11.偽善者はお呼びでない

おはようと挨拶が聞こえ、振り向くとそこには凛々果りりかがいた。チョン、と効果音が付きそうな小さい彼女の大きな出立ち。


「おはよう凛々果…」


そういえばこのクラスだったかと言おうとした時、それを掻き消すような絶叫が後ろから飛ぶ。


「あーーーっ!!おはよう、りりぃ!待ってたんだよ!」


凛々果の方を向いていた僕の反対側から聞こえた声が、後頭部をズンと突き刺す。驚いて視線を戻そうとした瞬間、椅子を脚で蹴っ飛ばし立ち上がった御堂さんが凛々果に飛びつくのが見えた。


「おはよ〜、叶音かなね


いつものことなのか普通に挨拶を返した凛々果だけど、僕は呆気に取られていた。冷たい視線を僕に向けたさっきの彼女とは打って変わって、長いポニーテールを大きく揺らし凛々果に抱きついた御堂さんは別人みたいだった。凛々果よりも身長のある御堂さんが、自分よりも小さな凛々果に甘えてるのはアンバランスにも見える。


「叶音、ずっと待ってたんだからぁ〜!」


「ずっとって、まだ来てから10分も経ってないでしょ」


「違うよ!叶音はりりぃと一緒に来たかったのに、朝練も来なかったしぃ…」


「前から伝えてたよ。今日は朝練休むって」


「んー、そうだけど……」


不満そうに唇を尖らせて、でも大事そうに小柄な凛々果を抱き締め、おでこをぐりぐりと擦り付けている御堂さん。

態度や表情どころか、口調も全部違う。龍心はというと、やはり同じクラスだからなのか二人のやり取りを見知ったもののように眺めている。


「詩音はなんでこのクラスにいるの?」


そういえば、とこちらに目をやった凛々果。頭だけ振り向いた凛々果の後ろで、御堂さんが汚い物を見る目で僕を見てる。


「やだ。こいつ…りりぃの友達なの?」


「こいつって………」


もはや怖いよと僕は何も言えなくなるけど、凛々果は慣れたように「友達だよ。仲良くしてね」なんて平和な顔をしてる。龍心も同じことを言われたことがあるのだろうか。彼に目をやるけど、いつもと変わらない様子だった。


「何かあったんでしょ。詩音が他の教室に来るの珍しいし」


「なんかね、叶音さっきぃ、乃慧琉のえるのこと聞かれたの」


「乃慧琉?ああ、高岡さんか」


躊躇ためらうことなく凛々果にそう告げた彼女に、僕は少しだけ気持ちが焦った。僕と高岡さんだけの話だったものが色んな人に、少し変な風に拡散しすぎてる気がしたのだ。…でも広げているのは僕でもあるのか。なら一体どうすれば良いんだって悩む僕に「何が聞きたかったの?」と聞いてくる凛々果。

まぁそうなるよねと思いつつも、隣の席の彼女がいつも眠っている理由を知りたかったとそれだけ伝えた。


「へぇー、詩音が他クラスに居るのも珍しいけど、そんな事言うのもっと珍しいじゃん」


小脇に御堂さんを抱えながら、凛々果はさらりと言った。


「そうなんだよ。高岡がいつも寝てるから、詩音はどうにかしてやりたいって思ったらしいぜ」


龍心も頷きながら感心した顔で僕を見てる。

本当にそんな大袈裟な、そこまで善意のある人間じゃ無いんだけどと思いつつも、全てを伝えることが出来ない僕は苦笑いを返す。すると眉間に皺を寄せて僕を睨み付けていた御堂さんが口を開いた。


「そういうの偽善者っていうのよ」


凛々果に話す時の赤ちゃん言葉みたいなのは何処へやら、初対面の時の声色でハッキリと告げた彼女に空気がひんやりと凍り付く。

言われた僕の背中はキンと冷えた。図星を突かれたからだ。返す言葉もなくて黙り込んでいれば、僕と御堂さんの間に龍心が割り込んでくる。


「…ま、まぁ本心なんて誰にも分からないんだかさ、一旦落ち着こう。な?」


「ねぇ、りりぃ、明日の朝練はぜえったい一緒に行こうねっ」


もはや僕のことなど見えていないかのように振る舞う御堂さん。

そして狙ったようなタイミングで朝礼のチャイムが鳴った。困ったように笑う龍心に「たとえ偽善でも良いことなら良いんじゃないか!」なんて慰められた僕は、俯いたまま自分のクラスに戻った。

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