6.好きなの

再びあの埃っぽい部屋に引き摺り込まれた僕は、高岡さんと天井を仰ぎ見ていた。艶やかな黒髪を揺らす彼女は唇を一文字に結んで僕を見下ろしている。

白い手に部屋へ引っ張られたと思いきや、いつの間に戻って来たのか怖い顔をしている高岡さんに床へ組み敷かれたのだ。硬い地面に押し倒されて両手を押さえつけられて、もはや当たり前のように僕の上に高岡さんが乗ってる。


「高岡さん………」


あのね…と溜息を吐いた僕。今度は自分でも驚くぐらい冷静になりつつあった。凛々果に会って気持ちが落ち着いたのか、なんなのか。不思議と恥ずかしいっていうよりも、彼女がどうして自分へこうまでするのか僕は理由を知りたくなってきていたのだ。


「僕、友達と待ち合わせを…」


「お願い聞いてくれるまで、帰さない」


さっきと同じことを言ってるけど、彼女の目は真剣そのものだ。じっと見つめられると冷静になったといえど、彼女の顔が自分好みで可愛いのでこちらも照れ臭くなる。忙しなくなる心臓を抑えながらも僕は彼女を見上げた。


「…高岡さんは眠れないんだよね」


確認するように聞くと、高岡さんは小さく頷いた。四つん這いになって僕の上にまたがる彼女の髪が頬に触れた。


「なんでそこで僕が高岡さんと一緒に寝るに繋がるの?」


「それは……」


気まずそうに僕から視線を逸らした高岡さんは黙り込んだ。変な角度で下から見上げても、彼女は綺麗で整った顔をしている。そう思うとよりこの状況が滑稽こっけいで可笑しく感じて、余計に理由を知りたくて堪らなくなるのだ。僕は静かに彼女を待った。


キーンコーンカーンコーン。


土埃の香りが充満した部屋に、帰宅時間を知らせるチャイムが響く。時計の針は16時を回った少し先にある。チャイムを全て聞き終わったあと、彼女は薄い唇をそっと開いた。


「言ったら……、協力してくれる?」


俯いたままボヤいた彼女。


「…僕に出来ることなら」


そう言って頷いた僕。彼女は少し迷って、掴んでいた手を離す。だけど逃さない為なのか僕の上から降りようとはしない。


「私、みんなみたいに普通の学校生活をしたいの…」


呟いた高岡さんだけど、僕は思わず突っ込みを入れそうになる。話した事ない男子生徒を、放課後の薄暗い部屋で組み敷いてる時点で一般的な普通・・とは程遠い気がするけど、彼女にとってはそうでは無いらしい。

少し抜けている高岡さんは言葉を続ける。


「その為には一ノ瀬くんが要るの」


「…なんで僕?どういうこと?」


話がつながらないと、またもや困惑しそうになる僕。すると高岡さんが恥ずかしそうに両手で自分の顔を隠した。しばらくそうしたあと、右手の人差し指と中指の間からちらりと僕を見る。そして彼女は呟く。


「だって私、一ノ瀬くんの匂いがすごく好きなの」


言った瞬間、高岡さんの顔が耳の先までかぁと赤くなった。赤面しながらそわそわと身をよじらせて「大好きなの」と強調するので、釣られて僕まで恥ずかしくなってくる。


「だから一ノ瀬くんに手伝って欲しい」


開けっ放しのグラウンド側の窓から差す夕焼けが、高岡さんの黒髪を鮮やかなオレンジ色に染めていた。

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