第48話

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 追04_船旅(二)

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 私は影。以前は国に仕えていたこともあるが、今は冒険者ギルドの影だ。

 情報収集や流言飛語など諜報活動を行うが、場合によっては暗殺も行う。

 今はオルドレート王国の王都支部のギルマスから直接頼まれ、20年前の商人一家皆殺し事件で生き残った使用人たちのことを探っていた。


 ギルマスとは50年近い付き合いだが、いつも冷静な判断を下す彼女にしては酷く焦っていたのを覚えている。ただ依頼内容は明確だった。

 私はギルマスの依頼を受けて、動き出した。


 数カ月の探索の末、1人だけ所在が判明した。さすがに20年前のことだから苦労したが、これでなんとか面目を保てる。


「さすがですね。貴方に頼んで良かったわ。これで私のクビも繋がるわ(物理的に)」

「………」


 報告書を提出したら、ギルマスはとても喜んだ。歓喜のあまり、踊り出しそうだった。

 こんなギルマスはかつて見たことがない。彼女はいつも冷静だったのに、一体何があったのだろうか?


「追加の依頼をしたいわ」


 その依頼というのは、2人の男女の行動を監視し、さらには手伝えというものだった。

 その男女は私が探し出した男を追って、サルディス大陸からアロンド大陸へ向かった。私も2人を追って客船に乗り込んだ。

 2人は最上級の客室をとっているが、私は最下級の雑居部屋だ。食事も彼らは最上級のレストランで豪華な料理を楽しむが、私は最も安いものを食べる。


 ある時、2人が甲板で海風を楽しんでいたら、アイランドタートルが現れた。アイランドタートル自体は近づかなければ危険のないモンスターだが、その背中に遭難者と思われる人が居たのだ。

 その遭難者を救出するために、救命ボートを下ろして4人の船員が乗り込んだ。

 4人はオールを漕いでアイランドタートルへと向かった。


「俺が出るまでもない……わけではないか」


 監視対象のサイという少年がそう呟いた。

 私と彼とは20メートルほど離れていて、普通なら彼の呟きなど聞こえないような距離だ。

 私がこれまで諜報活動できたのは、この耳のおかげだ。スキルではない種族特有の耳の良さが、私を影にしたと言えるだろう。


 私は獣人、コウモリの獣人だ。耳は良いが、日光はあまり好きではない。日光の下ではいつもマントを着て、フードを目深に被ってサングラスをかけている。


 サイの呟きに反応したかのように、海面が盛り上がった。現れたのはクラーケンだ。

 イカのような頭を海面に出したクラーケンは、アイランドタートルには及ばないものの巨体だ。頭の三角のヒレの幅が5メートルくらいあるから、全長は数十メートルになるだろう。


 アイランドタートルとの間に現れたクラーケンは、救命ボートを狙っているようだ。

 クラーケンに突っ込むような蛮勇はなかったようで救命ボートは必死に方向転換して客船に戻ってこようとしているが、クラーケンの足(触手?)が救命ボートに迫っていく。


「あれは捕まりますね。4人は触手プレイです」


 ダークエルフのパル───おそらく少女が真面目な顔して、冷静に救命ボートの未来を予測した。

 声色から楽しんでいるようだ。趣味が悪いと思うが、他人の不幸は蜜の味と聞いたことがある。あのパルという少女もそうなのだろう。


「屈強な男たちの触手プレイを見て、楽しいか?」

「まったく楽しくありません。パルは坊ちゃまと触手プレイしたいです」

「それは楽しそうな提案だ。後から試そう」

「まあ、坊ちゃまったら!」


 この2人はこんな時に何をピンクなことを言っているのか。私は呆れて顔を顰めてしまった。


「さて、行ってくるか」

「はい。抱っこですね」


 音を聞き分ける私は、視界など不要だ。顔を2人のほうに向けないように、その会話に聞き耳を立てていた。

 その私の耳に、パルというダークエルフの少女がサイに抱き着く音が聞こえて来た。なんともふざけた2人である。


「フライ」


 そう聞こえた瞬間、音が変わった。海風が2人に当たる音が上へと移動している。これはスキル……いや、魔法か。

 2人は魔法で空を飛んでいるようだ。


 救命ボートへと迫るクラーケンの足。

 2人はその足へと向かって飛んでいく。


「イカ臭いのですよ」


 パルがそう言うと、クラーケンの足が止まった。

 足に何かがまとわりついているようだ。……クラーケンの足の機能が停止した?

