5.諏訪凛々果
扉を開けると、そこには隣のクラスの
「わぁ!」
ブンと音を立てて空を切ったラケットを、ぶつかる寸前のところで避けた。彼女の綺麗に切り揃えられた短い髪とプリーツスカートがふんわりと浮く。尻餅をついた僕の目に入った淡い水色の下着。ビックリして彼女を見上げれば、凛々果は驚いた顔をしたあと何が面白いのかケラケラと笑った。
「なーんだ本当に詩音じゃん」
「……………」
彼女はやれやれといったような仕草をして、ラケットを地面に突き立てる。
「ごめんごめん。返事無いから不審者かと思った」
当たらなくて良かったねとか笑ってる彼女だけど、そういう問題じゃない。色んな事が一気に起こりすぎて頭が追いつかない僕。ラケットでぶん殴られそうになった事よりも、さらりとパンツを見てしまった。と動揺しながらも、どうしてここに居ることが分かったのかと尋ねれば人に聞いたと凛々果は言う。
「こんなとこで何してたの?」
床に座り込み、黙ったまま気まずい顔をした僕。
「あ、なんだその反応。煙草とか悪いことしてたんじゃなかろうなぁ」
ふざけながら言って教室を覗き込んだ彼女。僕は背中をヒヤリとさせた。だって部屋には高岡さんが。
「真っ暗じゃん。よく一人でこんな所入れたね」
「え?」
凛々果の言葉に僕は勢いよく後ろを振り返る。凛々果の言った通り部屋はしんと静まりかえっており、さっきまでそこにいた筈の高岡さんの姿が消えていた。
その代わりにグラウンド側の窓が半分開いていて、外から入る風で濃いグレーのカーテンが揺れていた。
「いや…本当は高岡さんも居たんだけど」
僕はゆっくりと立ち上がって制服をぱんぱんとはらう。言おうか言わまいか、迷ったけど凛々果なら良いかと僕は彼女のことを伝えた。
「高岡さんってあの綺麗な子?いつも寝てる」
「そう…」
「へー、詩音と高岡さんって不思議な組み合わせだね」
そのいつも寝てる綺麗な子に"不思議なお願い事"をされた、までは流石に言えなかった。
「高岡さん消えたの?神隠しって言うんだよ、それ」
「違うと思う…」
ここは三階だし、窓から飛び降りるのはあまりにも危険だ。もしかしたら隣の部屋に移ったのかも。だとしても危ないな。そんなことを考えていると、凛々果が思い出したように僕の体を肘で突いた。
「そんなことよりさ、
目を細めた彼女に詰められ、僕はハッとする。友達と放課後に待ち合わせしていたことを忘れていた。高岡さんのことがあってすっかり頭から抜けたみたいだった。
「忘れてた…!」
「有馬くん困ってたよ」
「あれ、凛々果も約束してたっけ?」
「してないけど、有馬くん困ってたから」
どうやら凛々果は部活へ行く前にわざわざ僕を探しに来てくれたらしい。気にかけて貰えるのは嬉しい。「ありがとう」と頭を下げれば「いいよ!」とグーサインを食い気味に僕の顔の前に差し出す凛々果。
「じゃあ私部活行くから、またね」
そう言って大袈裟に手を振った凛々果は鼻歌混じりに廊下を歩いて行った。僕は彼女の小さな背中を見つめながら、薄暗い部屋の扉をそっと閉める。
かと思いきや、にゅうと部屋の中から白い手が伸びてきて迷う事なく僕の腕を掴んだ。ギョッと目を丸くする僕。
「…………たか、」
声を上げる暇もなく、掴まれた途端に物凄い力で部屋に引き摺り込まれた。凛々果がご機嫌な様子で階段を降りていくのが見える。凛々果と彼女の名前を呼ぼうとしたが、この白い手が誰のものかなんとなく分かっていた僕はそれをやめた。部屋の扉が音もなく閉まる。
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