18.「どうせ顔だけの女」
次の日、乃慧琉は学校に来なかった。
理由は知らないけれど、必然的に詩音の隣の席はポツンと空いている。これまでは乃慧琉が居なくても、盗み見出来ないことにテンションが下がるだけで然程気にならなかったのに、今日ばかりは気がかりだ。
詩音は頬杖を付いて、空っぽの椅子と机をぼうっと眺めた。
「責任って、なんだろう…」
昨日、保健室で
普段、といっても彼女と初めて話すまで、家で思い出す乃慧琉は色気のある服を着ていたり、自分を誘惑する言葉を囁いてきたりと、小悪魔みたいに自由で悪戯で、でも従順な女の子だった。
でも今回は違う。
きちんと制服を着て、知らない人に連れられて学校を出て家に帰る乃慧琉の顔は暗い。詩音はそれを俯瞰で眺めている。乃慧琉は親の代理と呼ばれる人と同じ家に帰るが、何も話したりはしない。眠れない乃慧琉は一人静かに、ただ夜を待ち、夜がくれば朝を待つように時を過ごす。
そこまで考えで詩音は背中を冷たくさせた。知らぬが仏とはよく言ったものだ。自分がどれだけ乃慧琉の表面だけを見ていたかを知らされた。
詩音が知るよりも、叶音は乃慧琉のことを知っているのかもしれない。だからあれだけ詩音に怒るのかもしれない。沢山の"かもしれない"が詩音の頭をめぐっては消える。
「今日の休みは一人で合ってるかー」
ガラッと音を立てて扉を開け、軽快に教室に入ってきたのは担任の
「高岡休み、と」
教卓に置いた出席簿に印を付ける紗南。するといつものようにクラスの一部が茶化す言葉を口走る。
「乃慧琉ちゃん休みかー、クラスの顔面偏差値下がっちゃうな」
それを聞いた女生徒がムッとした顔でその生徒を振り返った。
「は?高岡さんなんて寝てるだけじゃん」
その言葉を聞いた詩音の心臓はざわつく。間違ってはないけど、少し
「なんだよ、急に。
「僻むとかじゃなくて話しかけてもいつも冷たい態度だし、あの子顔だけだよね」
誰かが「たしかに」と呟いたのが聞こえた。すると椅子にふんぞり返って座る生徒が呆れた顔で声を上げる。
「あのなー、あれだけ顔良いんだぜ?何したって良いだろ。可愛いから許されるんだよ」
お調子者がなんとは無しに放ったその言葉に、教室中の女の子達の冷え切った視線が集まる。
「やばすぎ、何言ってんの?」
「クズじゃん」
「倫理観おかしいんじゃない」
女子の報復は怖い、一斉攻撃されてる。お互いそれは言い過ぎだと思いつつも、乃慧琉の教室での立ち位置は良くないと知った。男から持て
乃慧琉が男に許されることで、乃慧琉の立場や居場所が少しずつ無くなっていく事に気付いていないところがより恐ろしい。
だけれども、自分もあれの一部だったのか。
「本人がいない所でもこんなに盛り上がるほど目立つんだな、高岡は」
黒板の前に立つ紗南がさらりと言った。そして「次の教科の準備しておくように」と続け教卓から降りる。
それをきっかけに、生徒達はまたいつもの空間に馴染んでいく。詩音も彼らに混じって教科書を鞄の中から出していると、ふと廊下にいる担任の紗南と目が合った。
「………え」
廊下にいる担任の先生からちょいちょいと、手招きされている。これは漫画とかでよく見る怒られるパターンのやつか?
教科書を全て揃えた詩音は不思議に思いつつも、手招かれるまま廊下へ出た。
「これ、高岡の家に届けてやってくれるか」
廊下に出るなり紗南から茶封筒を手渡される。
「え…どうして僕がですか」
「高岡と一ノ瀬、仲良いみたいだからな」
「僕、高岡さんの家知らないです」
「住居なら教えるよ。それにこれ大事な書類なんだ。今日金曜だろ?土日挟むとややこしいからどうしても届けて欲しいんだよ」
「…………」
詩音の担任は女性であり、その辺の男の先生よりもハキハキとしっかりした口調で話す。男っぽいというよりは漢って感じがする。叶音の強気な感じとはまた少し違って、明朗で強そうな感じの先生だ。
「頼んで良いかな、一ノ瀬」
「…………はい」
だからという訳ではないけど、少し断りにくくて詩音は配達を受け入れてしまった。自分以外の人が乃慧琉の家に行くのも嫌だし、と手紙を受け取る。
「よし、任せたぞ。一ノ瀬」
にっこりと笑った紗南は、詩音の肩をポンと叩いた。妙に責任の重い仕事みたいな雰囲気を醸し出すんだな。そうは思いつつも封筒を片手に詩音は教室に戻っていく。
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