第4話

 夏休み中には図書委員の仕事はほとんどない。真司は自習室や予備校で受験生よろしく勉強をしていた。だから今日は夏休みが明けて久しぶりの図書委員だ。


「お久しぶりです!」


 特に夏だからといっても日に焼けた様子のない美優がやって来た。返すための大量の本を抱えている。ゆうに十冊はあるのではないだろうか。


「重くなかった?」

「大丈夫です。文庫本が多めなので」


 そういう問題なのか、と首を傾げるが、美優が話し始めた。小説の感想を話すのが真司と美優にとっては当たり前になっている。真司は自分が一年生の時に図書委員で当時三年生だった先輩と話した懐かしい日々が蘇り、面映い。


「先輩、話題のあの新刊読みましたか? 私、好きなお話でした!」

「読んだよ。俺はやっぱり主人公に感情移入したかな」

「あー、先輩そういう感じですよね。私は女主人公ヒロインの友達が感情移入しやすかったかな。でも、あの主人公と女主人公の恋愛模様には……! もうラストのシーンなんて最高でした!」


 胸の前で手を握り締めうっとりと話す美優は、小説に出てくる恋愛が好きだ。真司と読む小説は重なっている方なので感想をよく話すが、いつの間にか恋愛方面に話がいく。真司としては、それほど好きなら、いい加減に美優自身や蒼遥の気持ちにも気づいてほしいのだが、そううまくはいかないだろう。明言はされていないけれどあからさまに想い合っている二人の淡い思いを描いた青春小説で、美優が「最後の最後まで恋愛要素に気がつきませんでした。やられたー」と悔しがっていたのを思い出して肩を落とす。


 恋愛、夏休みと言えば。真司は発想を飛ばす。

「原さんは夏祭りとか行ったの?」


 蒼遥が誘って行っていれば大きな前進だな、とほのかに期待しながら聞く。ちなみに真司はその日模試だったので今年は行けてない。普段は部活の友達と行くが、過去に当時の彼女と行ったこともある。


「え? 行きませんよ。あんな暑い人混みの中、街を練り歩くぐらいだったら、クーラーの効いた部屋で夏祭りの描写が出てくる小説を読んでいた方が十倍もマシです」


 だが、美優から返ってきたのはつれない返事だった。期待しただけ無駄だった。そして、そういう風に力説されると納得してしまいそうになり、我に返って踏み止まる。


「なるほど、そうなんだ。あれ、今日、北川君は?」

 真司はいつまでも来ない蒼遥の安否が気になって美優に尋ねる。


「なんだか先生に呼び出されていた気がします。提出物関係かな?」

「そうなんだ。北川君って、教室ではどんな感じなの?」

「うーん、国語と英語のクラスが違ったりするのでよくわからないんですけど、普通に周りの人と仲良く明るく話していますよ」


「原さんは……」


 そこまで聞きかけて躊躇う。なんと尋ねればいいんだ? お互い自分の気持ちに気がついてない様子なのに。結局無難な質問に逃げる。


「北川君と教室でも話すの?」


 美優は少し寂しそうな顔で答える。

「私は休み時間よく図書室に来ているのであまり話しません。でも、私にとっては蒼遥君とは他のクラスメイトより話しています。……うん、よく話しかけてきてくれます。別に放っといていいのに。私なんかわざわざ話さなくても。大体教室に一人でいるし、それで平気なんですけどね。あ、別にいじめられてるとかってわけじゃないですよ」


 美優にしては珍しく、ペラペラと何かを誤魔化すかのように立て板に水で話した。どうやら恋愛感情以前のところで躓いている感じがする。真司は、蒼遥が話しかけたいから話しかけているのだと言いたいが、クラスの中心に近いところにいる自分は何も言えないし言っても響かないだろうと思い、頷くだけに留めた。

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