9.別に僕じゃなくてもいい

高校は家から通える距離にあるので、僕らは毎日学校まで自転車で通ってる。龍心りゅうしんとは家も近いし、互いに用事がない限りはいつも待ち合わせて一緒に帰るのがルーティンだ。


「高岡さんって生徒会ではどんな人なの?」


車道で前後に並ぶ龍心に聞くと、彼は少しばかり驚いた顔をして僕を振り返る。


「珍しいな。詩音しおんがそんなこと聞いてくるの」


「いや、まぁ、隣の席だし…」


高岡たかおか乃慧琉のえるは、隣の席のよく眠る綺麗なクラスメイト。でもこれは僕から見た高岡さんであって、他の人から見る彼女はまた別の人なのかもしれない。

聞くのは恥ずかしいけど、何も知らないで好きって言っちゃうのはもっと恥ずかしい。


「でも俺もそんなに仲良くないんだよ」


そうだなぁ、と悩む彼。やはり龍心も僕と大して違わないイメージなのかもしれない。唯一の僕の女友達、凛々果は別のクラスだし、そもそも寝てばかり居る彼女に友達は居るのだろうか。分からないと悩んでいれば、思いついたようにこちらを見た龍心。


「生徒会で会計してる奴なら高岡のこと分かると思うぜ」


「会計?なんて名前の子?」


御堂みどうだよ。御堂 叶音かなね


御堂みどう叶音かなね。なんだか聞き覚えのある名前だ。でも学校には奏多かなたとか須藤すどうとか、苗字だろうが名前だろうが似たのなんて多分幾らでもいる。


「その御堂さんって子に高岡さんのこと聞けば良いかな」


「良いと思うけど、聞かれ飽きてるかもな」


「へ、どういう意味?」


「詩音以外にも高岡のこと知りたがってる男は多いんだよ」


ロードバイクのペダルをグッと踏みしめ、何とはなしに笑った龍心。ひゅんと音を立てて前を行く彼の自転車に、ママチャリの僕はついていくのが少しだけ大変だ。


「なら他の生徒もその御堂さんって子に聞きに来るのか…」


「俺は御堂と同じクラスだけど、よく見かけるぜ。高岡が話しかけるのは御堂だけだからだろうな」


信号に引っかかって、ブレーキをかけた僕達は隣に並ぶ。僕は赤信号を見つめながら口を開いた。


「高岡さんって人と話すの?」


「なんだそれ。話すだろ、そりゃあ」


「だって本当にいつも寝てるし…」


「詩音のクラスではそうなのかもな」


言われてみれば、教室からふと高岡さんが消えてる時が何度かあった。彼女は昼休みが終わっても戻って来てなくて、先生が点呼をとった際に「高岡は休みかー」とクラスに聞く。茶化すような返事や、真面目な返事が飛び交ったあと「まぁ高岡だしな」みたいな感じでいつも流れるから、居ないからといって理由を深く考えた事がなかったのだ。

クラスの皆が高岡さんだしと思うように、僕も心のどこかでそう思っていたらしい。


「偏見だったかも…」


信号が青に変わり、ペダルを踏み込んで自転車を発進させた僕は呟く。


「詩音なんか変だぞ。やっぱり高岡となんかあったろ」


独り言が聞こえたのか否か、後ろから僕を覗き込んで聞いて来た龍心。どこまで言っていいのか分からない僕。今日会ったことを言ってしまいたい衝動に駆られたが、彼女に許可をとってからにしようと口をつぐむ。


「…隣の席の高岡さんが眠れるようになれれば良いなって」


「はは、いつも寝てるだろ」


「昼じゃなくて、夜にだよ」


嘘は言ってない。だけど龍心は僕の言葉に心底感心したように、僕をびゅうと抜かして興奮した様子で叫ぶ。


「詩音は優しい奴だな。みんな同じことを思うけど、普通はスルーしたりするだろ」


そうなのかもしれない。龍心が言うには良いことかもしれないけど、彼の言葉で逆に罪悪感が増した。本当に思ってることだけど、少しの下心と善意とがぐっちゃぐちゃに混ざった心へ、龍心のけがれなき笑顔がぶっ刺さる。


「確かに、元気よく生徒会に来る高岡を俺も見てみたいな」


夕陽を左半身に浴びながら、朗らかにそんなことを言っちゃう龍心。なんだか僕よりも龍心の方が睡眠の相手には向いていそうだ。

高岡さんは匂いが好きで僕を選んだって言ってたけど、僕よりも良い匂いがする人間なんて沢山居そうなのに。なんだかなぁ…と、輝かしい彼を見ながら切なくなった。

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