10.御堂叶音
次の日の朝。高岡さんが登校してくるもっと前に、僕は龍心のクラスに顔を覗かせていた。
目的は昨日龍心から貰った情報を元に、
「窓際にいる子が御堂だよ」
廊下まで出て来てくれた龍心が目で教えてくれる。その子を見た瞬間、気持ちがズドンと不安になる感覚に襲われた。
だって御堂と教えられた彼女が遠くから見ても、めちゃくちゃ気が強そうでオドオドした雰囲気の僕を真っ先に詰めそうな感じの女の子に見えたから。
窓際の席に座る彼女は高岡さんとはまた違う、可愛らしいというよりは綺麗なお姉さんという言葉が相応しい感じ。ぴっちりと整えられた高めのポニーテールに、切長の瞼とスマートな印象の顔立ち。騒がしい教室の中で彼女だけ読書をしている所がまた高校生らしからぬ雰囲気を作り出している。
「……怒られそう」
思わず龍心に聞くと、彼は苦い顔をするだけで肯定も否定もしない。だけど僕はふと思い出す。人を見た目で判断するのは昨日で卒業したいと思ったんだと。
「声、掛けてみる」
自分に言い聞かせるように口に出して、僕は龍心のクラスに足を踏み入れた。
そもそも自分のクラス以外の教室に入るのだって緊張するのに、話したこともない女生徒に話しかけるなんて僕からするとあり得ない出来事だ。
「俺も行こうか?」
僕の異様な緊張感が伝わったのか、龍心が心配そうに聞いてくる。僕は頭を左右に振った。
「…ありがとう。でも大丈夫」
「そうか、がんばれ詩音」
大きく頷いた僕。まるで一生帰ってこられない冒険にでも出る勢いだけど、そうじゃない。同じ学年の女の子に話しかけるだけ。こんなに緊張して一体何処へ辿り着きたいんだ、ゴールはあるのか、正解はどこに…なんて答えが無さそうなことを考えながらも御堂さんの席に近づいて行く。
「あっ…………あの、……みどう、さんん」
第一声、緊張しすぎて声が裏返った。待ってくれ、キモい。気持ち悪すぎる。自分でも思った。ごめんとしか言いようがないけど、ここで止める訳にはいかない。
名前を読んだ途端、すっと本から顔を上げた御堂さんは僕を見るまでもなく早くも顔を歪めていた。
「なに?」
想像よりもずっとキツい口調と声色。顔立ちが強めなので余計に言葉も強く聞こえる。
「………あの」
「誰?」
彼女の声は思っていたよりも低くて、まるで物凄い速さの弓矢を飛ばすみたいな。
「僕、一ノ瀬って言います…」
「………」
「高岡さんのことで、聞きたいことがあって」
「は?乃慧琉のことなら乃慧琉に聞きなさいよ」
ズドーーーーーン!!
言葉のナイフが遠慮なく心臓に突き刺さった。そしてプイッと顔を逸らされる。
全くもってその通りなんだけど、別におかしなことを言ってる訳でもない。でも低姿勢で話しかけてる人間に対してそれはあんまりな態度じゃないか。だけど悔しいというよりも、嫌な気持ちにさせたかもしれないという気持ちが勝って黙り込む僕。
「ま…まぁまぁ、御堂ちょっと落ち着いて詩音の話を聞いてやってくれないかな」
見るに見かねたのか、龍心が助け舟を出してくれた。渋々こちらに視線を上げた御堂さん。
「有馬の友達なの?」
「そうだよ。詩音は高岡のことを知りたいらしくて、俺が御堂なら分かるかもって伝えたんだよ」
「ふーん…」
「少しだけで良いから、な?」
同じ生徒会だからか、それとも龍心の社交スキルの高さからか、御堂さんも龍心には普通と取れる態度だ。
彼に言われて仕方ないといった風に、だけど全く納得していない様子でギロリと僕に視線をやった彼女。やっぱり怖い。
「乃慧琉に直接聞けなくて、あたしには聞けることって何よ」
まるで蛇に睨まれた蛙だ。変な汗をダラダラとかきながらも用意していた言葉を吐く。
「……高岡さんがどうして眠れないのか、教えて欲しくて」
その瞬間、御堂さんの表情が少しだけ緩んだ。と思ったけど、また一瞬で険しくなる。そしてまた手元にあった本に視線を落とした。
「知らない。そんなの、知ってたらとっくに乃慧琉は眠れるようになってる」
「…………」
返ってきた回答は至極当たり前の回答だった。質問を間違えたかもしれない。あまりの気まずさに、僕は俯いたまま顔を上げられなくなった。どうしたものかと悩んでいると、唐突に横から元気な声が割り込む。
「おはよー。珍しいメンバーだね、集まって何してるの?」
聞こえた声に僕は顔を上げた。目の前には不思議そうに首を傾げる凛々果が立っていた。
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