第28話 祝杯

恒例の1年生パート発表会が始まった。


正直私は、きょうこちゃんがパーカスに入ってくれたらそれで良かった。

と言うより、他の子はよく分からないのだ。


みんな希望があることは大体わかっていたが、花形ばかりを望んでいて希望が通らなかった子のアフターフォローを考える必要があると感じていたほどだ。


パーカスは基本どんな時でも最後に呼ばれるため、むしろきょうこちゃんの名前が呼ばれなければ呼ばれないほどいいのだ。



結果、きょうこちゃんはパーカス入りで私ときょうこちゃんは抱きしめ合って喜んだ。

お祭り騒ぎしたいくらいだった。


しかし私はきょうこちゃんだけではなく、サックスのメンバーも気になっていた。


かわいい子が入ったらどうしよう…、奈良先輩はああ見えて優しいしなあ…なんて思いながら待っていた。


サックスには、男子2人女子1人が入った。


そのうちの男子2人に関しては小学校の時の知り合いのため、素性は知れている。

残る女子1人は全く分からなかった。


私は、パートに分かれたときにきょうこちゃんにさりげなく聞いた。


「ねえ、サックスの女の子ってどんな子なの?」


「個性が強いですねえ…。」


「そう…。」


「なんかあったんですか?」


「ううん、新しく入ってきた子ってどんな子か気になるなって。」


ここで仁先輩の爆弾投下が始まった。


「きょうこちゃん、良い男子いないの?」


やめてやれよ…まだパートが決まっただけだろ…なんて先輩に言えるわけもなく、私は黙って聞いていた。


「いないですね。」


「逆に先輩こそいないんですか?」


よくやった!きょうこちゃん!私は加勢した。


「そうっすよ!聞いたんだから答えてくださいよね?」


「居たら苦労しねえよ~~~~~~~っ!」


「笑う。」


「生意気だなあ!」


仁先輩は文字通りぷんすこしていた。


「そう言う神奈川ちゃんこそどうなんだよ!」


きょうこちゃんは目線でごめんなさいと言っていたため、これは答えるしかないと思った。


「居るように見えます?居たらこんなクソみたいな絡みしないでしょ。」


「つまんね~!」


「人の恋路をつまらんて言うの失礼っすよ。」


普段通りの言い合いをしていたら、きょうこちゃんは笑ってくれた。

それを見て、仁先輩と私は安心した。

この子はパーカスにすぐに馴染めるだろう、と。


練習なんてする気も起きず、3人でだべっていると、部室にサックスの5人が入ってきた。


アルトサックスの奈良先輩と1年のしゅんのすけ(仮名)君、テナーサックスの菅井先輩と1年のまい(仮名)ちゃん、バリトンサックスの1年のまさ(仮名)君である。


「お前らサボってんの?」


「なぎちゃんきたよ~~」


菅井先輩~~と私はいつも通り甘えに行った。きょうこちゃんとまいちゃんは驚いていた。

キャラが違うもんね、そりゃそうだなんて思いながら菅井先輩と百合していたら、珍しく奈良先輩が止めた。


「しゅんのすけ君とまさ君と知り合いだよね?神奈川ちゃん。」


「当たり前ですよ~。私たちみんな同じ学区で同じ帰り道でほとんど同じですもん。」


「ってか、しゅんのすけ君に至ってはテニスも一緒だもんね~?」


しゅんのすけ君に視線が向かった。


「先輩、何てこと言うんですか!?誤解招くでしょ?」


「いつも通りなぎさんって呼んでいいのに~。」


同じ硬式テニスクラブにいるため、毎週会っているのだ。なぎさんと呼ばれているのは事実のため、私は適当にからかった。


すると空気が凍った。


奈良先輩の視線が氷の王様のようで、多分目を合わせたら死ぬ、そう思った。


自分で蒔いた種だ、刈らねば。私は声を出して場を紛らわそうとした。


「どっちでもいいけど、まあ先輩呼びの方が楽かもね。」


「ゆうき先輩だって、同じ帰り道じゃないですか。それに同じ区でしょ。」


初めて人の前で奈良先輩を名前呼びした。

奈良先輩は一瞬驚き、そして微笑んだ。


「君には、まいちゃんと仲良くしてほしいんだ。」


「?」


1年と仲良くするなんて当り前じゃないか、と頭上にはてなマークを出していたら奈良先輩と菅井先輩が説明をした。


「楽器体験の時の君のドラムが好きなんだと。」


「まいちゃんはV系が好きなんだって!」


まいちゃんは照れながら私を見つめていた。

私よりも身長があり、可愛い系というより綺麗系のまいちゃんが照れているところはとてもかわいらしく、守ってあげたくなるような感じだった。


「まいちゃん、おいで?」


私は腕を広げ、ハグを要求した。


まいちゃんは照れながらハグをした。


「失礼します。」


「かわいいなあ!もう!まいちゃんは!いくらでも叩いちゃるよ!ごめんなあ、身長足りんから彼らのようにはできんけど…。」


「何言ってんですか、なぎさ先輩!私今すごい幸せです…!」


「名前呼び~~~!かわいい~~~~!」


一応場の空気の確認のためにきょうこちゃんにも視線を向けると少し拗ねていた。


「おいで~きょうこちゃん~~!」


「なぎさ先輩~~~~!」


3人で抱きしめ合う様子はとても愉快で、そして彼女達の胸のふくよかさを心の中で少し羨んだ。


「ちょっと女子ぃ~~~?1年男子が困ってるでしょ~~~?」


