敵に回していることになる。加えて知りもしない1年女子から反感を買っているということも分かり、ため息が出た。
「しゅんが顔が良いのは認めるけど、私が可愛くて成績がいいってのはどこから出た話なの?事実とは異なるんだけど。」
「…しゅんのすけくんが言ってたって…。」
あいつ余計なことばっかり言うな…と脳内を整理していたらこの前のパーカスとサックスの恋バナ事件を思い出し、正直に話すことにした。
「りさ先輩、確かに言ってました。(中略)でも本気じゃないと思います。苦渋の選択で私の名前が出ただけです。」
「ごめん、その話は知ってる。その後なのよ。ね、ゆいちゃん?」
「そうなんです。その事件からもう結構日がたってるじゃないですか。やっぱ、しゅんのすけくんのいいところがどんどん爆発したんだと思います。初めは別に好きじゃないとか言ってた子も好きって言い始めて、軽いファンクラブができて…。それでしゅんのすけくんに好きな子を聞いたり、可愛いと思う子は誰か聞いたりする人たちが現れて…。最初の方は彼も、いない・みんなかわいいの一点張りだったらしいんです。でも…。」
嫌な予感しかしない。でも最後まで聞くのが礼儀だろう。
「でも?どうしたの?」
「途中から、はぐらかすようになって最近は、好きな子はいないけど可愛いと思う人はいるって答えるようになったそうなんです。」
「それなら別に私関係なくない?」
「ファンクラブの子が、可愛いと思う人ってどんな人か詳しく聞いたら、先輩って答えたんだそうです。それで、恋バナ事件のこともあって、点と点が線になったんです。」
めんどくせえ~~~~~~~。どうでもいい…。ほんとに勘弁してくれ。
気持ちが顔に出ていたのか、ゆいちゃんはすみませんと言っていた。
さて、どうするか…と考えても答えが出ない。
数学のようにパッと最適解が出てくるようにできていないのが恋愛というものだ。
「りさ先輩、名前使わせてください。ゆいちゃん、ちょっと大変かもしれないけど手伝ってくれる?」
私は今できることを説明し、協力を求めた。
「使いな。好きに。」
「手伝います。それくらいなら大丈夫です。」
「じゃあ、お願いします。」
私は気持ちを落ち着かせて、1人で楽器倉庫にいた。
とりあえず、本人からきちんと話を聞かないと動けないと思い、りさ先輩が呼んでいることにしてゆいちゃんに言伝を頼んだ。
そう遠くないところでパート練習をしているはずのため、すぐに足音が聞こえた。
「りさ先輩、入ります。」
しゅんは驚いた顔をしていた。そりゃそうだろう、りさ先輩じゃなくて私なのだから。
「早く扉閉めて。入って。」
しゅんは扉を閉めて、扉に寄り掛かった。
「なぎさん、なんですか?」
「ちょっと、面倒なことに巻き込まれてるんだよね。頭のいい君なら分かるんじゃない?」
彼は、すぐにハッとしていた。
「俺が、なぎさんを可愛いと思ってる話ですか?」
「そう、それ。それ、本気で言ってんの?それともファンの子が面倒だから、私の名前出してどうにかしようとしてんの?」
彼はうつむいた。とはいえ私より身長が高いことと、私だけが座っているため顔は見えていた。
イケメンはうつむく姿も絵画のように美しいことだ、と心の中で妙に納得した。
「まあ、座りな。その様子じゃ、言いたいこともあるんでしょ。」
彼は扉に寄り掛かったまま座った。
「女子が絡んできて、ほんとに好きでいてくれる子なのか違うのか分からなくて…。」
「俺は正直恋愛とか面倒なんです。」
「それに、女子の裏の顔を見たりして余計に好きになれないだろって…。」
「しつこい子がいたんです。部内じゃないですけど。」
「だから、可愛いと思っている人をはぐらかして答えればいいかなって思って先輩って単語だけ伝えたんです。」
「それだけ?」
「はい。」
「じゃあ、なんで私の名前が噂で出始めたときにちゃんと訂正しないの?恋バナ事件の時のあれだって面倒だから私の名前出しただけでしょ?」
「可愛いと思ってるのは事実です。」
「は?」
「テニスの時も、部活の時も可愛いって思ってます。」
「私のどこが…。」
「頑張ってるから。」
「何を頑張ってるの?」
「テニスの時は練習ちゃんとやって、後片付けも積極的にやるし。部活の時もふざけてるように見えて実はめっちゃ練習してたりしてるし。それに…。」
「それに?」
「2年の先輩たちとか仁先輩の取り巻きとか、3年の怖い人たちに屈せずにいるから。」
「だから、可愛いって思ってるのは事実です。」
変なところが直属の奈良先輩に似たのね~君は。
人を見る目がちゃんとあるみたいで先輩としては嬉しい。
そんなことを考えながら、どう説明するか悩んでいたらしゅんが口を開いた。
「奈良先輩だって、なぎさんのこと可愛いって思ってます。」
