19.乃慧琉の家へ

 乃慧琉の家に封筒を届ける事になった詩音。自転車でいつものように門を出る。そしてどこからどうやってそれを聞きつけたのか、詩音の後をついてくるのは龍心りゅうしん凛々果りりかだ。


「乃慧琉ちゃんの家って、でっかいんでしょ?」


 詩音の隣にぴったりついてご機嫌な様子でそう言った凛々果。この前まで自分と同じ"高岡さん"呼びだったのに、いつの間に呼び捨てするようになったんだ…と詩音は言わずもがな考える。


「家どの辺にあるの?近い?」


 凛々果はさっきからいろんな質問をしてくる。用事も無いのに本当に家へ訪問するつもりでいるらしい。


「そこまで遠くはないかな…」


 ペダルを漕ぎながら答えた詩音。


「遠足じゃないんだぞ」


 ロードバイクで後ろを走る龍心は笑いながら言う。龍心が言うには、廊下にて担任から手紙を受け取る時に、側を凛々果のクラスが通って…なんやかんや着いて行こうという話になったらしい。

 流れを聞いたとて意味はわからない。


「ただ手紙を渡すだけなんだけどな…」


 こんなに大勢で行って迷惑にならないだろうか。詩音は手渡された簡易的な地図から視線を上げ、凛々果に尋ねた。


「凛々果は部活あったんじゃないの?」


「水金はピアノがあるから休み」


「なら御堂さんは出てるんだ」


「叶音は皆勤賞だよ」


 凛々果と叶音はラクロス部に所属している。あまり知らないけど、校舎に部の垂れ幕があったりとそれなりに強く部員も多いらしい。


諏訪すわは自主練しなくていいのか?」


 向い風を浴びながら言ったのは龍心。同じく風に髪をなびかせる凛々果は目を細めた。


「朝練出たしいいよ。私と違って叶音はスポーツ推薦だし、部活に命掛けてるからね」


「へぇ…」


 あんな自己主張の強い部員、自分が部長だったら嫌だなと詩音は苦い顔をする。でも凛々果には皆と違った自分を見せているみたいだし、本人もそこまで気にしていない様子だ。


「ね、乃慧琉ちゃんこの辺だよ」


 手に持っている地図を横から覗き込む凛々果が言う。同じものを見ながら詩音は頷いた。

 そして、乃慧琉が近づいて来ると緊張するけど何故か凛々果にはドキドキしないことに気付く。


「………ここがこうでしょ」


 地図を見ながら周りを確認する凛々果の横顔に目をやった。どちらかというと可愛らしい顔立ちをしていると思うし、綺麗に切り揃えられたボブヘアも似合ってる。でもだからといって、凛々果に何を言われても変な気持ちにはならない自信もある。こういうのを友達っていうのか。


「もっと向こうなんじゃない」


 凛々果がスッと離れて自転車を漕ぎ出した。浅く頷いた詩音も凛々果の後をついてペダルを踏む。

 しばらく進むと学校がある地域とは打って変わって、随分と閑静な住宅街に入ってきていた。あちこちに大きな家が立ち並び、どの家のガレージにも高そうな車や見たことのあるエンブレムがついた外車が並んでいる。


「本当にこの並びなの?ヤバいよ」


 あまりにも住宅街が静かなので、つい声のボリュームを落とす凛々果。腕を組みながら「ここでラクロスの自主練したら終わるね」と高級車を見渡している。


「普通は道で練習しないから」


「高岡の家、あれじゃないか?」


 龍心の指差す方向に二人は視線をやる。少し坂道を登った先に一際大きな家がドンと建っていた。顔を見合わせた詩音達は、ベージュを基調としたシンプルなデザインの一軒家に近寄る。


「あ、高岡って書いてるね」


 表札には走り書きしたようなフォントのローマ字でTakaokaと書かれていた。


「凄いね、家でかすぎ。お嬢様だ」


 凛々果は改めてといった風に家を見上げた。辿り着いた乃慧琉の家は、周囲を高めの塀が囲っているのでガレージどころか庭すらも見えない。その辺の一軒家が四つぐらいポンと入りそうなレベルの広さで、檻のような門を越えた奥に玄関があるのだけ伺えた。


「チャイム係は詩音だよ。早く早く」


 そう言って龍心の腕を引いた凛々果は、笑顔で近くの曲がり角まで駆けて行った。そして家の角から頭だけ出してこちらの様子を確認している。


「居るかな…」


 変な緊張感を背に、詩音はそっとインターホンを押す。返事は無い。少しの間待ってはみるが、やっぱり何も聞こえてはこない。インターホンのすぐ側にある監視カメラに目をやった。レンズは一つの景色も取りこぼしばしないといった風にこちらを見ている。

 家に居たとしても出たく無いだろうなと思った詩音は、鞄から封筒を出してポストに封筒を差し込み、返事のないインターホンに手を振った。そして任務完了だと凛々果達に目配せをした時、家の庭の方から何かが飛び出てきた。


「ワン!ワンワン!」


 太い犬の鳴き声と共に、こちらに走り寄って来た大きな白い塊がガシャンと鉄の門にのし掛かった。


「うわーー!」


 自分よりも背の高いそれに大声を上げた詩音は驚いて腰を抜かしその場に尻餅をつく。


「ワンワンワン!」


 門越しに強く吠える犬に、立てなくなった詩音の顔は強張る。だってめちゃくちゃ大きくていかつい。犬なのに筋肉隆々でヒーローみたいに勇ましい顔をしてる。


「アメリカンピットブルテリアだ」


 遠くの方で興奮する龍心の声が聞こえた。隣で「よく知ってるねー」なんて暢気な返事をする凛々果。


「あめり……ぴっと」


 腰を抜かしたままの詩音は犬種を復唱する。


「コポリ、なに吠えてるの?」


 聞き覚えのある声がした。地面に尻餅を付いて怯えた顔をしたまま、詩音は門と犬を越えた先を見つめる。


「通る人に吠えちゃダメだよ」


そう言って、ひょっこりと庭の方から顔を出したのは乃慧琉だった。

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