仁先輩のふざけたストップが入り、私たちはハグをやめた。


そこからは、ずっとだべっていた。


パーカス3人、サックス5人でたわいもないことをずっと。


しかし、思春期であることには変わりないため、仁先輩が恋バナに舵を切った。


「かわいいと思う女子いる?ヘイそこの1年男子たちよ!」


彼らは困って私に視線を向けた。

ごめん、どうすることもできない、アーメン!と視線を送り返した。


しゅんのすけ君もまさ君も分かっていてなのか天然なのかえらいことをしてくれた。


「俺は、なぎさんっすね。」

「俺もなぎさ先輩っすね。」


てめえら…余計なことを言いやがって…喜べねえだろうが…なんて思っていると、彼らは謝罪の視線を送っていた。


きょうこちゃん、まいちゃん、菅井先輩はきゃーきゃーと黄色い声で騒いでいた。


仁先輩がまくしたててきた。


「ヒュー―――――――ッ!」


やめて…奈良先輩やばいって…。うわ、また不機嫌。うわうわ…。


私は脳内のスパコンで計算し、ここは落ち着いた答えを返そうと心掛けた。


「ありがとう。でも、年下君から可愛いって思われるよりも綺麗がいいな?」


2人に微笑み返すと安堵の表情をしていた。


あとは奈良先輩だ、と私はまた計算した。

仁先輩に面倒なことを起こされないことと場の空気に合った答えを考えた。


「でも、私年上が好きなんだ~。あと、身長が私より高くて声が低い人。君たち1年2人はかわいい男の子だよ。」


奈良先輩のオーラが柔らかくなった。


「でも、髪長い時のなぎさんも可愛いですけど、ショートのなぎさんは平手友梨奈に似てますよね!」


てめえ!しゅんのすけ!!余計なことを言うな!!!

私は頭を抱えた。

しゅんのすけは明らかに遊んでる、あいつは私で遊んでる。


「そんなことないよ~?平手友梨奈に土下座して?」


「え~?俺、思ったこと言っただけなのに。」


今ここにラケットとボールがあったらぶつけてるからなお前、と私は怒りの視線を送った。


仁先輩はしゅんのすけ君と私の関係に茶々を入れ、残る女子はきゃーきゃーしていた。まさ君はしゅんのすけ君を止めようとしているみたいだけど困惑している。奈良先輩は、真顔で指と指をすり合わせている。


あ、これやばいやつ。私の脳内警報が鳴っている。


「褒めても何にも出ないから!!!しゅん、テニスの時覚えてなよ!!!私お手洗い行く!!」


もう考えることも面倒で部室から逃げ出した。


いつも通り倉庫で、頭を抱えて悩んでいると奈良先輩が来た。


いつもの倍のスピードで扉を閉めてこちらに来た奈良先輩は、乱暴に私のことを壁ドンした。


「きゃっ。何するんで」


「ねえ、さっきの何?」


「俺じゃないの?」


「せんぱ」


「習い事まで口出さないけど、名前呼びであの距離なんなの?」


「君は男を理解してないって言ったよね?」


「ちょっせんぱ」


「今、俺から逃げれる?」


奈良先輩は片手で壁ドン、片手で私の両手を掴んでいた。


いつもの奈良先輩ではないことに怖くなり、泣きたくないのに涙を流してしまった。


「…離してください。」


力いっぱい手を動かしても私の手は解放されなかった。


「…先輩、離して。怖い。」


奈良先輩は両手を解放してくれた。


「男はいくら年下でも、本気を出したらこうなるんだよ。」


「まさ君はともかく、しゅんのすけ君はどうなの?」


「ただの後輩です。テニスしてるだけの。」


「明らかにあいつからの視線は違うものだったけど?」


「私の視線は奈良先輩に向いてます。」


「でも、あいつと2人になったらどうするんだ?」


「ん~なっても別になんにもなかったですけど。」


「ほんとに分かってない。」


奈良先輩は髪の毛をほどいて手櫛をして、首元に顔を近づけた。


「2人ってこういう距離でもなんも抵抗できないけど?」


「奈良先輩だから抵抗してないだけです。しゅんがきたら、けり入れます。」


「これでも?」


奈良先輩の唇が私の首元に触れた。


私は状況が分からなくなり、照れもあり、恥ずかしさで座り込んでしまった。


「…何するんですか。くすぐったいし、学校でこんなことしてバレたらどうするんですか。」


「学校じゃなきゃいいの?」


「よくないですけど。」


「俺たぶんあいつに優しくできねえわ。同じアルトなのにな。」


「厳しくしてやってください。調子乗ってるんで。」


「君が言えたことじゃないよね。」


「奈良先輩こそ。」


初めて私と奈良先輩に笑みがこぼれた。


「もう一回していい?」


「だめって言ってもするんでしょう?」


「そうね。俺も男なんで。」


今度は優しく私の首にキスをした。


「俺戻るわ。このままここにいるのはきつい。」


「なんか嫌なことしましたっけ?」


先輩は髪の毛をほぐしながら話した。


「これ以上のことしたくなるだろ。分かれよ。」



私は恥ずかしさとドキドキといろんな感情でいっぱいになり、うつむいてしまった。


奈良先輩は、先に行くと告げて戻った。


その日は眠れなかったのは言うまでもない。




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