 そのまとわりついているものが、海面の下にある足を伝って体のほうへ移動している。

 私は何が起こっているのか好奇心に負けて、その光景に目をやってしまった。


「なっ……」


 黒い霧がクラーケンを包み込んでいた。まるで暗黒に生命力が吸われていくように、クラーケンの動きが悪くなっていき……動かなくなった。

 その光景を見て私はエルメヌイスの言葉を思い出した。


「決して気づかれないように」


 これまで私が監視対象に気づかれたことはない。

 彼女はそれを知っているはずなのに、私はプライドが傷つけられた思いだった。

 しかも彼女はこう続けた。


「気づかれた時は、素直に私の名前を出しなさい。そして彼らが命じるままに動くのです」


 私のプライドをズタズタに切り裂かれた思いだったが、彼女の目は至って本気だった。彼女のあんな目を見たことがない私は、その時は何も言わずに引き下がった。


 息絶えたクラーケンは、海に沈んでいった。

 本来は真っ白な姿だが、海に沈んでいくクラーケンは真っ黒になっていた。

 あれは毒だろうか。だが、クラーケンほどのモンスターを瞬殺できる毒など聞いたことがない。

 あのパルという少女は危険だ。私は背筋に玉のような冷や汗がいくつも流れるのを感じた。


 その後、遭難者は無事に救助され、客船は大きな遅れもなく航海を続けることになった。

 私は客船に戻り、船長から感謝される2人に耳を向けている。今夜のディナーは船長の奢りらしい。


 2人がディナーを楽しんでいる間、私は硬く焼き固められたパンを齧っている。昔から食には頓着したことはないが、楽しく食事をする2人を監視していると羨ましくなる。


 食事が終わり、2人がレストランから出て来た。部屋に戻る道を辿っている音を聞きながら、私も距離をとって移動する。

 異変が起きたのは、その時だった。


「な……音が消えた……?」


 2人の音が消えた。部屋に入ったわけではない。仮に部屋に入っても、私の耳なら壁越しに声どころか息遣いさえも聞こえる。それなのに2人の音がまったく聞こえない。


「あらあら、こんなところで何をしているのかしら?」

「っ!?」


 背後から聞こえた声に、私は飛び上がるほど驚いた。

 この私が背後を取られるなんて、かつてなかった。あり得ないことが今起きている。


 錆びついたドアを開ける時のような音がしそうなくらいぎこちなく振り向くと、そこには監視対象の2人が体を寄せ合うように立っていた。


「お前、ずっと俺たちを監視していたな。誰に頼まれたんだ?」

「っ!?」


 ずっとだと? まさか私が監視していることを、以前から気づいていたと言うのか。


「正直に答えなさい。答えなくても答えてもらいますけど。うふっ」


 ゾゾゾゾゾッ。

 私の体中の肌という肌が粟立った。

 この女は危険だ。逆らってはいけない。これまでの人生が走馬灯のように思い浮かんだ。

 そして私はエルメヌイスの言葉を思い出した。


「え、エルメヌイスに頼まれ、お2人に協力するようにと……」

「エルメヌイス……ああ、ギルマスか。何、ギルマスの知り合い? それならそれで言ってくれればいいのに。俺が止めなかったら、問答無用でパルに殺されていたところだぞ」

「っ!? か、勘弁してください」


 私は無意識に土下座していた。恥も外聞もなく、ただ震えて床に額を擦りつけていた。


「俺たちに協力すると言っていたけど、何ができるの?」

「じょ、情報収集が得意です。オーランドの情報を得たのも私です」

「そうなんだ。オーランドのことは助かったよ。本当に感謝していいるよ。……えーっと名前を聞いてもいいかな?」

「影……私はそう呼ばれています」

「影ね。了解。それじゃあ、向こうについたら影にも手伝ってもらうから、それまでは海の旅を楽しんで。あ、これ当面の軍資金ね」


 サイは、いやサイ様は私に革袋をくださった。


「それで美味しい料理でも食べてくれよ。パンだけじゃ栄養が偏るぞ」

「……あ、ありがとう存じます」


 私がパンを食べていたことも知っているのか……。


「それじゃあ、向こうに到着したら声をかけるよ。それまでは自由行動でね」


 サイ様はパル様の肩を抱いて立ち去った。

 私のことを以前から気づいていたのは本当のようだ。


「お、恐ろしい方々だ……」


 手に持った革袋には、金が入っているようだ。どうせ銅貨か銀貨だろうと開けてみたら……なんてこったぁ……。


「大金貨が20枚も……」


 私にこれほどの報酬を出した者など今まで居なかった。

 私は耳で諜報活動するため、ほとんど経費がかからないからだ。

 冒険者ギルドの専属諜報員になってからも、毎月小金貨4枚の給金で都合よく使われていた。

 それなのに、初めて会った私にこれほどの大金を与えてくださるなんて……。


「決めた。私は冒険者ギルドを辞めるぞ! 辞めてサイ様に仕えるんだ!」


 100年以上生きて来たが、初めて仕えたいと思うような人物に出会った。この機会を逃してなるものか!


 

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