20.ようこそ

庭から顔を出して、犬の後ろから登場したのは乃慧琉だった。詩音は引きった笑いを見せて頭を微かに下げる。


「こ…こんにちは」


「え、何してるの」


 地面に倒れ込む詩音を見て目を丸くしてる乃慧琉は、当たり前だけれども制服姿じゃなく部屋着だった。身体のサイズより大きめの淡いブルーのシャツに、同じ色合いのショートパンツを下に履いている。ミュールのような物をつっかけて、詩音を犬と一緒に門から覗き込む。


「犬にビックリして……腰が、」


 今あったことをそのまま話せば、乃慧琉はあははと楽しそうに笑った。


「それで地面に座ってたの?ごめんなさい、驚かせちゃったね」


 いつもと違う乃慧琉だ…と詩音は犬が来た時よりも驚いて、目の前にいる乃慧琉のような乃慧琉でない女の子を見上げる。


「急に来てごめん…具合は大丈夫なのかな………えっと、中川先生から手紙預かってて、大事なものだって」


 ぎこちない手の動きで説明をしたけど、なんだかいつもと違う乃慧琉に緊張して妙に早口になってしまった。


「わざわざ届けてくれたんだ、ありがとう」


 そう言って門を開けようとした乃慧琉に「待って!」と詩音は手を差し出す。


「僕、犬が苦手なんだ…!小さい時に噛まれたことがあって」


 それを聞いた乃慧琉は手を止める。


「そうなの?でもコポリは人が好きだから噛まないよ」


 さっき聞いたコポリ、という不思議な言葉の並びは犬の名前だったらしい。そして再び門を開けようとする乃慧琉。でも今一度ちらりと詩音の方を見て「コポリ」と犬の名前を呼んだ。最初見た時は白だと思ったけど、犬は白というよりも綺麗なクリーム色に白の斑点が微かに入った模様をしてた。


「ハウスしようか」


 乃慧琉は人間と話すみたく犬に向かってそう指示をする。すると乃慧琉の方を見た犬は、言葉を理解したのか詩音から視線を逸らしスッと庭の方に戻った。


「偉いね……」


 潔く去って行った犬の大きな背中に呟いて、なんとか立ち上がった詩音。


「賢いし、すごく可愛いよ」


 言いながらポストの中を確認した乃慧琉。そして茶封筒を両手に持ち、それで顔を隠すようにして詩音を見上げた。


「あのさ……せっかく来てくれたんだし…家、誰もいないんだけど入る?」


 上目遣いで尋ねられ、詩音はまたもや腰から崩れ落ちそうになった。これは思いもよらぬ急展開だ。だけど詩音は頭を左右に振る。


「な、なんか急に来たのに悪いよ。それに言ってなかったけど、凛々果と龍心も来てて…」


「え……」


 乃慧琉の顔が一瞬ばかし曇った。言ってはいけなかったかと詩音は不安になったが、すぅと空気を変えるように表情を戻した乃慧琉は「誰もいないから」と今一度同じことを言った。


「一ノ瀬くんの友達も、良ければ」


 そう言って何かのスイッチを手元で押して門を開けた彼女は玄関の方へ歩いて行く。詩音は戸惑いながらも凛々果達の方へ視線やった。


『そっち行ってもいい?』


 凛々果が口パクで尋ねる。詩音は自信無さ気に頷いた。探偵ごっこでもしてるのか、こそこそと姿勢を低くして出てきた凛々果は詩音に何かを尋ねるような視線を送る。それを汲み取る詩音。


「なんか、高岡さんが誰もいないから部屋にって…」


「えー!!入っていいの?やったーー!」


 断るかと思いきや、顔を明るくさせた凛々果は何ら躊躇ためらうことなく誰よりも先に犬と乃慧琉が通ってきた庭へ走って行った。そんな凛々果の背中を見つめる龍心は不思議だと言いた気な顔をする。


「なんだ急に。高岡が入るように言ったのか?」


「うん……家の人がいないらしい…」


「体調悪いんじゃ無いのか」


「多分………」


「ねぇー!二人とも早く来て!すごいよ、ラクロスの試合出来そうなぐらい広い」


 さっきまでの小声はどこへやら、人んちの庭でバカみたいに騒ぐ凛々果は今にも芝生に寝転がりそうなぐらいハイテンションだ。


「諏訪、近所迷惑になるからあんまり騒ぐなよ」


人差し指を口元に持っていき、呆れたように言った龍心は門をくぐっていく。


「……………」


その後を追って、怪訝な顔をしたまま詩音も乃慧琉の自宅に入って行った。

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