第5話

 まだまだ残暑が続く夏の日。真司は担任との面談のために、図書室に向かうのが少し遅れた。図書室に足を踏み入れると、蒼遥と美優が小声で珍しく言い争いをしている。

「エアコンの温度が低すぎて寒いの!」

「いや、寒くないから」


 痴話喧嘩ではなさそうなので、適当なところで仲裁しようと二人に近づく。真司は半袖のワイシャツなのに、蒼遥は長袖のワイシャツだ。真司は、半袖を着ればいいのではないか? と思うが、せいぜい長袖を腕まくりしている姿しか見たことがない。一方、美優は半袖と思われるブラウスの上に何故か学校指定のカーディガンを着ている。この三人だけ見たら季節感がおかしくなりそうだ。いや、夏の服装として真司の服装が多数派なのだが。


 もう少しエアコンの温度を上げて、それぞれがちょうどいいところに移動したらいいのではないか、と言おうとして真司は固まる。

「私は寒いの! 夏なのに冷えて手が冷たいし」

「へえ。どれどれ?」

 

 温めるためか胸の前あたりでさすり合わせていた美優の手を、温度を確かめるように蒼遥が握ったのだ。

「なっ……!」

「ほんとだ。冷たいね」


 あっさりと手を離した蒼遥はエアコンの温度を上げることに納得した。真司は見てはいけないものを見てしまった感じがしてすごすごと引き下がる。美優は寒いと言っていたはずが、エアコンの温度を上げにリモコンまで行っていた蒼遥を傍目にパタパタと手で顔を扇いでいた。


 その後、再び蒼遥が美優に数学を教えるという、奇妙ではあるけれどお馴染みとなった時間が過ぎる。真司は、二人で並んで数学をやっているから、エアコンのちょうどいいところに移動すると提案をしていたとしても結局は断られただろうな、と考えながら歴史の暗記を進める。


「ここがこうなるから、この公式を使って……」

「なるほどね! ありがとう。こっちの問題解いてみる」


 やりとりが聞こえてきた後に訪れる静寂の時。その沈黙が破られたのは、しばらく経ってから美優が両手を高く上げて背中をグーっと引き伸ばし、達成感に溢れた声を上げた時だ。真司はその様子になんとなく親の実家にいる猫を思い起こす。


「やったー! できた!!」

「あ、見せて? 合ってそう。よくできました」


 あろうことか蒼遥は、今度はぽんぽんと美優の頭を撫でた。美優の声に顔を上げていた真司はその様子を見て、大学生になったら彼女を作ることを密かに決意する。てっきり美優は手を振り払うのではないかと思ったのだが、達成感からかニコニコしながら受け入れた。

 秋の深まりとともに、何かが深まらないか、と真司はもう少しで六時になるため、帰り支度をしながら天を仰いだ。

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