第10話 ふたりきり
夏コンの練習中
「お手洗い行ってきます〜」
私はお手洗いのためにパート練を抜けた
手を洗い、ハンカチで拭いていると声がした
「神奈川ちゃん」
「奈良先輩、どうしたんですか??」
「来て」
いつもの謎の手入れ時間かな?と思い、ついて行った
すると、奈良先輩は扉を閉めた
「その扉、歪んでてちゃんと閉まらないですよね〜!」
「まあ、音漏れ防止だから」
「奈良先輩、私重くないですか?(物理)」
「何言ってんの…」
「今日はどうしたんですか?」
「いや、呼んだだけ」
「何もないなら、仁先輩が心配するから帰りますよ〜?」
ガチャ、と外から音が聞こえた
音が聞こえる方に目線を動かすと、歪んでいたはずの扉がしっかりと閉められ、鍵がかかっているようだった
私はドアノブに手をかけて動かした
「っ!開かない…!ゔー!!」
「…神奈川ちゃん落ち着いて。いたずらだから」
「へ???」
何を言っているのか分からなかった
「隠れた伝統なんだよ…。男女が2人で部屋にいる時、ふざけて締めるやつがいるの。多分これもそう。そのうち飽きて開ける。」
ふざけた伝統だな、と笑うしかなかった
しかし、不思議と奈良先輩と過ごす2人きりは嫌ではなく、まあいいか、と割り切ることができた
「私今、荷台に乗ってますけど、これ落ちたりしないですよね??」
そう、奈良先輩も含め、楽器を片付ける荷台の真ん中の段にドラえもん式で乗るのが伝統なのである
「落ちるわけないじゃん、俺も乗るよ。」
そう言うと、奈良先輩は私の隣に座った
お互いに足が床につかない状態なため、私はぶらぶらさせて、奈良先輩は荷台にあぐらをかき、本気で寛ぐモードに入った
「これ…いつ開くんですかね…」
「そのうち開くよ。まあ妥当なところで言うと仁か3年が来て開けるんじゃない?」
誰が締めたのか分からないため、声を出したところで届くわけがないのである
「奈良先輩って、そういえば小学校の時野球してませんでした?」
「…まあ…。」
やばい、地雷だ、と思った時には遅かった
なぜか私の手に触れている奈良先輩の指先に意識が集中していた
それを言葉にしたら手が離れるのではないかと思い、私は気づかないふりをした
無言が続き、外から部員の声が聞こえる
そろそろかな?と思ったのは奈良先輩も同じだったようで、いつのまにか手がお互いに離れていた
荷台から降りて、ストレッチをすると奈良先輩に注意された
「スカート、見えてる。俺だからいいけど気をつけな。」
「キャーーーーーーーーーーーッ!?」
鍵が開いたと同時に仁先輩の声がした
「大丈夫!?神奈川ちゃん!!」
「なんでもないです…!」
「お前、神奈川ちゃんになんかした…?」
「そんなわけねえだろ。大体、この鍵締めたのお前だろ。先輩達に謝るの手伝えよな。」
顔が赤い私を隠すように前に立って話している奈良先輩の背中はすごく広く感じた
部室に戻ると、パーカスとサックスパートの先輩方が集まっていた
「先輩ごめんなさい…!練習中なのに…」
「仁がふざけたの知ってるから大丈夫!もう!仁!なぎちゃ困らせたらダメじゃん!」
「なぎさちゃんも奈良君も悪くないよ。大丈夫。さあ始めようか。」
くま先輩と王子先輩はさすがの対応である
私と奈良先輩は怒られずに済み、その日の練習は終わった
帰り道、なぜか距離が近く感じた
閉じ込められたことも、ふたりきりも、距離が近いことも、何故か嫌ではなかった
また閉じ込められたいな、なんて思った
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