思ってもないことを言われ、私は目を丸くした。
「それは後輩として可愛いって思われているだけ。」
奈良先輩を巻き込みたくない一心で、後輩としてということを強調した。
「先輩ってのは後輩のことを可愛いと思うもんなの、それ以上でもそれ以下でもないんだよ。」
「なぎさん、それ本気で言ってんすか?」
「うん。みんな可愛い後輩だよ。もちろんしゅんもけいすけ(テニスの後輩)もね。」
「なぎさん、ほんとに分かってない。」
どこかで聞いたことあるようなセリフだな…。
「けいすけだってクソ生意気ですけど、卓球部でなぎさんの話してますよ。それに、プライベートでお母さんと歩いてるところに会ったって喜んでました。」
「いくら後輩だからってこっちはほんとに可愛いと思ってるんで。」
これは面倒なことが続きそう…と思っているとそれを見透かされたようでまた言い返された。
「大体、1人でちゃんと向き合えない女なんてこっちから願い下げですよ。」
う~んそれは正論。よく分かってらっしゃる。
でも、私はすでにいじめを何個も抱えている。これ以上の問題は勘弁してほしい。
「訂正させてもらうと、プライベートで会ったのは事実だけど、母じゃなくて叔母だから。」
「どうでもいい訂正っすね。」
「可愛いと思ってくれるのは嬉しい。それは女子としての気持ち。」
「だけど、可愛いだけが私じゃないし、真実はもっと闇だから。」
「前も言ったけど、年上が好みだし、年下は可愛い後輩なんだよね。」
彼は少し悲しそうな顔をした。でもここははっきりさせるべきところ。
「可愛いと思ってくれた気持ちはありがたく受け取る。でもそれ以上でもそれ以下でもないよ。」
彼は物分かりが良いため、落ち込みながらこちらを向いた。
「一つだけ、お願いです。」
「なに?」
「どんな人がタイプですか?」
「年上で、身長が私より高い人。あとは手が大きくて肩幅がある人、弱い立場の人を守れる強さがあって、私のことを好きでいてくれる人。」
「分かりました。でも、可愛いと思ってることは隠さないんで。1年女子は俺がどうにかします。」
「頼むよ、後輩よ。引き留めて悪かったね。」
「じゃあ俺、戻ります。」
「気を付けて。」
しゅんの足音が聞こえなくなり、私は身体の力を抜いた。
チューバのケースに寄り掛かり、休んでいた。
倉庫の扉が開き、私はチューバの2人かと思い、立って扉に向かった。
「え、奈良先輩?」
「あいつと何話してたの?」
「なんのことですか?」
「りささんから聞いてる。」
りさ先輩はきっと私のためを思って奈良先輩にだけ伝えたのだろう。
「事実確認をしてました。」
「事実って何?」
「私のことをしゅんは可愛いと思っているって言ってました。」
「それだけ?」
「奈良先輩もなぎさんのこと可愛いって思ってますって言ってました。」
「それに、ほんとに分かってないって言ってました。誰に似たんですかね?」
「あいつ、ほんとに君のこと可愛いと思ってるんだな。」
「みたいですよ。でもちゃんと関係性もはっきりさせて、私の気持ちも伝えました。」
「なんて伝えたの?」
「年上で、身長が私より高い人。あとは手が大きくて肩幅がある人、弱い立場の人を守れる強さがあって、私のことを好きでいてくれる人が好きだよって。」
「しゅんは地頭がいいし鋭いから伝わったと思いますよ。」
奈良先輩は、その場にしゃがみため息をついていた。
「君に何かあったらって不安だった。何もなくてよかった。」
「心配かけてごめんなさい。」
「楽譜の空いてるところ貸して。」
私は何をするのかよく分からなかったが、楽譜を渡し、奈良先輩の隣に座った。
奈良先輩はするすると私の楽譜に図を書いていた。
「奈良ー神奈川←しゅんのすけ←女子多数」
「これで正しい?」
私は奈良先輩との線がつながっていることに喜びを感じて、奈良先輩のペンを貸りた。
「正しくは、こうですよ。」
「奈良先輩ー私」
「これじゃ、君への気持ちが分からないだろ。」
「これだけが事実でいいんです。」
「他の人がどう思ってようと、私は奈良先輩のこと見てるんで。」
奈良先輩はもう慣れすぎた手つきで私の髪の毛をほどいて手櫛をしていた。
「嫌?」
なんのことを聞いてるのかはすぐに分かった。
「くすぐったいから1回だけですよ。」
「はいはい。」
その日は左側の首筋にキスをした。
告白をして、関係性がはっきりしていないのにこんなことしていいのかという懸念はもう捨てた。
前、されたときに調べたから。
「首筋へのキスは愛の証。大切に思ってる証拠。」
携帯小説のような展開に私は、少し面倒になった。
それでも奈良先輩がいたから苦ではなかった。
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