第3話
図書委員のはずが、数学の勉強会になるのが当たり前になり、暑くなってきた夏。真司は、本当は校則違反ではあるがワイシャツの第二ボタンまで開けて、模試の復習をしていた。蒼遥はそういうところは真面目なのだろう、ちゃんと第二ボタンは閉めている。手にしているのは理科系の新書。見かけ通り優等生な美優は折った様子のないスカートを履いて、流石に暑いのかポニーテルにした髪を揺らしながら小説を物色している。そして、三、四冊の本を持ってきて脇に積み上げた。
「美優ちゃん、今日は数学大丈夫なの?」
真司は英単語帳をめくって書き込んでいたのだが、動揺して一気に三枚ほどめくってしまった。いつからちゃん付けになっていたのだ。
「んー、今日は大丈夫かな。それよりさ、蒼遥君の英語こそ大丈夫なの? あとちゃんと提出物出しなよ」
「そのうち出すから」
「そのうちじゃない! 提出日に!」
「気が向いたらね」
「やればできるのに、やる気がないだけじゃない。なんでやらないの!」
珍しく彼女にしては大きな声で叱っていた美優だが、生徒が来ると借りてきた猫のように大人しくなった。そこは変わらない。
顔を出したのは、ショートカットの女の子だった。
「あ、すみません。小説を探したいんですけど……」
生徒に一番近いところのカウンターにいた美優を心配するように腰を浮かせた蒼遥だったが、小説の言葉を聞くと着席した。真司は蒼遥が小説を読んでいるところを見たことがない。蒼遥が読んでいるのは新書か古典だ。
真司はバラバラになってしまった英単語帳は諦め、美優のヘルプができるように近くに移動する。だが、二人は知り合いだったらしく美優は普通に話している。
「なんか、有名な本」
「もう少し詳しく!」
「最近映画化してたから気になって……」
「OK。わかった。〇〇だね」
真司も同じ本を頭に思い描いていたので、頷いた。美優は迷わず小説の棚の方へ女子生徒を案内する。
だが、その本は棚の上の方に置いてあったらしい。真司には問題なく届く高さだが、小柄な美優と美優よりは少し背の高い女子生徒には厳しかったらしい。精一杯背伸びしていた美優が諦め、真司は立ち上がりかけた。
「蒼遥君。あの本とって」
「わかった」
快く引き受けた蒼遥が本棚に向かい、美優の指示を受けて本を取る。
「北川君、久しぶり」
「ああ、久しぶり」
女子生徒と蒼遥も知り合いだったらしく、三人で話し始めた。
話は盛り上がっているが、人が他にいないので注意する必要はないだろう、と真司は英単語帳を組み直す。すると少し経って話を抜けてきた蒼遥は珍しく五時で帰ると言う。
「気をつけて」
「さようなら」
蒼遥が去ったのを確認すると、女子生徒は心なしか美優に詰め寄る。
「ねえ、美優ちゃん、北川君とどういう関係なの?」
「え……? 委員会が一緒で、よく話す関係」
「だって、美優ちゃんが下の名前で男子を呼ぶって珍しいじゃん」
しばらくの沈黙の後、美優は目を見開いた。
「たしかに」
真司は内心で頭を抱える。この調子だと自身がちゃん付けされていることにすら気づいてないかもしれない。名前の知らない女子生徒は首をすくめて、真司に貸し出し手続きをお願いして去っていった。カウンター越しに視線があったが、多分彼女も真司と同じ気持ちだったに違いない。
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